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アイディアは薄暗い小部屋にある、あるいは「考える」とは何か

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この記事はうまくかけるか分からない。あまりに個人的過ぎて、他の人に役に立つのかも分からない。それでも、備忘的に書いてみたい。
テーマは「クリエイティブなモノを考えだす時の心象風景」

今の僕にとって、クリエイティブな仕事とは、
・プロジェクトで、業務課題を分析する切り口を探す
・プロジェクトで、施策を考えだす
・セミナーやトレーニングの資料を作る
・本を書く
という辺り。
クリエイティブかどうか分からないけど、
「誰にも頼れないし、正解もないし、Google先生に聞いても教えてくれないから、自分で考えるしかないこと」
と言ったほうが正確。

そういう仕事をする時に、心がけている事が3つある。

1)調べない
「調べる≠考える」である。
(ちきりんさんのベストセラー「自分の頭で考えよう」でも最初の方に書いてあった)
Google先生は確かに速い。でも思考の補助役としては、話にならないくらい遅い。

2)パソコン使わない
「パソコンに何かを打ち込む≠考える」である。
パソコンは考え終わったことを、他人に分かるように整える時に使う道具である。
僕は考えるときは必ず、ノートとペンを使う。
例えばこの記事の内容も、10分くらいかけてノートに走り書きしながら「考えた」。今はパソコンに向かいながら、それを機械的に文章に変換している。
「変換≠考える」である。
前回紹介した「プレゼンテーションZEN」でも強調している。

3)1人になる
仕事は慌ただしい。特に僕らの主戦場、プロジェクトは人の集合体だから、ひっきりなしに会議や相談がある。もちろんブレインストーミングの様に、みんなで触発しあいながら考えるときもあるのだが、本当に難しいこと、大事なことは1人にならないと考えられない。
僕は昔からプロジェクトの山場になるとプロジェクトルームを1人離れ、どっかに篭って業務の分析方法や課題の解決方法を考えてきた。1日に1時間、30分でも充分。
プロジェクトマネージャーをやっている人は、1日に1時間すら、自分の時間が持てない人もいるのではないだろうか。その貴重な1時間を、どうでもいいけどやらないといけない事務処理に使ってしまったり。もったいない。

さて、1人になって何をやるのか。
比喩的な表現で申し訳ないのだが、僕が一番しっくり来るのは、

自分のなかに薄暗い小部屋がある。
そこに何か大事なアイディアが入っていることは、薄々分かっている。
でも中にズカズカ土足で入ることは許されていないし、電灯も見当たらない。
しょうがないから、ドアを15cmくらい開けて、必死で覗きこむ。

という光景だ。
必死で覗きこんでいると、中から何かが取り出せる時がある。大抵取り出せる。
それが僕にとっての「考える」のイメージ。

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この心象風景は「自分が知りたいことは、自分が既に知っている」という前提に立ったモデルだ。
「考える=自分に質問する」である。
ちなみに、自分が既に知っていること以外のことも沢山沢山あるが、それはいくら考えても分からない。下手な考え休むに似たり。誰か頭の良い人(大抵どこかにいます)に聞きに行くか、諦めよう。

聞く相手が自分なのだとしたら、「手持ちの知識で勝負する」という事になる。さあ考えよう、という時になって慌てて情報収集しても遅いのだ。昔から「知識の詰め込み教育は良くない」といった論調があるが、僕はそれには同意できない。
色々なアイディアを出してくれる凄い人はみんな、こぞってとても沢山の情報をインプットし続けている。例えばウチの社長は1年に本を120冊読むらしい。他にも「ひたすら色々な人に会って話を聞くことにしている」という人なんかもいる。手持ちの知識で勝負するしかないのだから、インプットが少なかったら話にならない。
はっきり言って、「発想力に課題があります」とか言っている人で、インプットをガリガリやっている人に会ったことがない。
まずは入れろ。話はそれからだ。

