オルタナティブ・ブログ > プロジェクトマジック >

あるいはファシリテーションが得意なコンサルタントによるノウハウとか失敗とか教訓とか

日本で最も凄まじい新規事業創造はこれだ。あるいは複数の課題を同時に解決すること

»

少し前に「私の履歴書 安齋隆」という本を読んだ。知らない人も多いと思うが、セブン銀行の初代社長だ。
この本自体には「優秀な人っているもんだな・・」というくらいの感想しかないのだが、セブン銀行については創業当時から、そのビジネスモデルを注目してきた。(何しろ卒論がセブンイレブンの焼き立てパンだったので、セブンイレブンが新しいことを始めると気になってしまう)

最初は「小口決済専門の銀行?変なビジネスだけど、そんなんで成り立つのかね?」という感想だった。
だがしばらく観察すると、僕が社会人になってから日本で生まれた新規事業で、もっともよくできたビジネスモデルはセブン銀行だと思うようになった。

セブン銀行はベンチャーのように「ゼロからイチを生み出す」というタイプの起業ではなく、セブンイレブンという既存資産を最大限活用した、いわば「横展開系の新規事業創造」だ。
いま多くの日本企業が、既存事業の次の柱として新規事業を生み出そうともがいている(僕らもコンサルタントとして、そういうプロジェクトを支援することが多くなってきた)。そいう状況では、ベンチャーよりもこちらの事例が参考になる。
その割には、凄さがあまり語られていない。もったいないことだ。セブン銀行は身近にあるので、僕のようにユーザーとして外から観察しているだけでも凄さが見えてくる。ビジネスモデルについて考える素材としてうってつけだ。このブログでは、その凄さを少し示したい。


★セブン銀行をめぐるお金の循環

セブンイレブンで発生するお金のやり取りを順に書き出すとこんな感じだろうか。

1)お客さんがATMでお金をおろす
2)お客さんがセブンイレブンで買い物をしてお店にお金を渡す
3)お店にお金が貯まる
4)お店が売上金を定期的にATMに入金する(安全上の理由から)
5)お客さんがATMでお金をおろす(1に戻る)

お店の中で、お金がぐるぐる循環しているのが分かる。
これがすごい。超Cool。
ピンとこない人がいるかも知れないので、セブン銀行登場前のお金の流れと比較してみよう。

お店にて
1)お客さんがセブンイレブンで買い物をしてお店にお金を渡す
2)お店にお金が貯まる
3)お店が定期的に夜間金庫等に行き、入金する(安全上の理由から)

どこかの銀行のATMにて
1)お客さんがATMでお金をおろす
2)ATM内のお金が減っていく
3)銀行がATMにお金を補充する

お店には現金が溜まっていくので、預けに行かなければならなかった。
一方でATMではお金が減っていくので、補充が必要だった。

だがお店にATMがあると、前述のように、お店の中でお金がぐるぐる回る。
お店の売上とATMから引き出される現金がぴったり一致している訳ではないだろうから、たまにはATMに現金を補充する必要はあるだろう(または現金を回収するケースもあるかも)。だが、基本的にぐるぐる回っているのだから、その頻度はずっと少なくて済む。
現金の取り扱いは強盗のリスクやそれを防ぐための警備などのコストがかかるものだ。これがずっと少なくてすむ。すごい。


★セブン銀行が解決した8つの課題
前にも少し書いたのだが、スーパーマリオの開発者宮本茂さんが、
「アイデアというのは複数の問題をいっぺんに解決することだ」
という名言を言っている。
それにそってセブン銀行のビジネスを眺めると、このビジネスモデルはなんと8つもの課題を一変に解決している。世の中に対して、一度に8種類の貢献をしている、と言ってもいい。
その8つの貢献を順に見ていこう。

貢献①:現金不足の時に、お金をおろせる
前述の「私の履歴書」によると、このビジネスの発端は、お店に来たお客さんの「あ、手持ちの現金がなくて買えない!」を解消したい、という思いだったようだ。
もちろんこれはお店にとっても良いことだ。

