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グローバル化する中で日本人はどのようにサバイバルすればよいのか。子ども×ICT教育×発達心理をキーワードに考えます。

「速水真澄」という名の仮面、あるいはバットマン的倒錯・前編

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前回のあらすじ

漫画『ガラスの仮面』には、1980-90年代に雑誌「花とゆめ」で連載されたものの、単行本には未収録の部分がありました。読者の間では、未刊行原稿と呼ばれています。

約10年分の未刊行原稿を振り返ると、現在、単行本に収録されている内容と重なる部分、大きく変更された部分がありました。両者を比較すると、構想の変更や速水真澄の物語が、最終回に向けて重要な意味を持っている可能性がある、と論じました。

参考:漫画『ガラスの仮面』の速水真澄と「紫のバラのひと」という仮面-

先日、ITmediaオルタナティブ・ブログに、「バットマン」のマスクとトラウマについての書評が公開されました。速水真澄の人物設定と関連がある内容でしたので、一年前に考察をした「速水真澄と仮面」の考察を、さらに行う事にしました。

『ガラスの仮面』のあらすじは、Wikipediaが一番わかりやすいのでオススメです。

参考:ガラスの仮面 (Wikipedia)
※以下のページの「あらすじ」の項目をご参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%81%AE%E4%BB%AE%E9%9D%A2

※以下、物語の重要な箇所や結末に言及しています。(ネタバレを含みます。)

「冷血漢」の仮面と水城秘書

「速水社長」と「真澄さま」

漫画『ガラスの仮面』のメインストーリーは、「誰が紅天女の後継者になるのか」です。物語の縦糸は演劇スポ根です。物語の横糸となる北島マヤと速水真澄の物語は、サイドストーリーのはずです。ですが、物語のキーワードである「ガラスの仮面」をかぶっているのは、速水真澄かもしれません。なぜならば......が今回の考察のテーマです。

漫画『ガラスの仮面』にまさかのスマートフォン! -速水真澄と紫のバラのひとという仮面-」では、「速水真澄は紫のバラのひとを演じている」と書きました。しかし、「紫のバラのひと」が本来の自分であり、「大都芸能 社長の速水真澄を演じている」と考えた方が自然かもしれません。

参考:美内 すずえ『ガラスの仮面 (第28巻) (花とゆめCOMICS)

それを明確化しているのが、秘書・水城冴子です。北島マヤの母親の葬儀が終わった後、彼女は速水真澄にこんな事を言っていました。北島マヤの母親が亡くなった原因は、速水真澄が部下に命じて北島春(マヤの母親)を山奥の療養所に監禁したから、と気が付いたからです。

水城冴子は

  • 速水真澄のことを、本当は心優しい熱血漢だと思っていたこと
  • 速水真澄は子どもの時の苦労で、心に「冷血漢の仮面」をかぶってしまったと思っていたこと
  • 速水真澄は本来の自分に気がついていないだけだ、と思っていたこと
  • しかし、本当に冷血漢だったのか?

と気持ちを伝えます。※『ガラスの仮面』華やかな迷路1 文庫版9巻を参照

参考:美内 すずえ『ガラスの仮面 (第9巻) (白泉社文庫)

速水真澄は大都芸能の社長として、仕事のためには手段を選ばない、冷淡な人物として世間から認識されている存在です。しかし、元々は心温かい人間である事を、秘書・水城冴子は見抜いていました。

『ガラスの仮面』の中で、彼女は「速水真澄の本音を引き出す役割」を果たしています。あくまでも秘書と言う立場を守りつつ、必要な時は速水真澄が自分の本心に向き合えるようにフォローをしています。

水城冴子は速水真澄に対して

  • 真澄さま
  • 速水社長

という敬称を使い分けています。

仕事の時は「速水社長」と呼び、個人的に速水真澄を思いやって声をかけている時は、「真澄さま」と名前で呼びかけます。速水真澄は水城冴子には信頼感を持っているようです。その根拠の一つは、以下のエピソードです。

「逆光」から垣間見える素顔

北島マヤに対する時ほどストレートではないにしろ、速水真澄は水城冴子にも察することができる形で、本音を表現しています。

北島マヤが姫川亜弓の相手役になるため「二人の女王」のオーディションを受けに日帝劇場へ向かった際のエピソードからも汲み取れます。 ※『ガラスの仮面』100万の虹 3 文庫版13巻を参照

参考:美内 すずえ『ガラスの仮面 (第27巻) (花とゆめCOMICS)

水城冴子は、速水真澄が北島マヤにオーディションを受けさせるために、どのように仕組んだのか。彼の思惑を代弁します。速水真澄は、水城冴子の推理が正しいことを暗に認めます。

水城は「そこまで北島マヤのためにしているのに、紅天女候補で大都芸能の大事な商品だからと言うのか」、と問いただします。 ※『ガラスの仮面』100万の虹 3 文庫版13巻を参照

この時、速水真澄の顔は、社長室の窓から差し込む光が逆光となって、顔が影になっています。そして、フッと優しい目で微笑みます。

「コーヒーのお変わりを入れてくれないか」と、水城冴子にお願いをし、会話は終了します。 ※『ガラスの仮面』100万の虹3 文庫版13巻を参照

参考:美内 すずえ『ガラスの仮面 (第13巻) (白泉社文庫)

