寓話「ナッジの神とスラッジの神」

ある星、ある時、ある国に、
いつも迷っている人がいました。
彼の名を仮に「コンシューマー」としておきましょう。
コンシューマーはなにを決めるのにも右往左往する性格で、
自分でも嫌気がさすほどでした。
そこで、コンシューマーは、自ら崖の上から飛び込もうと思い、
その国で一番険しい頂きにやってきました。
激しい風が吹きすさぶ中、最後の決断をしようと思ったその時に、
天から「待つのじゃ!」と声が聞こえました。
しかし、コンシューマーが見上げてもその姿は見えません。
空耳だろうと思ったコンシューマーは、崖の際に立ちました。
そこにまた、天から「待つのじゃ!」と今度ははっきりと声が聞こえました。
コンシューマーは「あなたは誰ですか?」と尋ねると、
その声の主は「私はナッジの神だ」と答えました。
コンシューマーは「ナッジの神様が私に何の御用ですか?」と尋ねると、
ナッジの神は「お前はつねに決断に迷っているのだろう。
それに嫌気がさして、ここから飛び込もうとしておる。
だから、この私がお前を助けてやる。
お前がスムーズにものごとを決められるサポートをしてやる」と答えました。
願ってもない神からの提案に、コンシューマーは喜びました。
「ありがとうございます。ぜひお願いします!」とコンシューマーは答えました。
「ただし、条件がある」とナッジの神は言いました。
「何でしょうか?」とコンシューマーは尋ねました。
「毎日朝昼晩に"ウェルビーイング"
と呪文を唱えるのじゃ」とナッジの神は答えました。
「それだけでいいのですか?」とコンシューマーが尋ねると、
「そう、それだけでいいのじゃ」とナッジの神は答えました。
そして、その日からコンシューマーは、ナッジの神からいわれた通り、
朝昼晩に"ウェルビーイング、ウェルビーイング"と唱えました。
すると、あら不思議、これまでに右往左往していた決断が、
すべてスムーズに進むようになり、気分爽快、毎日が楽しくなりました。
コンシューマーはナッジの神に感謝し、
引き続き"ウェルビーイング、ウェルビーイング"と唱え続けました。
しかし、しばらくすると、
コンシューマーはそんなスムーズな暮らしに飽きてきました。
あまりにもすべてが順調に進むのでつまらなくなったのです。
"ウェルビーイング、ウェルビーイング"
という呪文を唱えるのもなんだか馬鹿馬鹿しくなってきました。
そんな時、また天から声が聞こえました。
「ハハハッ、ウェルビーイングなどと唱えていてもなにも面白くなかろう。
世の中にはもっと刺激的なことがあるのだ」と。
コンシューマーは天を見上げましたが、またしてもその姿は見えません。
コンシューマーは「あなたは誰ですか?」と尋ねると、
その声の主は「私はスラッジの神だ」と答えました。
コンシューマーは「スラッジの神様が私に何の御用ですか?」と尋ねると、
スラッジの神は「お前は日々の無難な生活に飽き飽きしているのだろう。
そんなお前をこの私が助けてやる。私のサポートを受ければ、
今まで経験したことのないもっと楽しい毎日が待っているぞ!」と答えました。
願ってもないスラッジの神の提案に、
「ありがとうございます。ぜひお願いします!」とコンシューマーは答えました。
「ただし、条件がある」とスラッジの神は言いました。
「何でしょうか?」とコンシューマーは尋ねました。
「毎日朝昼晩に"ダークパターン"と呪文を唱えるのじゃ」
とスラッジの神は答えました。
「それだけでいいのですか?」とコンシューマーが尋ねると、
「そう、それだけでいいのじゃ」とスラッジの神は答えました。
そして、その日からコンシューマーは、スラッジの神からいわれた通り、
朝昼晩に"ダークパターン、ダークパターン"と唱えました。
すると、あら不思議、これまでの無難過ぎる暮らしが、
初体験ばかりの楽しい生活スタイルに変わりました。
コンシューマーは、これまでにない快楽を得られ、
日々充実しした生活を過ごしてゆきました。
コンシューマーはスラッジの神に感謝し、
引き続き"ダークパターン、ダークパターン"と唱え続きました。
しかし、コンシューマーはハッと気づきました。
自分の財産がすっかりなくなっていることにです。
さらに、それだけでなく、
いつのまにか膨大な借金まで抱え込んでいました。
そこでコンシューマーは、天に向かって
「スラッジの神よ、どうしてくれるんですか!」と叫びました。
しかし、返事はありません。
そこでコンシューマーは、天に向かって
「ナッジの神よ、裏切ってすいません。なんとか助けてください!」と叫びました。
しかし、こちらも天からの返事はありません。
この時、コンシューマーは初めてすべてを理解したのです。
ナッジの神もスラッジの神も話し方こそ違えど、その声は同じだったことに。
そう、実はナッジの神とスラッジの神は一心同体であったのです。
コンシューマーは、ただ彼らに弄ばれていただけなのでした。
コンシューマーは、少し笑顔を浮かべながらゆっくりと歩き始めました。
その足取りはどこへ行くともはっきりしない頼りないものでしたが、
それでも一歩、一歩、力強く歩いてゆきました。
<モラル>
・いずれにしろ選択は自分の責任である
・選択をする際に、
優しい顔をして近づく存在もあれば怖い顔をして近づいてくる存在もある
・新しい耳障りのよい言葉など大した意味を持たない。
(シャルル・ペローにならって、寓話のまとめを「モラル」としました)