日用品公害【後】制御不能、火を噴くプロジェクト ~嗅覚センサーを見直そう(20)~
日用品公害により、これまで労働災害事例にしかみられなかった症状が、民間へ拡大し始めている。
エンジニアたちの健康は蝕まれ、プロジェクトに綻びが目立ち始める。
火消しまでもが倒れたとき、崩壊へのカウントダウンが始まる。
テレワークで高まる、日用品公害によるリスク
急速に悪化する体調、不意打ちの戦線離脱
従来は有資格者が取り扱っていた危険な化学物質。それが近年、一般消費財に含まれるようになってきた。
規制がないために、環境中に漏れ出る化学物質は増える一方だ。
身近な日用品による環境汚染。これを「(仮称)日用品公害」と呼ぶ(前回記事参照)。
公害の中で暮らすヒトは、呼気から有害物質を取り込んでしまう。健康を奪われる。シックハウス症候群を超えた、シックエアー症候群といっても過言ではない症状が現れる。環境の改善が追い付かなければ、化学物質過敏症を発症する(※1)。
ITエンジニアも、例外ではない。
まず、健康状態の悪化により、仕事のパフォーマンスが低下する。
そして、それぞれの個体が許容できる範囲を超えたとき、症状は急激に悪化するのだ。
突然の戦線離脱。予測できない事案である。
コロナ禍対策のため、在宅勤務は圧倒的に増えた。テレワークで生じる「恒常的な問題」については、ベンダーが積極的に取り組んでいる。
参照:「テレワーク急増」で浮上する意外な落とし穴 マイクロソフト相談窓口に問い合わせが殺到(2020年04月28日配信)本田 雅一 、東洋経済online」
一方、「突発的に生じる個人的な問題」は、プロジェクト単位、世帯単位、個人単位で、取り組む必要がある。
日用品公害による疾病は、そのひとつだ。
労働力不足に陥るプロジェクト
工期に余裕あるプロジェクトであっても、複数のメンバーが同時多発的に体調不良に陥れば、未発症のメンバーにしわ寄せが及ぶ。
案件の規模や緊急性にもよるが、一時的な休養では済まない事態ともなれば、人員の補充は厳しくなる。
体調の悪い時期が長期にわたるなら、その間に代替要員を探すことはできるだろう。
だが、急激に悪化したら?
同等のスキルを持つ者を確保できるのか。
そして、倒れたメンバーは復帰できるのか。治療しようにも、日用品公害による疾病を診察できる医師は、まだ、全国でも数えるほどしかいないのだ。
それ以前の問題もある。
もし、ビデオ会議中に倒れたなら、参加者が気づく。だが、単独作業中もしくは業務時間外に倒れたら、誰が気づくのか。深夜のコンビニ帰りに昏倒したり、SOSをツィートする余裕なく救急搬送されたなら、第一報はいつプロジェクト・リーダーの耳に届くのか。
同居家族がいたとしても、連絡先を把握しているとは限らない。重大案件なら、機器や資料のある部屋に出入りするのは、エンジニア本人だけのはず。守秘義務契約を締結した案件なら、仕事のテーマすら、誰にも、知らせていないはずだ。もちろん家族が知る由もない。
火消しがいない、誰が鎮火するのか?