貢献②:夜間や田舎でも、お金をおろせる
コンビニは深夜でも開いている。だが深夜のお店で「手持ち現金がない!」が起こると、銀行もATMも空いてない。
コンビニは「お客さんにとってのコンビニエンス」にこだわる業態だから、これは見逃せない、解決すべき課題だった。
また、そこら中に銀行やATMがある都会と違って、田舎にはお金をおろせる場所が少ない。例えば僕はこのブログを長野で書いているが、最寄りのATMは8km先のセブンイレブンだ。ここでおろせなかったら、次に近いのはどこなのだろう??

貢献③:お金をおろすついでにアイスが売れる
コンビニにいくとつい、なんか買っちゃいますよね。
・現金が必要な時に、仕方なくコンビニに行く
・するとつい、余計な物を買ってしまう
これはお店にとっては、売上げアップのテコになる。

貢献④:安全でコスト安のATM
ATMのなかにはたくさんのお金が詰まっている。だから田舎にぽつんとあるATMをショベルカーで壊して現金を盗む、みたいなことが以前は起きていた。
だがコンビニのATMは店員が24時間見張っているのだから、安全だ。しかも新たに警備員を雇う必要はない。安全とコスト安が両立している。すごい。

貢献⑤:たまにしか現金を補充しなくてすむ、安全でコスト安のATM
上記のように、お店の中でお金がぐるぐる回るので、補充の頻度が減る。
おそらく普通の銀行のATMに比べて、そうとうランニングコストが安いのではないか。

貢献⑥:店長は夜間金庫に行かずに済む
お店にとっても、いいことしかない。
夜間金庫にお金を預けに行くのはリスクがあるし、その間、店番をしてくれる人も必要だ。店内にATMがあれば、入金もすぐに終わるし、ずっと安全だ。

貢献⑦:他の銀行が、高コストのATMを持たなくて良くなる
銀行にとって、長らくATMは経営の重しだった。
預金を集めるためには、たくさんATMを設置して、預金者に利便性を提供しなければならない。だがATMは維持費が高い(ハードウェアも高いし、上記のように現金補充も大変だから)。

でもセブン銀行と提携すれば、自社のATMを減らしても預金者に不便さを強いなくてすむ。(同様に、新生銀行のような、店舗やATMをほとんど持たない銀行も成立できるようになった)

だから普通の銀行にとって、セブン銀行はライバルではない。協力関係にある、アウトソーサーと言っていい。もちろんセブン銀行に手数料を払う必要があるが、自前のATMを持つよりはマシだ。
その手数料が、セブン銀行にとっての売上となる。1回あたりの手数料は微々たるものだが、誰かがATMを使う度にチャリンチャリンとお金が入るのだから、すごい額になる。

貢献⑧:相乗りATMなので、1行あたりの維持コストが安い
普通のATMって、専用ですよね。みずほのATMは、基本的にみずほ銀行に口座を持っている人が使う。三井住友銀行にしか口座がない人はそのATMに用はない。

だがセブン銀行はいろんな金融機関と提携しているので、みずほ銀行に口座がある人も、新生銀行に口座がある人も使う。何百もの金融機関が1台のATMの維持費をシェアしているのだから、安くすむ。
セブン銀行から見ると、提携先の金融機関が増えれば増えるほど、売上は上がるがコストはそれほど増えないので、どんどん利益率が高くなる。すごい。


と、「コンビニにATMがあったらお客さんにとってコンビニエンスだよね」という話に見えて、実は8つもの課題を同時に解決している。すごくないですか?一石八鳥ですよ?
僕が「この四半世紀で発明された最もすごいビジネスモデルはセブン銀行」と思うのはこういう理由だ。
しかも、ここに書いたことは、ユーザーとして外から観察しているだけでも考察できる(外から考えているだけだから、ここに書いたことに多少の間違いはあるかもしれない)。
大学で経営学を学んで以来、ビジネス観察を趣味としている僕としてはたまらない素材だ。

Comment(0)