会社や上司は変えられない? 本当にそうでしょうか。
「お話はよく分かります。でも、うちの会社は考え方が古くて、おっしゃるようなことは到底できそうにありません...」
講演の後、このような切実なご相談をいただくことが、本当に多くあります。あるいは、「どうすれば経営者や上司を変えられますか?」と。
そのお気持ち、痛いほどよく分かります。私自身、かつては同じように「誰か」が変わるのを待ち、何もできずに時間だけが過ぎていくのを感じていました。変わらない現状を前に、無力感に苛まれる。その原因を、自分以外の「誰か」や「環境」に求めてしまうのは、自然な心の働きなのかもしれません。
でも、少しだけ立ち止まって考えてみてほしいのです。他人を変えようとすることは、まるで旅人のコートを無理やり脱がそうとする「北風」の試みと同じではないでしょうか。有名な寓話がその本質を教えてくれます。北風は力ずくで旅人のコートを脱がせようとしますが、旅人はかえって頑なにコートを掴んでしまいます。一方で、太陽が暖かく照らすと、旅人は自らの意思でコートを脱ぎました。
もし、あなたが誰かから「変わりなさい」と強く言われたとして、素直に変わることができますか。たとえ自分自身で「変わらなければ」と思っていたとしても、それを他人から強制されるのは、誰だって抵抗を感じるものです。そう、人は本質的に、他人には変えられたくないのです。
北風のように他人を変えようとすることにエネルギーを注ぐのではなく、太陽のように、まず自分自身が輝き、行動することで、周りが自ずと変わっていくような環境を作ってみる。なぜなら、私たちが確実に、そして唯一コントロールできるのは「自分自身」だけだからです。
「誰か」が変わるのを「待ち続ける」だけで、私たちの未来は本当に開けるのでしょうか。
「当事者」は、社長だけではない。私たち一人ひとりだ。
会社が変わらないなら、上司が変わらないなら、まず「自分」が変わることから始めてみるのはどうでしょう。世の中がどうなるかを憂う前に、「自分は世の中をどうしたいのか」を考えてみる。
社長や部長だけが会社の当事者ではありません。平社員であっても、契約社員であっても、私たちは皆、それぞれの持ち場で責任と役割を持った、「当事者」です。
「一人の力なんて、たかが知れている」
そう思われるかもしれません。ええ、その通りです。できることには限りがあります。しかし、江戸時代の農政家、二宮尊徳は「積小為大(せきしょういだい)」という言葉を残しました。小さな努力をコツコツと積み重ねていくことが、やがては大きな成果につながる、という意味です。その限られた範囲の中で、自分が「正しい」と信じることに向かって踏み出す、その小さな一歩にこそ、すべてを変える可能性が秘められているのです。
頭で悩む前に、まず動いてみよう
旅人が3人のレンガ職人に「何をしているのですか?」と尋ねる寓話があります。1人目は「レンガを積んでいる」と答え、2人目は「金稼ぎさ」と答えました。しかし、3人目は目を輝かせてこう言いました。「歴史に残る、素晴らしい大聖堂を造っているんだ」と。
彼らは同じ作業をしていましたが、その仕事の先に見ているものが全く違いました。
ある伝統的なSIerに、まさにこの「3人目のレンガ職人」のような、入社3年目の若手社員がいました。彼はコンテナやサーバーレスといった新しい技術の可能性に心を躍らせ、会社の許可など待たずに、自分でクラウドのアカウントを取って勉強を始めました。彼の目には、単なる技術習得ではなく、その先にある「もっと良いサービスをお客様に届ける」という大聖堂が見えていたのかもしれません。
ある日、先輩から任された仕事を見て、彼は直感します。「この技術を使えば、もっと早く、もっとうまくできるはずだ!」と。本来なら1週間はかかると見られていた仕事のプロトタイプを、彼はなんと翌日に作り上げてしまいました。
残念ながら、その新しいやり方は会社の古い品質基準に合わず、すぐには採用されませんでした。しかし、彼は諦めませんでした。彼は自分の学びや試した結果を、「こんなことができますよ!」「こっちの方が面白いですよ!」と、社内で発信し続けたのです。彼の行動が起こしたさざ波は、ここから静かに、しかし確実に広がっていきます。
利他の心が、仲間を呼び、流れを変える
彼の行動の根底には、「お客様のためにもっと良いものを提供したい」「仲間たちと新しい技術でワクワクしたい」という、純粋な利他の心があったのでしょう。
最初は小さなさざ波でした。しかし、彼の純粋な情熱と行動は、少しずつ共感者を生み出しました。「面白そうだな」「一緒にやってみたい」という仲間が一人、また一人と集まり始めたのです。
そんな時、あるお客様から「クラウド前提で、とにかく短納期で」という小さな案件が舞い込みます。上司は「リスクも小さいし、彼に任せてみよう」と決断しました。彼と仲間たちは、水を得た魚のようにその仕事に没頭し、あっという間に、そして見事にやり遂げたのです。
お客様は大喜び。次々と同様の依頼が舞い込むようになります。その仕事は、従来の案件より少ない工数で、はるかに高い利益率を叩き出しました。