労働力不足で炎上するプロジェクト。 火消しを投入できればいいが、その頼みの綱の火消しも倒れないという保証はない。
全世界からメンバーを選りすぐったプロジェクトなら、リスク分散は可能だ。他国では、日用品公害をもたらす製品群は、すでに敬遠され始めているからだ(※2)。
この国では、日用品選択の基準がズレている。「環境保全」の4文字の優先順位は、ことさらに低い。
日用品公害は全国に蔓延してしまった。国内で各地のエンジニアに依頼しても、リスク分散にはなりにくい。
もっともリスクが大きいのは、「日用品公害対策の遅れている」自治体のプロジェクトだ。
厄介なことに、日用品公害には地域性がある。住民のエンジニアが結集しているので、同時多発的に倒れる可能性がある。
おそらく理由は単純だ。
地域のドラッグストアの売り場面積を占めている商品を、何気なく購入する。買う人がいれば、店側は補充する。消費が拡大するという悪循環に陥る(※3)。
使ううちに、ヒトの嗅覚には馴れが生じる。高残香性製品の香りが分からなくなる。香料ではない化学薬品のにおいは、前回述べたように、感知できない個体が少なくない。
そうして、その地域特有の大気事情が出来上がってしまう。
現在きれいな大気が残っている地域であっても、来訪者や宅配で届く物品によって、地域外から、日用品公害が持ち込まれる。持ち込まれた有害物質は蓄積し続け、徐々に室内が汚染されていく。それはコロナ禍での、感染拡大地域からの持ち込み感染に似ている。深呼吸できる大気のある地域が、ひとつ、またひとつと、この国から消えていく。
新型コロナウィルスの感染拡大地域で医療者が次々倒れていくなか、救急救命のバックアップ要員を確保するのが難しいように、日用品公害の拡大地域では、火消しを確保するのも難しくなる。
ストレージの三重バックアップでも絶対ではないのだから、生身の人体ならなおさらのこと、火消しの火消しを事前に確保しておかねばなるまい。
リーダーやキーマンが突然、日用品公害に倒れたら
ここまでで述べたことは、倒れるのがメンバーで、プロジェクト・リーダーその人ではないならば、という前提での話である。
工期見直しか、仕様の縮小で、継続できるなら、まだいい。リーダーや現場のキーマンが倒れたら、プロジェクト自体が暗礁に乗り上げる可能性が高い。
コンシューマー向けサービスなら、企業の信用問題に発展する可能性もある。
クライアントが強く要請しようが、追加費用を上乗せしようが、ない袖は振れない、ではなく、いない人材は確保しようがないのである。
現場経験のないスーツは、旗さえ強く振れば現場の者がなんとかする、などと考えがちであるが、どの現場も同じことばを返すだろう「なんともなりませんから!!」
筆者は火消しやキーマンを担当した経験から確信している。今このときも、人員の替えのきかないプロジェクトが、全国のあちこちで進行中であることは明らかだ。その中には、人命に直結する、社会基盤や生活基盤にかかわる案件も、含まれている。
テレワーク推進の落とし穴、情報資産の管理
日用品公害によってメンバーが突然倒れることによる最大のリスクは、情報資産の行方が不透明になることではないか。これは、筆者の杞憂だろうか?
前触れなく突然、病に倒れる、重傷を負う、意思疎通が困難になる、という事態は、広域災害や火災、COVID-19のような感染症でもありうることだ。
ただし、日用品公害での疾病は、それらとは異なる。建物は破壊されず、機器は生きている。ウィルスは付着しておらず、持ち出すことができる。
つまり、使用者不在のまま、稼働可能な機器やメディアだけ取り残される状況が起こりうる。
ロックされ暗号化されてはいても、物理的に取り残されることには違いない。
その中に、機密性の高い情報は眠っていない。
だが、デジタル資産の機密性は、セキュアか公開可能かの二択ではなく、グラデーションだ。
公開されても社会的問題の生じることはないが、できれば外にはあまり出さない方がよい雑多な情報。仕事の要素が多少見え隠れするものの重要ではない情報を、「一切」個々のエンジニアの手元に置くことなく、プロジェクトを完結させることは難しいだろう。
