会社にとってITとは何なのか?あるいは、ITは道具ではない
仕事をしながら、ずーっと違和感があったし、もどかしかった。
会社にとってITは死活的に大事なのに、ITエンジニアではない普通の人々は、主体的にはITに関わらない。業務部門とIT部門を往復するようなキャリアの人も少ないし、IT部門出身の経営者も少ない。
場合によっては「ITはコアビジネスではないから、社外にアウトソースすべし」みたいな論調もある。
本当は、僕らが思っているほど、会社にとってITは重要ではないのか?
いやいや、ITプロジェクトが会社の命運を分けている話はいくらでも転がっている。基幹系のシステム構築が失敗して何十億をドブに捨てたとか。
合併したがITの統合がうまくいかずに当初の目論見が「絵に描いた餅」になってしまったとか。
ダメダメなITの尻ぬぐいをするのが業務担当者の仕事とか。
などなど、などなど。
明らかにITは会社の業績に大きなインパクトがある。
あまりに大事だから、本当はITベンダーに丸投げなんてできないはず。
でも多くの会社が丸投げしている。
あまりに大事だから、IT部門によろしくできないはず。
でも実際には「ITのことはよく分からないから、専門家に任せてる」と口にするのが恥ずかしくない雰囲気が社内にある。
なんなんですかね?このギャップは。
重要な割に、ITの重視されていなさは異常だ。
「ITを単なる道具だと勘違いしているんでしょ?」というのが、僕の結論だ。
ITは道具ではないのだ。もっと会社にとって重要なモノなのだ。まず、そこが全ての議論のスタートだ。その認識さえすり合えば、会社とITの話は、かなりのことが見通しが良くなる。
会社にとってITとは何なのか?
会社で使うITには、「ツール型IT」と「プラント型IT」の2種類がある。
ITオンチの人、会社にとってのITの重要性がピンとこないひとは、「ツール型IT」のイメージしか持っていない。でも、会社の競争力を左右するのは、そっちではない。「プラント型IT」の方だ。ここがズレの発端なのだ。
★ツール型IT
まず、ツール型ITとはなにか?
典型的なツール型ITは、メールやプリンター複合機だ。例えば社員が遠隔でコミュニケーションする際に、
①数十年前は電報や電話を使っていた
②メールという道具を使うと、時間がずれていてもコミュニケーションでき、便利!
③遠隔地で議論するには、最近はWeb会議ソフトが道具としてこなれてきた
といった具合に、その時々で最適な道具を使いこなしていく。
穴を開けたい時には、お店から電動ドリルを買ってくる。ツール型ITもそれとおなじ感覚で、買ってきて便利に活用する情報技術のことだ。
他の例としては、Webサイトの会社概要やIRのページもツール型ITと言える。経営者や業務担当者があまり関与しなくても、デザイナーやWebサイト作成業者にお任せすれば、それなりのものに仕上げてくれるからだ。
そして、IRのページが多少見にくかったとしても、会社の競争力が削がれるということはない(投資家の心証は悪くなるだろうが)。
★プラント型IT
一方で、会社には「ツール」と呼ぶにはあまりに複雑で、あまりに会社の業務そのものと密着した、「プラント型IT」とでも言うべきITがある。
プラントというのは、写真のような複雑な工業施設のこと。
(この写真は僕が新幹線から撮影した、徳山にある出光の石油プラント)
石油精製産業が「装置産業」と呼ばれるのは、会社の主な資産が生産装置、つまりプラントであり、プラントを操業して製品を作ることが事業そのものであり、利益の源泉でもあるから。
プラントは単なる道具ではなく、石油の精製プロセスに従って、多くの複雑な設備が完璧に組み合わさってできている。道具の様にどこからか買ってきた訳ではなく、長い時間をかけて緻密に設計、構築された設備の集合体がプラントだ。
実は会社にとって本当に重要な、業績を左右するITをよく観察すると、電動ドリルのような「ツール」よりはるかに、「プラント」に似ている。
典型的なプラント型ITである、販売管理システムを例に考えてみよう。
1)営業担当者は販売管理システムを使って見積金額を算出する。
2)この金額で売っていいか?について、社内決裁を通す。
3)狙い通り顧客が買ってくれたのであれば、受注情報をシステムに登録する。
4)在庫データには「このお客様に納品予定」とツバをつけておく。
5)もし在庫がないようであれば製造指示を出し・・。
といった具合に、いまや大企業であれば商品を売るプロセスは、完全にITの流れに沿っている。
人間が道具としてITを使うというよりは、ITが人の働き方を決めている、と言ってもいい。その証拠に、営業マンが売るアテもないのに在庫にツバをつけようとしても、システムからエラーが返され、できないはず。
まるで原油がプラントの中を流れていくにつれて様々な化学製品になっていくのと同じように、業務情報がITの中を流れていくことで業務が進み、最終的には商品がお客様のところに届き、お金を受け取り、経理仕訳が記録される。
こういった、業務と密接に絡み合うITを「プラント型IT」と呼ぶ。
もちろん、会社の命運を左右するのは、ツール型ITではなく、プラント型ITの方だ。
業務担当者や経営者のようなエンジニアじゃない人が、(好きか嫌いかは別として)大きな影響を受けるのも、プラント型ITの方だ。
さて、ひと度、
・会社にはツール型ITとプラント型ITがある
・会社の運命を左右するのは、プラント型ITの方
ということを理解すると、ITエンジニアではない人も、会社でITをどう扱えばいいのかについて、自分で考え、判断できるようになる。
例えば「ツール型はITの専門家に任せても良いが、プラント型ITは決して丸投げしてはならない」と言い切っていいと思う。
なぜなら、プラント型ITはあまりにも業務と密接に絡んでいるからだ。
プラント型ITについて考えることは、業務について考えることだ。
M&Aをしてもプラント型ITを統合するまでは、シナジーが出ないかもしれない。
プラント型ITをいじらなければ、業務変革はできない。
プラント型ITの投資方針は、経営判断そのものだ。
プラント型ITはエンジニアだけでは育てられない。
「IT人材をどう育てればいいのか?」
「ITはなぜこんなに高いのか?」
「ITの投資計画はなぜ毎回ブレブレになるのか?」
「ITの長期計画をどう立てればいいのか?」
「なぜITプロジェクトは失敗ばかりするのか?」
これらは、ITを会社の武器にするために立ち向かうべき難問だが、「自分の会社で、プラント型ITを育てないと」と考えていくと、自ずと答えが見えてくる。
それだけではなく、「じゃあ、我が社はどうすればいいの?」を丸投げせずに、自分で考えられるようになる。
はっきり言って、こういうテーマについて深く考え、自分なりの答えを持っているITエンジニアはあまりいない。
ましてや、業務担当者や経営幹部で、ここに知見を持っている人は絶滅危惧種なみに稀少だ。
だからこそ、知れば大きな武器になるし、会社を劇的に変えることもできる。
僕が去年の12月からコリコリと書き続けてきたのは、それを書いた本だ。
先週から書店に並んでいます。
ビジネス書の棚の担当の方に聞いてみたら、かなり売れているようです。
(紀伊國屋書店新宿南口店では、5位にランクインしていて驚きました)
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