「無香」をウリにする、ビジネスが始まった。日本初、菓子店の挑戦。~嗅覚センサーを見直そう(5)~
ベンチャーの鑑ともいうべきビジネスが、北海道の片隅で始まった。
これらは一連の投稿になる。
- 技術イベントのおやつに、最適の焼き菓子を見つけた。
- 愛媛県民が、北海道のお菓子を、お取り寄せしてみた(食れぽ)。
- 「良いと感じる香り」が「健康に良い香り」とは限らない。
- 「香り」が客足を遠ざけ、「無香」がビジネスを作る。
「技術イベントのおやつに、最適の焼き菓子を見つけた。」で紹介した、デザインクッキーの製造元「お菓子のふじい」の商品を、「愛媛県民が、北海道のお菓子を、お取り寄せしてみた(食れぽ)。」で紹介した。
「良いと感じる香り」が「健康に良い香り」とは限らない。」では、香り付きの洗剤や柔軟剤の問題を列記し、「『香り』が客足を遠ざけ、『無香』がビジネスを作る。」では、ビジネスや社会への影響を述べた。
その中で書いたように、わたしは、香り付き洗剤の移香の臭い落としなどという作業に、貴重な人生の時間を奪われている。
香りカプセルのスポットから離れれば症状の出ないわたしですら、うんざりしている状況なのだ。多種化学物質過敏状態にある人は、どれほどたいへんなことだろう。また、においが町に充満し始めるのに比例して、過敏性を示す人も増えるはず。
そう思って、bingると、こうした香り付き製品による弊害が「香害」と呼ばれていることを知り、さらに「香害」でbingったところ、そのとき1ページ目の上位に出てきたのが、「お菓子のふじい」のブログだったのだ。そうでもなければ、愛媛県民が、国内とはいえ遠い北海道の菓子店の情報を、知ることはなかっただろう。
なんと、「お菓子のふじい」は、そうした香り付きの洗剤や柔軟剤によって健康を害した人を含む、化学物質過敏症者の雇用の場を創出しようとしているのである。
クラウドファウンディングで資金調達していたことは、知らなかった。すでに目標金額を達成していた。(「『いいニオイ」が体調不良に。香害による化学物質過敏症を全国へ! 藤井千晶」
「CANARIA-UP」というウェブサイトを作って発信を始め、工場建設と採用に乗り出している。
攻めている。攻めすぎである。驚くべき挑戦。これぞベンチャーの鑑ともいうべき事業ではないか。
そして、クラウドファウンディングの正しい使い方でもあるとおもう。
その姿勢に驚嘆し、お菓子が美味しそうだったこともあり、ネットショップで、お菓子詰め合わせを注文したのだった。
同店のブログなどの情報によれば、経営者の藤井ちあき氏は洋菓子職人だという。そして、夫君の藤井たかよし氏は、和菓子職人。
この和菓子職人のたかよし氏が、スタッフの洗剤臭をきっかけに、香害に倒れ、お菓子作りもままならない状態になったというのだ。
そこで、ちあき氏が解決に乗り出した。逆境を企画力と経営力でビジネスチャンスに変えつつある。すごい経営者である。
その心意気を応援するために、甘党ができること
感嘆し、共感もしたけれども、四国の一市民には何もできないのであって、せめてお菓子を買おうと、ポチったのだった。ゆるベジタリアンは一時休止。しばらくの間、優先順位を変える。
とはいえ、相方はNASH(非アルコール性脂肪性肝炎)は脱したものの、まだ完全に健康体とは言い難く、家の中に美味しいスイーツを置いておくわけにはいかない(あると、食べる)。
わたしも、愛媛県産品を優先せねばならず、そのうえに他の地域の産物を食べ続けることは、(小食なので)困難だ。それ以前に、三本目の親知らず抜歯が控えている。
このブログを読んでいる皆さんの中で、お菓子が好きで食べても健康上の問題のない人がおられたら、ふじいのお菓子を眺めてみてほしい。とくに、フードマイレージの観点から、北海道民の皆さまに。
なお、カナリアップのウェブサイトのショップでは、グッズなどを購入できる。小さいトートバッグは、コンビニの中サイズの袋くらいなので、レジ袋削減によいかもしれない。職場で、お昼ごはんを買いに行く際に、折りたたんで持っていくのに便利そう。
また、職場の洗剤や柔軟剤の臭いのために、転職を考えている人。子どもが校内の臭いで登校できなくなっている保護者の方。北海道で製菓業のプロジェクトに参画する、という選択肢を考えてみてはいかがだろうか。
CABARIA-UP 香害への理解を日本にもっと
化学物質過敏症の雇用条件とこれからの募集について