単身のエンジニアが突然倒れたとき、残されたストレージやメディアはどこへ行くのか。 最悪のケースを想定するなら、引き取り手のないデジタル遺品となる。その行方に、親族でもないプロジェクト・リーダーは、どこまで関与できるのか。
インターネットが普及する前、技術系企業は、アナログな対策をとっていた。たとえば社員旅行は二手に分ける。主要な開発者には運転させない、などである。
筆者は、20数年前に開業してからの10数年間、受託案件を手掛けていたが、家族も同業者であるため協業の形を取り、開発期間中は、二人が同時に町外へ出ることはなかった。二人とも交通事故にでもあおうものなら、東京在住のプロジェクト・リーダーとの連絡が途絶える可能性がゼロではないからだ。執筆業務では、単独執筆の場合でも共著の形をとり、出版社から、365日24時間どちらかには連絡がつく体制を敷いていた。
ところが、こうした一地域に偏った人的バックアップは、日用品公害には通用しない。
同じ地域に住んでいれば、とくに同じ職場で働いていれば、同程度の日用品公害に晒されるからだ。第17回で紹介した、コトリコーヒーのケースは、これに該当する。同じ店で働く二人が同時期に相次いで体調を崩している。
在宅ワーカーのエンジニアが倒れ、緊急連絡先となるはずの家族までもが倒れたら、数日以上、連絡が途絶える事態はおこりうる。
今では、ホームセキュリティ企業のサービスも充実し、ヘルスケア用デバイスは日進月歩であるから、SOSを発せられない可能性は低くはなっている。だが、可能性が低いということは、可能性がゼロだということではない。コロナ禍による急ごしらえの在宅労働環境では、緊急時通報がシステム化できていないプロジェクトも少なくないだろう。
この国の中に、日用品公害の及んでいない地域が残りわずかとなったとき、恐ろしい大気事情の中で暮らすエンジニアたちが、画面を見つめたまま、倒れることになるだろう。
IT業界が日用品公害を注視したほうがよい理由
発達障碍と、化学物質の代謝との、難しい関係
どの業界にも職業病はある。疾病は、労働環境の影響を受ける。
IT業界の者は、日用品公害の影響を受けやすいかもしれない。
なぜなら、代謝の異なる個体の割合が、他の業界のそれよりも多い可能性があるからだ。
以前、Doctor'sブログという医療関係者ポータルサイトに、「意味不明な人々」というブログがあった。ご存知の方も多いにちがいない。「やんばる先生」こと沖縄の精神科医・後藤医師が、医師として、また、発達障碍当事者として、症例と対処法を綴ったものだ。
その中に、発達障碍者は、定型発達者とは薬効が異なるため、現場の医師の調整が必要、という旨の記述があったと記憶している。Doctor'sブログはクローズしていてリソースを探せないが、筆者の記憶違いでなければ、少量でも効きすぎる、ということであった。
また、海外の調査結果では、広汎性発達障碍の中の自閉症を含む「自閉症スペクトラム」と、日用品公害の中の「香害」との関連性が指摘されている(※4、※5)。薬が少量でも効きすぎる個体は、日用品公害の影響も受けやすいのではないか。
その薬効が異なるといわれる発達障碍、IT業界には、他の業界よりも、割合が多い可能性がある。裏付けるデータはないが、業界あげて異才をもとめており、能力に凹凸のある者が適応しやすい職種ではある。
「自閉症など発達障害人材に米マイクロソフトなどIT企業が熱い視線。日本では『埋もれた人材』の発掘なるか(2019年11月21日)長谷ゆう、BUSINESS INSIDER」
「ギフテッド・プログラマたちの微笑む日(2014年1月10日配信)、転載、日刊デジタルクリエイターズ」
ITエンジニアの中でも、プログラマーは一極集中型の活躍しやすい職業であり、アスペルガー症候群のひとの割合が多いようにおもわれがちだが、実際のところは、わからない(※6)。筆者の感覚では、むしろ、ADD/ADHDグレーゾーンのひとの割合が多いようにおもう。頭も心も回転が速く、フットワーク軽く、プログラミングファーストならぬアクションファースト、圧倒的スピードで難題を撃破していくタイプのひとたちだ。