この場面を最初に読んだときは、「速水真澄が水城冴子をはぐらかした」と感じていました。しかし、最近読み返した際に、印象が変わりました。

水城秘書が「これもまた「紅天女」のためだとおっしゃるの? 」と問いかけたことに対して、彼は言い訳をしていません。「北島マヤを気にかけ、密かに助けているのは紅天女のため」とは言わなかったのです。

窓から差し込む太陽の光を背に浴びて速水真澄が「逆光」の中にいます。彼の顔はほとんど「影」です。一瞬優しい目をして水城秘書に「フッ」と微笑みました。「逆光」の中での微笑みは彼が日頃、表には出さない「仮面に隠れた本音」をチラリとのぞかせているという演出かもしれません。

仕事の時は速水真澄の目に表情がありません。口が笑っていたとしても目の周りの筋肉や頬のあたりの筋肉に動きがありません。そのため心が見えにくく、速水真澄はハンサムだけれども無表情に見えやすいのです。

参考:美内 すずえ『ガラスの仮面 (第33巻) (花とゆめCOMICS)

しかし、この時の速水真澄の目は、珍しく目に表情がありました。北島マヤと関わっているシーンや、彼女の舞台を観ている時は、恥らって少しだけ照れ線が出たり、目や頬の筋肉が動いているように描かれています。

速水真澄の「気持ち」(本音)と「表情」が一致している時は、速水真澄の顔の筋肉に動きが書き込まれています。

芸能界追放をされた北島マヤが、「二人の女王」のオーディションを受けることにした際の出来事では、速水真澄は水城秘書に「あえて言わない」事によって、北島マヤへの「本音」を伝えたのではないでしょうか。水城冴子ならば、「あえて言わない」という意思表示を察することができるからです。

仮面の下の素顔

単行本46巻では、速水真澄は暴漢に襲われた北島マヤを守って殴打され、気絶します。その後、北島マヤは暴漢から自分を守ってくれたあの速水真澄こそ、仮面の下に隠された素顔なんだと気が付きます。 ※『ガラスの仮面』ふたりの阿古夜3 文庫版26巻を参照。

参考:美内すずえ『ガラスの仮面 26 (白泉社文庫 み 1-40)

速水真澄は紅天女の上演権を手に入れるために、表面上は北島マヤに辛く当たります。「社長としての立場があること」「マヤよりも11歳年上であること」を自覚しているからです。

本心を第三者に悟られることは問題がある、と考えていました。そのため、

  • 「劇団つきかげ」を潰しにかかり、
  • 北島マヤの母親を監禁して死ぬ原因を作り、
  • 人前では北島マヤを挑発したり、からかったり、馬鹿にしたり

する発言をします。

速水真澄は北島マヤに憎まれていると思っているし、第三者も犬猿の仲と認識しています。しかし、表面上とは違って、速水真澄は誰よりも北島マヤを思いやっています。彼女が絶体絶命の時には、憎まれ役を買って出て、彼女を助けます。

自分の正体を明かして助けることができない場合は、「紫のバラのひと」を名乗り、架空の人物に自分を仮託します。

参考:美内 すずえ『ガラスの仮面 (第29巻) (花とゆめCOMICS)

本当の気持ちを「紫のバラ」と「匿名のメッセージカード」に託して、北島マヤと気持ちだけでもつながっていたい、と願います。速水真澄は「紫のバラのひと」を演じているとも言えますが、心理面で考えた場合は、「大都芸能の社長・速水真澄を演じている」と考えられます。

彼の二面性と内面の倒錯は、バットマンのようでもあります。後編では速水真澄の二面性とバットマンの類似について、考察したいと思います。

>>「速水真澄という名の仮面、あるいはバットマン的倒錯・後編 」につづく


編集履歴:この記事は2014年1月29日23:10に内容を非表示にしました。「考察を出版してはどうか」という話が出ているためです。出版が決まり次第、詳細をお知らせします。どうぞ、よろしくお願い致します。2015.3.31 15:19 記事の内容を再表示しました。同日15:39 「別冊 花とゆめ 2011年 01月号 [雑誌]」の情報を追加。2015.04.8 00:02~0:32 冒頭から2文目に「読者の間では・・・」を追加。読点を追加。「のもの」「物語の」「と」「書籍を論評した、興味深い記事」「水城は秘書として優秀です。そして「速水真澄よりも少しだけ年上」という設定です。」「おそらく」「人物だ」「というのは、」「いう内容を」「が」「社長室に運び込まれた彼に対して、」「そのため、表面的には北島マヤに冷たい態度をとります。」「私見では」を削除。「そこで、」→「速水真澄の人物設定と関連がある内容でしたので、」、「に」→「の」、「で」→「よって」、「か、と考えるようになりました。」→「でしょうか」に変更。「速水真澄は」「彼は」「そのため」を追加。同日 0:33 「漫画『ガラスの仮面』のメインストーリーは、・・・」を見出し「前回のあらすじ」の段落から「「速水社長」と「真澄さま」」に移動。

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