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ヤクザにNoを!あるいは政府がクソ客だった件

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伝統的なSIerから、アプリを作ってる個人事業主まで、ITにまつわる仕事をしている全ての人は、もっと怒ったほうがいい。脅しにかかるヤクザ客に対してNOとはっきり意見表明すべきだ。
僕は普段から世の中に対して比較的ぷりぷり怒る方だと思うが、今回はそういう、ビールを飲みながらTVに怒ってるおっちゃんみたいな感じではなく、本格的に怒っている。

もちろん、デジタル改革担当大臣の件だ。
報道によると、
・オリンピックで入国する外国人向けアプリの顔認証機能をNECが受注した
・ところが3月になってから、海外観客の受け入れを断念する方針に
・それを理由に、NECに支払う金額が73億円から38億円に大きく減額された
・その交渉のさなか、担当大臣がヤクザまがいの脅しを部下に指示した
ということらしい。

その時の彼の肉声がリークされて、今回騒ぎになっている。

「このオリンピックであまりぐちぐちいったら、完全に干すからね」
「ちょっと一発、遠藤のおっちゃん(NEC会長)のことを脅しておいたほうがいいよ」
「場合によっちゃ出入りを禁止にしなきゃな」
「どこかさ、象徴的に干すところを作らないと、なめられちゃうからね」
「やるよ本気で・・・やるときは。払わないよ、NECには基本的には」
(平井卓也デジタル改革相)

淡々とした口調で、道理に合わないことを言い切る様は、映画なんかで見るヤクザそのものだ。当初の契約なんか無関係で、力関係で相手をねじ伏せるような物言いは、法治国家という感じではない。以前友人から聞いた、ロシアそっくりだ(ロシアでの商売は、契約がどうであろうと、より強いマフィアを後ろ盾にした人の勝ちらしい。そして最強のマフィアは大統領閣下だとか。おそロシア・・)


この手の「プロジェクトの費用負担割合」はプロジェクトが頓挫すると、顧客とITベンダーの間でよく議論になる。しばしば法廷でも争われる。
僕はもちろん中の人ではないので、減額後の38億円が妥当なのかは判断できない。まだ開発の序盤で、大きな費用が発生していないならば、「今後かかるはずだったコストはいただきません」となるのは普通のことだ。
だが海外観客断念が決まったのはオリンピック4ヶ月前の3月のことなので、普通に考えれば「あらかた費用は発生してしまっているので、73億の7割がたはいただかないと大赤字です」という感じではなかろうか。

NECはこの開発のために、下請け会社などに発注は済ませているはずだ。つまりアプリを全く使わなくても、支払い義務は残る。急な仕様変更で、改修工数もかかるだろう。
でも今回はヤクザまがいの脅しをしたかいがあって、大幅に減額できた。

減額を受け入れたNECは今回の件について(もちろん)ノーコメントだが、減額を受け入れた理由は想像できる。彼らにとって最大の得意先である日本政府との付き合いを継続したい。今後もよい得意先であり続けて欲しい。だから契約上応じる必要がなかったとしても、何億も(何十億も?)値引きをしたのだろう。
NECの気持ちは分かるけど、本当は訴訟で横暴を正して欲しかった。
「作れ」⇒「使わなくなったからカネ払わん」がまかり通っていいわけないでしょう。契約の詳細は知らないけど、流石に裁判で負けることはないんじゃないか。(もし裁判で勝てるならば、わざわざ"脅し"は使わないでしょう)

駄目だよ、こういうモンスターカスタマーの存在を許しちゃ。


一方の脅したヤクザの側は、「国民の血税を取り戻した」みたいなヒーロー気分なのかもしれない。でもそれは大間違いだ。
今回の件がおおっぴらになったことで、国家が契約をないがしろにする先例を作ってしまった。つまり、政府の「発注者としての信頼」を大幅に毀損した。

・政府と仕事をする時は、踏み倒されるリスクを覚悟しなければならない。
・発注者と請負業者の間で見解の相違があっても話し合いはできず、脅される。
・担当者と何を合意しても無駄。鶴の一声でひっくり返される