筆者は、精神科医でも教育者でもなければ、当事者でも当事者家族でもない。リアルな困難を深い部分まで理解できているわけではない。ただ、自閉症児の生活支援ツールの実装を担当した際に、発達障碍について理解する必要があったことから、大量の文献を読み、当事者さんたちと交流した経験があり、あながち外してはいないとおもうのだ。
発達障碍でなくとも、画面を見続ける仕事では運動不足になりがちだ。コロナ禍で、さらに運動不足になる。代謝が落ちる。 取り込んだ有害物質の排出は、いずれ追い付かなくなるだろう。
日用品公害 × メンタルの薬、重なる化学物質
ITエンジニアは、ストレスの大きい職種でもある。
その体内には、n本の日付変更線がある。後天的に獲得せざるをえなかった機能だ。昼間は会議や電話で手がとまり、深夜に半ば眠った状態で集中して仕事。国境をまたいでの協働。自然のリズムに反逆している。海外出張の多いエンジニアも同様だ。
スーツが安請け合いする仕事、膨らむ仕様、変わらぬ予算。プロジェクトは秒速で進み、開発環境はアップデートし続ける。
発達障碍者なら、定型発達者専用の社会システムに適応するために無理を重ね、ストレスを倍加させてしまうだろう。
睡眠障害、不安感、食欲不振、感情鈍麻、あるいは、感情失禁を起こすひとがいても、不思議ではない。
それらの症状があれば、一般的には、かかりつけの内科へ足を運ぶ。基礎疾患が否定されれば、心療内科を受診する。そこで投薬治療を受けるようになる。
たとえばベンゾジアゼピン。広く処方されており、頭痛や肩こりにも効くことから、患者側は気軽に捉えがちだ。だが、ITエンジニアにとって、視力への影響が気になる薬だ。依存性や深刻な副作用がある。今後は定年延長で高齢エンジニアも増えていくかもしれないが、高齢者の服用については、一般社団法人日本老年医学会が注意喚起している薬剤でもある。
休養をとり、生活リズムを立て直し、その補助として服薬するなら、回復もしよう。ところが、ライフスタイルを変えることができず、薬頼みの急場しのぎになることもある。 これは、さらなる問題を引き起こす。最大の問題は断薬で、それは厳しいものとなるという。
「ベンゾジアゼピン離脱症候群......依存性への意識が遅れた日本(2018年9月27日)心療眼科医・若倉雅登のひとりごと、ヨミドクター(読売新聞) 」
依存が形成されて苦闘したひとたちが、SNSやブログで発信している。検索すれば多くの情報がある。離脱症候群として、線維筋痛症に類似する症状が現れることもあるそうだ。そして、この繊維筋痛症、化学物質過敏症と併発しているケースを、SNS上でもしばしば目にする。何らかの関係があるようなのだ。
ストレスからの病ではなく、日用品公害による症状が先行して、心療内科を受診するケースもある。その場合、日用品公害が原因であるとは気づかないまま、あるいは気付いていても原因を取り除けないまま、服薬を開始する可能性がある。
SNS上に、ベンゾ系を服薬していると日用品公害による症状が突然悪化する、という情報があった。筆者は、そうした現象はありうると考える。日用品公害の中に暮らしていたひとが、ベンゾ服薬開始後に体調悪化した事例を見知っている。
逆接的な反応は、それが症状の悪化なのか副作用なのか、患者自身には判断が難しい。
また、前述のように、IT業界には、薬剤にも香害にも注意の必要な、発達障碍者の割合が多い可能性がある。そのような個体が、日用品公害に晒されたまま薬頼みになるのは、非常に危険なことではないだろうか。
オーダーメイド医療、オーダーメイド処方でもない限り、何らかのリスクはつきものだ。だが、そのリスクを低く抑える工夫をすることはできる。
