デジタル・トランスフォーメーション 3/5・DXに取り組むための常識の転換と立ちはだかる課題
「デジタル・トランスフォーメーション(Digital TransformationまたはDX)」については、様々な定義や解釈があります。あらためてそれらを見直し、DXの本質と、その実現に向けた具体的な施策について整理します。
昨日のDXの定義に続き、今日はDXを実践するために常識の転換が大切であること、また、課題について考えます。
私たちの意識を支配している常識を転換する
そんなDXに向きあうためには、私たちはこれまでの常識を上書きしなくてはなりません。
私たちはこれまで、現実世界、すなわちリアルを最も貴いものとして考えてきました。例えば、営業活動は、人と人が直接対面してするものだ、会議は一同が同じ場所に介して行うものだ、人間の経験や勘が全てに勝るなどの考え方は、その典型です。こんな考え方を背景にデジタルを附帯的な存在として捉え、次のような常識を描いていました。
- デジタルはビジネスの手段である
- 価値の源泉はリアルにある、デジタルはリアルの付加価値に過ぎない
- リアルとデジタルは別の仕組み、デジタルはリアルを補間するもの
しかし、デジタル技術の発展は、このような常識を大きく変えつつあります。むしろ、デジタルを前提にビジネスを実践するという常識への転換を迫られているのです。例えば、次のような常識です。
- デジタルはビジネスの基盤である
- デジタルとリアルが一体となって価値を創出する
- デジタルとリアルを分けることなく、デジタルが統合する1つの仕組みとして捉える
これは決して、人間を不要にするということではありません。デジタルにできることは徹底してデジタルに任せ、人間にしかできないことに人間の役割をシフトして、人間だけではできない新たな価値を創出することを目指そうというわけです。この考えに立てば、「DXを実現する」とは、次のように解釈できます。
デジタルを前提に、変革し続ける企業の文化や風土を実現すること
そうなれば、先に述べたビジネス・プロセスやビジネス・モデルの破壊・変革・創造を伴う取り組みが進み、ビジネス・プロセスや働き方などの抜本的な変革や新たな顧客価値の創出、ビジネス・モデルの転換、新規事業分野への進出などのビジネスの変革が、当然のこととして受け入れられ、進んでいくことになります。
ところで、なぜ「Digital Transformation」 を"DT"ではなく"DX"と表記するのでしょうか。実は、ここにもDXの本質が現れています。本来、Transformationには上下を入れ替えるや、ものごとひっくり返すという意味があります。そのイメージを"X"で表現していると言われています。まさに、常識を「入れ替える」ことや「ひっくり返す」ことが、DXの本質と言えるわけです。
DXの実現に立ちはだかる課題
そんなDXを実現する上で、私たちは、いまの現実にも向き合わなくてはなりません。
2018年9月に経済産業省が発表した『DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~』では、次のように指摘しています。
- 情報システムの部分最適化や複雑化
- 各事業の個別最適化優先した結果、システムが複雑となり、企業全体での情報管理・データ管理ができず、全体最適が困難になっている。
- 業務に合わせ1からシステムを開発することが多用され、カスタマイズすることが好まれ、その結果、個々のシステムの独自化/特殊化(ガラパゴス化)が進み、新しい技術を取り込むことが困難になっている。
- 先送りを許容する意識の定着
- 現状は問題なく稼働しているので誰も困っていないとの認識があり、時代遅れ(レガシー)になってしまっていることに自覚がない。
- レガシーが問題であるとの自覚があっても、根本的な解決には長時間と膨大な費用が要するうえ、失敗のリスクもあるため、刷新に着手しない。
- 経営者のコミットメントが不十分
- 改善して使い続けた方が安全であるという意識が強く、デジタル技術を前提にしたビジョンが不明瞭で、コミットが稀薄である。
- DXやビジネスのデジタル化に取り組む組織を作るも、デジタル技術やそのビジネスへの影響についての理解が不十分で、かれらに明確な指示をだせない。
この現実に真摯に向き合うことなくして、DXの実現は無理な話です。ましてや、「こうなっていることには相応の事情があり、仕方がないこと」と、現実を都合よく解釈してしまっては、なにもできません。