製菓業界で、ITに何ができるか
ITエンジニアと製菓業、何ら接点はないように思われるかもしれない。
そんなことはない、これからはどの業界にも、ITの力が必要だ。
まずは生産管理。異常気象により、予測が難しくなるであろう、気象条件に合わせた生産予測。
AIとの協働による、新製品開発。
3Dソフトで顧客がデザインした菓子の製造。甘さや硬さまで徹底的にカスタマイズした多品種少量生産。
VR/MRを利用した、菓子作り教室。拠点間をつないでの社員教育。人気の販売員さんが、別店舗の店先に立つことも可能だろう。
すべて、ITの力が必要なことだ。
また、たとえば、同社の最近のブログを読むと、化学物質過敏症者の孤立を避けるために、ロボットを利用していると書いてある。「お菓子のふじい」ブログ「OriHimeと作る未来」
アバターのロボットは、菓子職人の藤井たかよし氏の外見をしているわけではない。そこは受け取る側の想像力次第となる。
本人が見えた方がいいのか、どうなのか。ケースバイケースで、もし、和菓子作りのノウハウを後進に伝えるなどの目的ならば、見えた方がいいのかもしれない....。
となると、本ブログの読者の皆さんは、スタッフや顧客との場の共有なら、ホロポーテーションを考えるだろう。(子どもと遊ぶ父の映像は、2分頃~)
ただ、製菓作業の共有となると、相手が、無機物の資材やパーツではなく、有機物の米粉や餡であるので、装着感を忘れるほど小型化した後の、出番となるのかもしれない。
化学物質過敏症に限らず、無菌室もそうだが、特定の場所から外へ出られない人、動けない人は、我々の想像以上に多い。
そうしたひとびとの孤立を避けるために、VRやMRは役立つにちがいない。ITは、生活弱者をサポートできる力を秘めている。
もちろん、これらは、わたしが思いつきを列記したものにすぎない。
わたしは単にネットショップでお菓子を2回購入しただけの客に過ぎず、それ以外に同社との接点はない。同社のIT利用に対する方針も、全く知らない。
ただ、もし、同社のプロジェクトに共感して、北海道で共に製菓業を盛り立てたいと考える「自身あるいは身内に化学物質過敏症者がいる」ITエンジニアの方がおられたら、ITエンジニアは製菓業を強力に支援できるのだということを、伝えたかったまでだ。
1983年に、ある菓子メーカーを取材したことがある。
その企業は、多品種少量生産に向けて、生産予測と管理のシステム内製化をすでに進めていた。MZ-2000(8bit!)で販売予測をしようとしていたのだ。 そうした慧眼のリーダーが率いている企業であるから、今も人気メーカーだ。
製菓だけでなく、将来的にイートインも考えられたことから、「喫茶店のウェイトレスがロボットだったら、どうでしょうか?」と質問してみた。「機械が発達するほど、心が求められるようになってくる。機械利用の商品は安価で、手作りは高価、になるのでは?」という回答だった。
製菓はもちろん、あらゆる業界を、IT業界が支える構造になっていく。業界や、分野の壁、経験を気にしなくてもいい、ような気がする。
「お菓子のふじい」のプロジェクトを実らせるために、必要なこと
先日、手書きの必要な作業が生じ、急遽ノートを買ったら、洗剤臭がついてきた。喉が痛くなり、臭いの出所を探したら、なんとノートだったのだ。手にとって記入したため、手のひらに移香。無臭のせっけんで3回念入りに洗ったら、完全ではないが、気にならない程度に臭いはとれたが、気道閉塞感は小1時間続いた。
臭いの出所を特定するために、臭いを嗅ぐ。それによって、さらに喉が痛くなる、という悪循環。だが、特定しないことには、対処のしようがない。結局、ノートは捨てた。再度、別の店で、臭いのないノートを探して購入する。
香り付き製品を購入した消費者「だけ」が楽しめる香りなら、それは個人の自由だ。他人がとやかく言うことではなかろう。
だが、簡単に「n次移香」していく。そのうえ落とす方法がない。
衣類、お札、ノート、書類、n次移香した、さまざまな物が、身のまわりに増えている。
副流煙やスギ花粉と異なり、どれほど気をつけていても、屋内への、自室内への、香り物質の持ち込みを防ぐことができない。そして、一度持ち込まれてしまうと、これを完全に取り除く方法がない。
藤井さんのプロジェクトが軌道に乗り、化学物質過敏症のひとびとが働き始めたら、それで万々歳だろうか?