もし、本稿の読者の中に、心療内科医の方がおられ、数年前までは見られなかった症例に遭遇したなら、日用品公害による症状を薬剤が強化している可能性についても、考えてみていただけないだろうか。twitterで「日用品の製品名 香害 日用品公害」を検索すれば、膨大な健康被害者たちの体験談を得ることができる。
もし日用品が原因である場合、医療の力で症状を改善させることはできたとしても、その日用品を生活空間の中から取り除かない限り、完治にはいたらない。とくにテレワーカーは、自宅の近隣、あるいは、上下左右階の住民が、日用品公害の元凶となる製品を使っていれば、ほぼ24時間、大気汚染に晒されることになる。 原因の特定に、医療の力を貸してほしい。
IT企業は、独自に従業員の健康を守る取り組みを
化学物質過敏症を知って、その発症を防げ
いまやITなくして、われわれの生活は成り立たない。良きにつけ悪きにつけ、社会への影響は甚大だ。その仕事に、ミスなどあってはならない。
だが、人間は完ぺきではない。体調が万全でないがために、企画のミス、設計のミス、プログラミングのミス、マニュアルのミス、操作のミスが誘発される恐れがある。 体調管理を難しくする要素は、できるだけ、事前に排除しておかねばなるまい。
日用品公害の放置は、化学物質過敏症の発症のトリガになることがある。化学物質過敏症は、心身頑健な者が発症しても、耐えられぬほどの苦痛を伴うという。その苦しみは、心身にとどまるものではない。社会的立場まで厳しくなり、人間関係まで難しくしてしまう。これ以上、発症者を増やしてはならない。
化学物質過敏症者の社会的な立場についても言及した、非常に参考になる、すばらしい論文がある。ぜひ読んでいただきたい。とくにプロジェクト・リーダーや、企業の人事や福利厚生の担当者は、必読だ。
「化学物質過敏症患者の『二重の不可視性』と環境的『社会的排除』、寺田良一、明治大学心理社会学研究第12号 2016」
また、日用品公害を同居家族に伝えるには、次の動画を見てもらうとよい。具体的で、日用品公害が身近なものとして感じられ、理解を得やすいとおもわれる。
「【実話】洗剤でアレルギー!?化学物質過敏症って知ってる?(2019年12月10日)漫画ストーリーズ」
ジャパンマシニスト社から刊行された、香害についてのパンフレットは、短時間で読むことができる。4分冊になっており、目的に応じて配布用として使うことができる。
「『香害パンフ』化学物質過敏症って?(4巻セット)(2020年3月30日刊)作画:松岡おまかせ、監修:そよ風クリニック・宮田幹夫 脳科学者・山口和彦、編:ジャパンマシニスト編集部」
プロジェクト・メンバーの健康管理は、企業の責務
大気に境界はない。職場でも、自宅でも、通勤時の電車でも、汚染された空気の流入を、防ぐことはできない。
日用品公害によるリスクをゼロに近づける、次の三つの取り組みが、企業にもプロジェクトにも、もとめられる。
ひとつは、いわずもがなであるが、ストレスと労働負荷の低減である。
メンタル面のサポートだけでなく、さらに進んで、食のサポートにも取り組んでほしいところだ。ようやく重視され始めた感のある、COMT多型などの遺伝的要素、報酬系、腸内環境などの個体差に対応した、オーダーメイドキュアを提供できれば完璧だ。
また、ユニフォームがあるなら、人体にできるだけ無害な日用品を使用しての、洗濯サービスがあってもいいのではないか。第1回、第2回、第5回で紹介した、北海道の和洋菓子店「お菓子のふじい」の試みに倣えばいい。
ふたつめは、労働環境、生活環境の改善だ。
プロジェクト・リーダーが音頭をとって、プロジェクトのメンバー、クライアント企業の担当者、その家族、直接的であれ間接的であれ、開発物にかかわる者すべてが、日用品の成分について学ぶオンライン勉強会を開いてみてはどうだろう。
いまこれを読んだあなたがプロジェクト・リーダーなら、もう読んでしまった、知ってしまった、後戻りはできない。実行するか、しないか。熟考してみてください。
もちろん、クライアント企業の担当者や、福利厚生の部署から、働きかけるのも有効だ。