DXは、これまでの常識の延長線上にはないことをまずは自覚し、デジタル技術の急激な進化とビジネスへの影響の大きさを受けとめ、新しい常識を前提に、DXの実現にむけて、取り組まなくてはなりません。
DX実現に向けた具体的な取り組み
その具体的な取り組みとは、「Innovation」、「Digitalization」、「Transformation」の3つを、継続し続けることです。
Innovation
新たな競争力の源泉や事業領域を創出することを目的とした取り組みです。Innovationとは、本来、「これまでにはなかった新しい組合せを見つけ新たな価値を産み出すこと」です。新技術を発明(Invention)することとは、異なる概念です。
普段当たり前にこなしていた業務手順に、これまで誰も考えつかなかった手順や技術を採用することで、業務の効率が10倍になった、あるいは、大きな付加価値を産み出すことができるようになった、などがInnovationです。
例えば、直ぐに乗りたいのに、手をあげてもタクシーは止まってくれない。ならば、自家用車の空いている時間をシェアして、アプリで簡単に呼び出せるようにすれば、この状況が改善されるのではないかと考え、登場したのが、ライドシェア・サービスのUberです。自動車での移動を別のやり方で、もっと便利にと考え、作られたこのサービスは、急速な勢いで事業を拡大しました。同様のサービスも多数登場し、タクシーやレンタカーを駆逐しつつあります。
Uberは、これまでに無い、まったく新しい技術を生みだしたわけではありません。「便利な自動車での移動」を新しいやり方で、そして既存の技術の新しい組合せを採用することで、実現しました。
また、2011年9月に発売されたPC作業用メガネ「JINS PC」は、PCディスプレイのブルーライトをカットする機能を打ち出した製品として、大ヒットしました。本来、メガネは、目の悪い人が使うものだという常識を打ち破り、目の良い人のために、目が悪くならないようにと、製品化されたたものです。「目の悪い人」という限られたメガネの市場を、それよりも遥かに大きな「目の良い人」へと市場を拡げたことが、ビジネスを飛躍させた理由です。しかも、「目の悪い人」もこれ以上は、悪化させたくないという理由から、彼らをも取り込むことに成功し、さらにビジネスを拡大させることに成功しました。
ブルーライトをカットするための技術は、枯れた技術であり、決して、新たな発明ではありませんでした。しかし、これを「メガネ」と新しく組合せることで、これまでにはない、新たな価値を創出したのです。
UberもJINS PCも、既存の技術を使って新しい組合せを見出し、これまでには無い新しい価値を創出したInnovationの典型的な事例といえるでしょう。
Digitalization
デジタルにできることは、全てデジタルに移行することを目的とした取り組みです。紙の書類やハンコに頼る業務プロセスを完全なペーパーレスに置き換えること、場所に制約されることなく、どこでも自分の仕事をこなすことができるワークプレイスをクラウド上に構築することこと、ルーチン化、あるいはパターン化された手順や判断を自動化するなど、デジタル技術の進化によって、「人間にしかできなかったこと」を機械に置き換えられるようになりました。また、人間の経験や習慣に頼るのではなく、膨大なデータから最適な判断を高速に下すこと、つまり「人間にはできなかったこと」を機械に置き換えることができるようにもなりました。
デジタル技術を駆使して、デジタル化の領域を徹底して広げることで、人間は、人間にしかできないことに、十分な時間を割けるようになります。つまり、日々のオペレーションに意識を傾けていた時間を、創造的なアイデアや新しい組合せ、すなわちInnovationのために使えるようになるわけです。
また、お客様への的確で迅速な対応ができるようになります。ビジネス環境の変化に即応して、ビジネス・プロセスやサービスの改善を高速に繰り返し、常に最適な状況を維持することもできるようになるでしょう。
スピードが劇的に速まり、コストが大幅に低減すれば、これによって、生まれた余力を、一層の改革や改善、Innovationに傾注できるようになり、企業の体質や競争力の強化に寄与します。
Transformation