こんなクソ客と仕事したい企業なんていない。
カネをくれるから、いやいやお付き合いするだけだ。裏で呪詛を吐きながら。
せっかく政府が「デジタル!」とか言っていても、実態はめったにないほどのクソ客なのだ。

こういう「発注者としての信頼」ってとても大事ですよ。
一般的に、日本企業はめったにこういうことをしない。それは日本が法治国家で、そんなことしても裁判で負けるからだし、発注者としての信頼を失うと、まともな企業はお付き合いしてくれなくなり、結局困るのは自分たちだからだ。
この手の信頼は日本人にとっては当たり前でも、海外企業が日本企業と付き合う時なんかには重視される。例えばJリーグのチームは、海外選手を獲得した際に移籍金を遅延なく払うことで有名だ。逆にいうと他の国のチームはそうでないことが多い。当然、良い選手を獲得する際は有利だ。

今回、政府の「発注者としての信頼」は地に落ちた。これがたったの数十億円でPayするわけがない。今後入札するときだって、こういうリスクを各社は上乗せする。外資や、規模が小さくてもいい仕事をするITベンダーは政府案件を避けるようになる。そして政府案件は、ますます巨大SIベンダーの寡占となる。またIT調達コストが上がるよ。やれやれ。
だから僕は、今回の件を納税者として怒っているのだ。


そしてシステム構築に関する仕事をしている人間としても、もちろん怒っている。
このニュースを目にした時、僕は「システムを作らせる技術」という本の最後のゲラチェックをしている最中だった。
世の中に「システムの作り方を学ぶための本」は無数にある。だが「作ってもらう方法を学ぶ本」はまったくないことに気づいた。たまたま僕はそれを熟知していたので、分厚い本を書いた。
そういう訳で本のタイトルは「システムを作らせる技術」となったのだが、このタイトルには迷いもあった。というのも、「作らせる」というのがめちゃくちゃ偉そうだからだ。
本のゲラを読んでくれたウチの社員の何人かは「偉そうなのでタイトルを変えるべき」「ベンダーに対するリスペクトが欠けている」と僕に忠告してくれた。


たしかにプロジェクトをやっている最中に「オレはシステムを作らせる側だ」なんていい方は絶対にしない。あまりに傲慢だからだ。そもそも僕らは作らせる側、作る側、両方の立場になるし、お客さんがもしそういうスタンスをとっていたら諌める。
プロジェクトでは「システムを作らせる人」と「システムを作る人」には上下関係は全くない。対等な同志でしかない。

この本を読み進めていくと「作らせる人であっても、丸投げできない」「作ってくれる人をリスペクトすべき」「作る人と作ってもらう人がOne Teamでプロジェクトにあたらないと、良いシステムは絶対にできないよ」というメッセージばかりなのに、気づいてもらえると思う。

我が国のデジタル改革担当大臣みたいなヤクザはめったにいないけれども、世の中には「オレが欲しいシステムをアイツラに作らせればいいんだ」と思っている人々がいる。
だが皮肉なことに、そういう人々がいくらカネを払っても、システムを「作らせる」という態度のままでは、システムをうまく作ってもらえない。これはシステム構築プロジェクトに潜む最大のパラドクスかもしれない。

そういう人には「One Teamでやらなくちゃダメでしょ」と説教しても伝わらない。「作らせる方法を教えますよ」でなければ届かない。だから作らせる方法を学んでいくと、自然に「ともに作る」というスタンスが身につくような本を書いている。我ながら面倒くさい。

そのさなかに、「システムを作る奴らを脅す」「干す」などと言い放つヤクザが現れた。よりによってデジタル改革を担当している人らしい。
こういうクソ客とは絶対に付き合ってはならない。

クソ客の仕事を受注しても、システムを作ってもらう人と作る人がOne Teamとなって、ともに成功を目指すようなプロジェクトにはならない。やって学べる仕事、やって楽しい仕事、やり遂げて充実感を感じられる仕事にはならない。
システムに関わる全ての人は、発注者のこういう態度に、はっきりNo!を言うべきだ。


※発売はもう少し先の7/22ですが、Amazonで予約できるようになったみたいです。
よろしくお願いします。

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