職場の環境改善を啓発することはもちろん、在宅勤務中に曝露による症状が見られたなら、バックアップ体制を敷いたほうがよいのではないか。近隣や棟内に原因があって、使用製品の見直しをお願いする場合、企業が背後についていれば、説得力は増すとおもわれる。
世界的に環境問題への意識が高まりを見せつつあるなか、わが国でも、大気汚染をこれ以上野放しにせず、改善することが、エンジニアたちの健康を守ることになる。
「厚生労働省「《ラベルでアクション》~事業場における化学物質管理の促進のために~」
IT業界にはスタートアップも多い。新たにオフィスをかまえて、什器備品やTシャツを揃える場合は、できるだけ化学物質を放出させないよう、素材にも注意する必要があるだろう。いまや、健康的に働ける環境づくりは経営者の責務なのだ。
「制服のせいで健康被害、乗務員から苦情続出 デルタ航空が交換表明(2020年1月31日配信)CNN」
なお、ヒトだけでなく、協業する動物の健康にも配慮する必要がある。多くのITエンジニアが、労働管理をねこに委託している。部屋の隅に首を突っ込んで付着させるハウスダストの中に、日用品のマイクロカプセルが紛れ込んでしまう可能性がある。自宅で使っていなくても、だ。近隣で使われていれば屋内に侵入し、外出先で衣類やバッグや頭髪に付着したものが持ち込まれる。
日用品に含まれる化学物質には、ヒト以上に、ねこには有害なものがある。ぬこ様のためにも、日用品公害について知っておこう。
香害について 5症例の報告(2019年3月9日)キャットクリニック ~犬も診ます~」
猫にとって柔軟剤が危険な理由と安全な商品5選(2020年4月14日)ねこにんじゃ、監修:獣医師 加藤桂子、ねこちゃんホンポ」
みっつめは、環境改善が間に合わず、運悪く倒れた場合に、被害を最小限に抑えるしくみづくりだ。
リモートワークが増えて従業員の労働管理が注目されているが、雇用側が行うべきは、勤務実態の監視ではなく、健康状態の管理である。
本人が発信できない状態であっても、状態の変化にいちはやく気づき、受診に結び付けられる仕組みが必要だ。正社員に限らず、派遣、アウトソーシング先、プロジェクトを渡り歩く傭兵たちにも、適用できれば、安心だ。
生命をまもること、安全な暮らしを保証することは、業態に関係なく、経済活動における最優先課題である(※7)。
日用品を見直して、リスクをゼロに近づけよう
所属する企業やプロジェクト・チームでの取り組みを待つだけでなく、エンジニアたち自身も健康管理に留意する必要がある。
前回述べたように、コロナ禍対策については、呼吸器に影響する日用品はできるだけ避けておくほうが無難である。
「路上の消毒剤散布、コロナ除去に効果なし 健康上のリスクも WHO(2020年5月17日)発信地:ジュネーブ/スイス、AFP BB NEWS」といった情報もある。
ITエンジニアには、料理や菓子作りの得意なひとが少なくない。キッチン洗剤にも注意が必要だ。調理機器や食器を洗う機会が増えれば、手荒れも起こりやすくなる。手が荒れていると、付着したウィルスも残りやすくなるという。
「手洗いや消毒が原因、女性の7割が「手荒れ」...傷口にウイルス残りやすくなる可能性(2020年4月20日)国内 : ニュース : 読売新聞オンライン」
だからハンドクリームを塗る、それは対症療法としては有効だが、その前に、手荒れの原因となる洗剤を見直すほうが先だ。システムに不具合が発生したとき、バグをつぶさない限り、根本的な解決にはならないのと同じである。
読者の皆さんは、職場で、自宅で、どんな日用品を使っているだろうか?
この10年、働きかたや暮らしかたは大いに変わった。だが、現行の製品がなかった時代も、つつがない生活は続いてきたのだ。それは、生きていくうえで、必須なものなのか。喉から手が出るほどほしい商品、物質、なのか。
化学物質を製造し、消費し、排出し、汚染された、その環境に適応し、取り込んでは排出する能力を獲得していく努力。それは、われわれにとって避けようのない進化だろうか。人類が存続していくために必要な過程だろうか。避けることのできない未来だろうか?