変化に俊敏な企業の文化や体質へと変革することを目的とした取り組みです。Innovationの重要性を、声を大にして唱えても、あるいは、最先端のテクノロジーを採用して業務プロセスを高速化しても、それを使いこなして、ビジネス価値に変えるのは、人や組織です。
例えば、失敗を許容する文化の中で、常識を逸脱し、試行錯誤を繰り返すことで、Innovationは、生みだされます。そのためには、セルフ・マネージメントできるプロフェッショナル同士の高い信頼関係を前提とした自律したチームによって組織を運営してゆくことが大切です。そのようなチームは「対人関係においてリスクのある行動をしてもこのチームでは安全であるという、チームに共有された信念」すなわち「心理的安全性」が担保された組織でなくてはなりません。「リスクを取って挑戦してもいいし、失敗してもいい」というお互いの信頼関係を前提とした組織であればこそ、試行錯誤を高速に繰り返し、Innovationを生みだすことができるのです。
また、社内に留まらず、広く社外にも目を向け、連携や提携をダイナミックに実施することで、画期的な新しい組合せを創り出すことができます。企業の「格」や「過去の実績」にこだわるのではなく、オープンに、そして、フェアに能力や可能性を見出し、多様性を高めてゆくことも、Innovationの前提です。
リモートワークのための環境を整えても、「打ち合わせは直接顔を合わせてやらなくては、意味がない」とか、「ハンコは少し傾けて押すのが礼儀であり、そういう仕事の常識なくして、一人前とは言えない」などと、時代錯誤の価値観を持ち続けている限りに於いては、デジタルの価値を引き出すことはできないでしょう。SlackやTeamsなどのビジネス・チャットを導入して、リアルタイムなコミュニケーションができるようになっても、正式な報告は、文書にして提出することが「きまり」になっているようでは、ビジネス・スピードは上がりません。ビジネス・スピードを上げるには、現場への大幅な権限委譲が不可欠です。だからこそ、現場のいまを「見える化」するセンサーとして、ビジネス・チャットが、使われるわけですが、古き良き時代の「きまり」や「ルール」に縛られていては、デジタルの価値は、発揮できません。
高度経済成長の時代には、ビジネスは「モノが主役」でした。たくさんのモノを作り、それを売りさばくことで、企業は収益を上げてきました。個々人の個別最適ではなく、汎用的な標準品を効率よく作り、広く市場に売りさばくためには、労働力が最も大切な経営資源であり、その効率や規模を維持することが、経営者には求められていました。そのために、従業員は、働く時間を管理され、長時間働くことが美徳されていたのです。
定時での出社や退社を管理するという考え方は、その時代の常識であり、そうやって働けば、個々人の才覚にかかわらず役職が上がり給与も上がるという「年功序列」も従業員の時間を管理することと同根の思想が前提にあります。
そんな「モノが主役」の時代は終焉を迎え「サービスが主役」の時代を迎えています。従業員の時間を管理するのではなく、従業員の信頼とやる気を管理することで、一人ひとりのパフォーマンスを最大限に引き出すことが、企業の価値を左右する時代です。その前提にあるのは、現場への深い信頼と成果に対するコミットメントを大切にするという考え方です。
そんな企業の文化や風土へのTransform、すなわち変革なくして、DXは実現しません。
DXの実現は経営者と現場の共感なくして進まない
「Innovation」、「Digitalization」、「Transformation」は、全社で取り組むべきことです。つまり、CEO(Chef Executive Officer)に肩を並べる役員が所管し、大きな権限を行使すべき取り組みです。例えば、Innovationであれば、 CTO(Chef Technology Office)であり、Digitalizationであれば、CIO(Chef Innovation Officer)の役割かも知れません。また、Transformationであれば、CEOが担うべきかも知れません。
経営者がデジタル技術やビジネスへの影響についての理解を深め、明確なビジョンとコミットメントを示すことが、なによりも大切なことです。現場もまた同様の理解を深め、経営者のビジョンやコミットメントに共感し、その実現にむけて、共に取り組むことが、DXを実現のための大切な要件となります。
*** 明日に続く