インプットした断片的な知識を、だれが整え、小部屋の中にしまっておいてくれるのだろうか。
それは、自分ではない。こびとさんである。

僕が自分のなかにこびとさんが住んでいるのを知ったのは、プログラマーになって半年くらいした時だ。どうしても分からないバグがあって解明に半日潰した、という時、一番効果的なのは放り出して家に帰って寝ることだった。次の日来てみると、バグがなくなっていたり、あっさり解決方法がわかる。理由は分からないが、経験的にそういうことがとても多くあった。
僕はそれを便宜的に「僕の中のこびとさんが、夜中にバグを調べてくれている」と思うことにした。それ以来、本当に困ったときにはこびとさんに任せることにしている。

ちなみに、現代脳科学ではこびとさんの存在が科学的に証明されている。数年前に知ってびっくりした。
夜寝ている間、脳は昼間の記憶を整理する。昼間の断片的な情報を色々くっつけてみる。そして意味がなかったら捨て、意味がありそうなら新たな記憶として残す。そうすることで、昨日の夜よりずっと頭が整理された状態で、僕らは朝を迎える事ができる。僕が覗きに行った時に、持っていけるようなアイディアにして、薄暗い小部屋の棚に、取り出しやすいように置いといてくれるのだ。

こびとさんは本当にいる。
だから、僕ら人間は情報の整理はこびとさんに任せ、ひたすら多くの情報を楽しんで頭に入れる事に専念すればいい。そしてこびとさんが活躍する時間(つまり睡眠時間)をタップリと用意する。
※こびとさんについては、「こびとさんをたいせつに」という内田樹の文章も読んで欲しい。同じような事を考えている人がいるものです。

何事にもコツがあり、訓練でうまくなる。
小部屋の覗き込み方も同様で、しょっちゅう覗き込んでいると、うまくなる。そのうち、簡単なことであれば、会議の途中にも3分くらいで出来るようになる。
最初は時間をとって、自分を隔離するところから始めたほうがいいけれども。
毎日毎日、その気になれば考えるネタには事欠かない。だから、覗き込み方の訓練はいつでも出来る。

僕がブログを書いているのは、この、終わりのない訓練のためかもしれない。あと、やっぱりインプットは大事だから、僕もTwitterはほどほどにして本読まなきゃ。

Comment(1)

コメント

こんばんは。オルタナブロガーの片岡麻実です。
小人さんのお話、興味深いです。


私も学生時代は考えを整理するために夜、机に向かって紙にもくもくと考えを書きつらねていました。汚い走り書きが後に原稿用紙200枚に発展しました。頭の中で思考が整理されて論の道筋がしっかりたってしまうと、何も見なくても200枚書けました。


一人で集中して紙に書いていくというのはアナログだけど大事ですね。わたしは学生時代、メモ紙に大量に書きまくっていました。

アウトプットの時は字が汚いのでワープロ(後にワード)を使っていました。

今は頭の中で思考がきりっとまとまってしまった時はいきなりパソコンで書き出すこともあります。ですが、基本的にはメモ紙に書く、もしくはiPhoneのノートアプリに思考を書き出します。


ブログも論文も事前に思考を整理して論を立ててから書くことが多いです。事前に仮説を立てて調べる行為を済ませてから書くので書くときは一気に書きます。

とはいえ事実確認のため、書きながら検索して情報を確認することも多いです。


私の場合は白川さんの「調べない」「パソコンを使わない」と似ているのか似ていないのかわかりませんが、一人で考えこむことは毎日一定の時間をしています。


会社員の時は疲れきってしまって自分が集中する時間をとることができませんでした。フリーランス故に一人で考える時間の調整ができるのだろうと私見では思います。


時々、ひらめく瞬間がありますが、これはきっと小人さんのおかげなのでしょうね。これからも小人さんと仲良くしていきたいと思います。


追記
子供のICT教育の続編を書きました。もしよろしければですが、お手すきの時に以下の記事のへ白川さんのご意見をうかがえたら嬉しいです。

▼小学生教育とビジュアルプログラミング言語「VISCUIT(ビスケット)」の可能性 入門編
http://blogs.itmedia.co.jp/kataoka/2012/08/viscuit----3112.html

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