われわれは、近年の日用品に含まれている合成化学物質が、環境汚染を引き起こしていることを、知る必要がある。
そして、正しく恐れ、対処しなければならない。
環境リスクを抑え、自身と周りのひとたちの健康を守り、プロジェクトを成功させよう。
まだリスクに気付いていないひとたちがいたら、知らせよう。
知らせたからといって、すぐに環境が改善することはない。軽く受け止められるか、スルーされることもある。逆に、使用者の怒りをかうこともある(SNSでは、このケースに悩むつぶやきを目にすることが多い)。
だが、すくなくとも、知らせることはできるのだ。
そして、毎日、みずからの嗅覚の精度をチェックしよう。COVID-19感染で現れることがあるという嗅覚喪失を確認するためだけではない。日用品公害による身体リスクを捉える精度を維持できているかどうか、確認するためでもある。
生存に不可欠な、嗅覚センサーを、いま一度、見直そう。
※1 体内に取り込んだ化学物質の排出を促すために、食や体質の改善によって排出量を増やすという試みは、身体症状の軽減には役立つことがある。だが、しかし、使用者がいる限り、環境中に漏れ出す化学物質の量は、増えこそすれ減るわけではない。胎児や乳児やペットや地球上の他の生物たちのリスクが軽減することもない。大気事情が悪化するほど、排出の追い付かなくなる個体が増える。
日用品公害は、個人の疾病としてではなく、すべてのひと、すべての生命にかかわる、環境問題として捉えなければならない。
※2 海外ではすでに柔軟剤市場自体が厳しくなっている模様だ。
「ミレニアルに抹殺される業界(2017年6月7日)マックスリー、FASHIONSNAP.COM」
「Fabric softener sales plummet, thanks to uninterested Millennials(2018年6月21日)Katherine Martinko、TreeHugger」
「米P&Gが取った、ミレニアル世代に柔軟剤を買ってもらう方法とは?(2016年12月26日)高尾亮太朗、ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)から学ぶビジネスのヒント」
※3 第15回で紹介したように、ツルハの中の人によれば、消費行動が変われば、売り場は変わる可能性があるとのこと。
※4 アメリカ、オーストラリア、スウェーデン、イギリスにおいて、2016年6月からの1年間、化学物質過敏症および香害被害者、喘息や喘息様症状のある者、確定診断済みの自閉症含む自閉症スペクトラムと、日用品公害の関係について調査した結果。
自閉症含む自閉症スペクトラムでは化学物質過敏性、香料過敏性が認められ、アスペルガー症候群のみを対象とすると、その割合はさらに高値となっている。
高残香性製品の曝露は、健康問題を引き起こす第一のトリガとなりうるという。
「International prevalence of chemical sensitivity, co-prevalences with asthma and autism, and effects from fragranced consumer products (2019年2月12日)、Anne Steinemann、SPRINGER NATURE」
※5 発達障碍は、乳児の段階では診断できない。ところが、SNSを見れば、乳児に高残香性製品を使っている親も少なからずいる。未診断の発達障碍児に、合成化学物質を強制的に曝露させてしまう可能性がある。
※6 ウェブ上にある「アスペルガー症候群自己診断テスト」は確定診断ツールではない。計算機に親和性があるだけで閾値を越える質問が少なくない。また、(あくまで筆者の感覚による解釈であるが)定型のシゾイド的性格のひと(パーソナリティ障害ではない)が自らをアスペルガー症候群だと早合点してしまう恐れがある。自己診断は禁物である。
※7 「アイサイトを生んだスバルはなぜ自動運転車を作らないのか 『安全』というコンセプトは見直されている(2020年4月20日) 野地 秩嘉、PRESIDENT Online /PRESIDENT BOOKS」
本稿から参照しているリンク先の情報のうち、漫画ストーリーズ、香害パンフ、キャットクリニック、※2 ミレニアル世代の消費行動の変化、以上の4つについては、日用品公害被害者のtwitterへの投稿から知り得たものです。感謝いたします。