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なぜTBSは100億近く損したか、あるいはインチキ戦略の例3つ

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★10年で140億円が65億に
横浜ベイスターズの買収については、DeNAが新興企業だからか、話題はもっぱら買い手サイドに集中しているようだ。
僕はどっちかというと、売り手であるTBSが気になっている。だって、140億で買ったものがたった10年で65億ですよ?車のような消費財とは違って、毎年価値を増やしていくはずの企業が半額になるというのは、10年前の買い物が大失敗だったことを意味している。

僕の記憶が確かならば、10年前にTBSが買収した当時の説明は

「デジタル化、多チャンネル化が進み、コンテンツが圧倒的に不足する。スポーツというのは優良コンテンツなのだから、メディアはなるべく買い集めなければならない」

といった感じだった。
同じ文脈で、日本テレビがJリーグのヴェルディを買ったりもした。新聞社との関係など、事情は少し違うが、「コンテンツが不足するからメディアがコンテンツを所有する」という戦略ストーリーが世の中で共有されていたのは確かだろう。

★インチキロジックによるダメダメな戦略

ベイスターズの例を現時点から振り返って考えれば、

・多チャンネル化したときのベイスターズのコンテンツ価値は、購入時点と同じなのだろうか?
・コンテンツ利用以前に、ベイスターズという資産価値自体は増えていくのか減っていくのか?
・よりよいコンテンツにするための追加投資は、コンテンツ価値に見合うのか?
・ベイスターズというコンテンツに価値があるとしても、契約ベースではなく「所有」した方が本当に良いのだろうか?

などなど、つっこみどころが満載に思える。
「現時点から振り返って」という所がミソで、当時からこういった問題点を見通せていた人はごく少数だっただろう。僕自身はこの「多チャンネル化⇒コンテンツ所有」という戦略については「ふーん、なんだか変なの。まあサッカーにしか興味ないからどうでも良いけど」くらいにしか考えていなかった。

さて、こういう一見論理的だが、よくよく考えれば怪しいロジックは世の中にたくさんある。
プロジェクトで「何をどう改革するか」を計画するときにも良く登場するし、雑誌やネットで「○○が急成長している秘密」なんて記事が載っていると、その手のインチキロジックで急成長の理由が説明されていることが多い。

勢いでインチキロジックと書いたが、もう少し正確に書くと「脆弱なロジック」ということになると思う。
「正しいか/正しくないか」という1か0か、で議論すれば、正しい。一理か二理くらいはあるという意味で。ただ、「だから買収は経営に寄与する」とまではすぐには言えない。それだけではロジックのつながりがとても弱いのだ。
「思ったよりコンテンツとしての価値が低かった(視聴率が稼げなかった)」とか「思ったより赤字額が大きくて、多チャンネル化を補充するコンテンツとしては高くつきすぎる」などの現実を前にすると、こういう弱いロジックは吹き飛んでしまう。
TBSは10年かけてそれを実感して、手放すことにしたのだと思う。

★僕が最初に知った「脆弱なロジック」
学生時代、流通を勉強していた。そのころはダイエーが好調で「価格破壊」というのが流行り言葉だった。価格破壊のロジックというのは「中抜き」である。

これまで「製造企業⇒卸売り企業⇒小売り企業」という流れだった流通を、「製造企業⇒小売り企業」にしてしまえば、中間マージンがいらなくなる。だから安くなるでしょ、という理屈である。「いま、○○が売れている!」といった記事にもこのロジックは頻繁に採用されていたのを憶えている。新聞や経済誌に良く載っていた。

最初は僕も、疑問を全く持たなかった。余計な人たちが余計な利益を得ているのだから、いなくなれば消費者にとってはハッピーだと。そして、「いずれ卸売り企業は絶滅する」という未来予想図につなげるのがその手の記事のお約束だった。

でも流通を勉強し始めるとすぐに(教科書的には5ページ目くらいに)、「卸の役割」というテーマが出てくる。細かくは割愛するけれども、
「小売店に品揃えを提供するのが卸の役割」
「メーカー5社と小売店舗10社を線で結ぶと、50本の線が必要になる。でも間に2つの卸をおくと、線の数は10本+20本で計30本。少なくて済むでしょ」
といった説明となる。

つまりこういうことだ。
卸売り業者が担っていた役割というものはあるし、それはいつの世でもなくならない。卸売り業者を流通から排除するならば(中抜き)、メーカーなのか小売り業者なのか、どうせ誰かがその機能を肩代わりするのだ。単純に今までやっていた仕事が消滅してしまうわけではない。
だから、これまでよりもコストカットしようとするならば「今まで卸売り業者がやっていたことを、小売り業者が肩代わりするとなぜ安くできるのか?」という別のロジックが必要になる。

例えばコンピューターで全自動化するとか、小売りが取り引きする製造業者を極限まで少なくするとか、単に「卸を抜く」とは別のロジック。それがキチンと用意されて初めて、「卸売り業者を排除して、コストカットする」という戦略ストーリーは脆弱ではなくなる。

これは地味な話なので、学んだときには「衝撃的」という感じではなかった。でも「ロジックには脆弱なものと、そうでないモノがある」ということや「分かりやす過ぎるロジックには気を付けろ」ということをジワジワと知ることができた。

★最近気になっている「脆弱な戦略」の例をもう一つ
僕が関係している受託ソフトウェア業界(SI業界)では、ここのところ、大型合併が多い。売上3,000億クラブ、5,000億クラブ、などという自動車業界の様な話も聞く。
合併時のコメントを見ると
「受託ソフトウェア業界は競争がシビアになってきたので、体力がある大企業しか生き残れない。生き残るために合併する」
というようなものが多い。

でも、「大きいことは生き残りに有利である」というのは、あまりにも脆弱なロジックだと思う。それを有効な戦略にするためには、
「大きい⇒研究開発投資の一元化⇒一元化すると何が良いかというと・・」
だとか
「大きい⇒顧客の網羅性が上がる⇒すると・・」
というように
「なぜ大きいことが生き残りに有利なのか。単に大きいだけじゃダメだから、合併後に大きいことのメリットを活かすために何をするのか」
がキチンと考えられている必要がある。

そうしないと、せっかく大きくなったのに局地戦(各お客さまの現場、各プロジェクト)で敗戦が続いて結局儲からなかった・・ということになりうる。

まあ、もちろん考えているんだとは思いますけど。どうなるのか、楽しみ楽しみ。

★他にも・・
注意してみていると、この手の脆弱なロジックはたくさんあると思う。
A社とB社が合併するときの決まり文句「シナジー」なども脆弱なロジックの巣窟だし、「A事業とB事業の連携を深めるために統合して、C戦略本部を作ります」などという話しも、かなり脆弱な香りがする。それっぽい話を聞いたら「そのロジック、脆弱じゃない?」と疑ってみると面白いと思いますよ。

まとめ。
それっぽいだけの「脆弱なロジック」に気を付けよう。アテにしていると簡単に裏切られるぞ。
今日はここまで。

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