わたしは、その後の維持について、考えてしまう。安定稼働には、周りの協力が欠かせない。
もしも、原料の箱、原料の輸送車、同じ便に積まれているほかの商品、配達人の服(あるいは荷物のお届け先の洗剤ユーザーから移香した配達人の服)、商品代金のお札やコイン、事務用品、伝票類などに移香していたら、これらを完全にシャットアウトする方法はあるだろうか。
水際でくいとめていても、徐々に、安全なスペースは狭まっていく恐れがありはしないか。
現時点で香りに困っていないひとびとが、「化学物質過敏症者が安全に働ける場所ができたのなら、それはよかった、がんばってね、我々には関係ないから」で済ませてしまうことを、わたしは危惧する。
香料とカプセルの物質が、自動的に消えて無くなることはない。その物質が「どこに」移動し、定着するかが問題だ。使い続ける人がいる限り、安全圏への流入を完全に防ぐことは困難なのではないか。このプロジェクトは、(同社への関わりの有無を問わず)すべての人、我々一人一人が、日用品の使い方を見直してこそ成功するものと考える。
根本的な解決策は、ないのだろうか?
メーカーのみに責任を問う方法では、対立しか生まず、解決をより遠くするかもしれない。ニーズなきところに、シーズなし。生活者全員が、移香し、定着するような、香り付き製品から、同じメーカーの同価格帯以上の無香製品に、徐々に切り替えていく、というのはどうだろうか。そうすれば、(開発費と広告宣伝費の回収や製造済みの原料などがあったとしても)、メーカー側の打撃は少なくて済むのではないか。それとも、それは難しいことなのだろうか。そんな単純な話ではない?
他者の健康や生命を尊重する姿勢と、その痛みへの共感能力と、環境汚染に対する倫理観が、問われている。
「本態性多種化学物質過敏状態(化学物質過敏症)」について
「化学物質過敏症」という名前を使うことに、疑問を持つ人も、いるかもしれない。
実際、「本態性多種化学物質過敏状態(化学物質過敏症)」は、定義のあいまいな疾病だ。そうした疾病は存在せず、心因性ではないかという見る向きがあることは知っている。
環境省の報道資料「本態性多種化学物質過敏状態の調査研究報告書」では、次のように述べられている。「いわゆる化学物質過敏症の中には、化学物質以外の原因(ダニやカビ、心因等)による病態が含まれていることが推察された。」
だからといって、化学物質過敏症というものが、存在しないということにはならない。
実際、「ホルムアルデヒドで自覚症状が増強し、プラセボでは自覚症状の増強がない(Type 1)被験者は延べ38名中7名」いたということである。
「動物実験の結果からは、微量(指針値以上)の化学物質の曝露により何らかの影響を有する未解明の病態(MCS:本態性化学物質過敏状態)の存在を否定し得なかった。」とも書かれている。
病名の定義が、問題をややこしくしている面もある。
また、曝露試験に使われる合成化学物質が限定されるという面もある。この曝露試験は、平成12~14年度に行われたものである。当時に比べ、現在では、さらに多くの化学物質が製造され使われている。そのすべてを網羅する試験は不可能であろう。
わたしは、「『化学物質過敏症』と呼ばれる症状を示す疾病」はあると考える。ただし、多種化学物質とはいっても、解明されていないだけで、反応する「モノ」には、共通する物質が含まれているのでは?、と考えている。そうした人がひとりでもいるのなら、いや前述の報告書から言えば少なくとも7名はいるわけで、疾病自体を「ない」と言い切るのは、セカンドアビューズになりはしないか。傷口に塩をぬるような行為は避けるべきだろう。
だからといって、化学物質過敏症と診断された患者の全員が、必ずしも、同疾病であるとはいえないとも思っている。過労や睡眠障害や市販薬の影響(たとえば薬剤性頭痛など)によって身体のセンサーや制御に不具合を生じた人が含まれている可能性も否定できないだろう。医師は患者の「言葉での」訴えをもとに診断をする。言葉は、有効な伝達ツールであるが、完璧なツールではない。患者の中には、辛い症状のために、適切な言葉を選んで伝えることの難し人がいるかもしれない。
本ブログでは、「アレルギー」という言葉を多用してきている。
特定化学物質へのアレルギー、VOCによる「シックハウス症候群」、「本態性多種化学物質過敏状態(いわゆる化学物質過敏症)」は、異なるものであり、一緒くたにしてはいけないとは理解している。
用語の使い方は難しい。医師の間でも見解が分かれているものを、医療のプロではない者が語るのは難しい。しかし、難しいからと語らないならば、現実は何も変わらない。
肯定的意見、否定的意見、どちらも読んで考えてみられたし。
「日経メディカル」サイト内で、「化学物質過敏症」で検索すれば、情報を得られる。会員になると読める記事もある。
「化学物質過敏症」の定義がどうであれ、洗剤や柔軟剤の成分にアレルギーのある人がいることはたしかである。香りへの反応が発端となって、ほかのモノにも反応して、重い症状に苦しみ、生活に支障をきたしている人がいる。
そうしたひとびとの困難を、アグレッシブに解決しようとする、「お菓子のふじい」社長の挑戦には、感嘆する以外にないのである。