最初は「変わり者」扱いだった彼のチームは、いつしか社内で一目置かれる存在となり、ついには会社全体が「これは本気で取り組むべきだ」と舵を切り、新しい体制を整えるまでに至ったのです。
彼がやったことは、経営改革の計画書を書くことではありませんでした。ただ、自分が正しいと信じることを、お客様や仲間のために行動に移し、その結果を発信し続けただけです。その「誰かのために」という利他の心が、人を動かし、ついには会社をも動かしたのです。
文化は作られるのを待つものではなく、私たちが作るもの
「でも、うちにはそんな挑戦ができる文化も風土もありません」
この言葉も、よく耳にします。しかし、これでは堂々巡りです。「文化や風土」がないからこそ、それを創る変革が必要なのです。
そもそも、文化や風土とは一体何でしょう?それは、空から降ってくるものでも、経営者が宣言すれば出来上がるものでもありません。
文化とは、そこにいる私たち一人ひとりの「行動習慣」そのものです。
DXは企業の文化や風土の変革そのものだと言われます。しかし、これはデジタル技術を導入すれば勝手に実現するものでは決してありません。変革とは、まさに、私たち人間の行動習慣が積み重なった結果として作られていくものだということを、深く理解しておく必要があります。
誰かの指示を待つのではなく、自らの意思で「こうしてみよう」と行動し、失敗から学び、成功を分ち合う。その日々の積み重ねが、やがて「文化」と呼ばれるものになるのです。
行動する前から「できない理由」を探し、会社や世の中のせいにして嘆くのは、もうやめにしませんか。それは心の平安を一時的に保つかもしれませんが、何も生み出しはしません。
完璧な答えを頭の中で探すのは、もう十分です。大切なのは、まず動いてみること。その結果から考えることです。自分にできる範囲で、誰かのために、正しいと信じることを始めてみませんか。
その一歩こそが、あなたの明日を、チームの空気を、そして会社全体の文化を変える、偉大な変革の始まりなのです。
【募集開始】次期・ITソリューション塾・第50期
次期・ITソリューション塾・第50期(2025年10月8日[水]開講)の募集を始めました。
2008年に開講したITソリューション塾は、18年目を迎えました。その間、4000名を超える皆さんがこの塾で学び、学んだことを活かして、いまや第一線で活躍されています。
次期は、50期の節目でもあり、内容を大幅に見直し、皆さんのビジネスやキャリアを見通すための確かな材料を提供したいと思っています。
次のような皆さんには、お役に立つはずです。
・SI事業者/ITベンダー企業にお勤めの皆さん
・ユーザー企業でIT活用やデジタル戦略に関わる皆さん
・デジタルを武器に事業の改革や新規開発に取り組もうとされている皆さん
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詳しくはこちらをご覧下さい。
※神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO(やまと)会員の皆さんは、参加費が無料となります。申し込みに際しましては、その旨、通信欄にご記入ください。
期間:2025年10月8日(水)~最終回12月17日(水) 全10回+特別補講
時間:毎週 水曜日18:30~20:30の2時間
方法:オンライン(Zoom)
費用:90,000円(税込み 99,000円)
内容:
- デジタルがもたらす社会の変化とDXの本質
- ITの前提となるクラウド・ネイティブ
- ビジネス基盤となったIoT
- 既存の常識の書き換え前提を再定義するAI
- コンピューティングの常識を転換する量子コンピュータ
- 変化に俊敏に対処するための開発と運用
- 【特別講師】クラウド/DevOpsの実践
- 【特別講師】アジャイルの実践とアジャイルワーク
- 【特別講師】経営のためのセキュリティの基礎と本質
- 総括・これからのITビジネス戦略
- 【特別講師】特別補講 (選人中)
*「すぐに参加を確定できないが、参加の意向はある」という方は、まずはメールでご一報ください。事前に参加枠を確保します。決定致しましたらお知らせください。
8月8日!新著・「システムインテグレーション革命」出版!
AI前提の世の中になろうとしている今、SIビジネスもまたAI前提に舵を切らなくてはなりません。しかし、どこに向かって、どのように舵を切ればいいのでしょうか。
本書は、「システムインテグレーション崩壊」、「システムインテグレーション再生の戦略」に続く第三弾としてとして。AIの大波を乗り越えるシナリオを描いています。是非、手に取ってご覧下さい。
【図解】これ1枚でわかる最新ITトレンド・改訂第5版
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このソフトウェアを導入すれば、DXができる?
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神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO
8MATOのご紹介は、こちらをご覧下さい。