デジタル・トランスフォーメーション 2/5・DXの定義
「デジタル・トランスフォーメーション(Digital TransformationまたはDX)」については、様々な定義や解釈があります。あらためてそれらを見直し、DXの本質と、その実現に向けた具体的な施策について整理します。
昨日のDXの背景に続き、今日はDXの定義です。
ストルターマンらによるデジタル・トランスフォーメーションの定義
「デジタル技術(IT)の浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させること」
「デジタル・トランスフォーメーション(Digital TransformationまたはDX)」とは、2004年にスウェーデンのウメオ大学のエリック・ストルターマン教授らが提唱した概念です。彼らはまたDXにより、「情報技術と現実が徐々に融合して結びついていく変化が起こる」とも述べています。
彼らは、DXの実現に至る段階を次の3つのフェーズに区分しています。
- 第1フェーズ:IT利用による業務プロセスの強化
- 第2フェーズ:ITによる業務の置き換え
- 第3フェーズ:業務がITへITが業務へとシームレスに変換される状態
第1フェーズ:IT利用による業務プロセスの強化
業務プロセスを標準化し、これをマニュアルにして、現場にその通り仕事をさせることで、業務の効率や品質を高めてきました。このプロセスを情報システムに置き換えて、現場で働く従業員に使わせることで、効率や品質をさらに高めることができました。言葉を換えれば、紙の伝票の受け渡しや伝言で成り立っていた仕事の流れを情報システムに置き換える段階です。1960年代に始まるコンピューター利用は、そんな目的のために使われていました。
第2フェーズ:ITによる業務の置き換え
第1フェーズの業務プロセスを踏襲しつつも、ITで自動化するのがこの段階です。これにより、人間が働くことに伴う労働時間や安全管理、人的ミスなどの制約を減らし、効率や品質をさらに高めることができます。例えば、ロボットによる生産工程の自動化やRPA(Robotic Process Automation)もこの段階に位置付けることができるでしょう。
第3フェーズ:業務がITへITが業務へとシームレスに変換される状態
IoTやモバイル、Webから生みだされる「デジタル・ツイン」をAIで分析し、その時々の最適解を見つけ出し、業務の現場をリアルタイムで最適化し、ビジネス目標の達成に邁進する。ITと業務の現場が一体となって、改善活動を高速で繰り返しながら、常に最適な状態を維持し、業務を遂行するのが、この段階です。「技術と現実が徐々に融合して結びついていく変化が起こる」そして、「人々の生活をよりよい方向に変化させる」という、ストルターマンらの提唱するDXが実現した段階と言えるでしょう。
デジタル・ビジネス・トランスフォーメーションという解釈の登場
「デジタル技術の進展により産業構造や競争原理が変化し、これに対処できなければ、事業の継続や企業の存続が難しくなる」
2010年以降、調査会社のガートナーやIDC、IMD教授であるマイケル・ウエィドらの示した解釈です。ストルターマンらの第3段階について、より経営や事業に踏み込んでいます。彼らの解釈は、デジタル・テクノロジーに主体的かつ積極的に取り組むことの必要性を訴えるもので、これに対処できない事業の継続は難しいとの警鈴を含んでいます。つまり、デジタル技術の進展を前提に、競争環境 、ビジネス・モデル、組織や体制の再定義を行い、企業の文化や体質を変革する必要があると促しているわけです。
ガートナーは、これをストルターマンらの定義とあえて区別するために、「デジタル・ビジネス・トランスフォーメーション」と呼ぶことを提唱しています。
この「デジタル・ビジネス・トランスフォーメーション」については、マイケル・ウェイドらが、その著書『DX実行戦略/デジタルで稼ぐ組織を作る・トランスフォーメーション(日経新聞出版社)/2019年8月』で、次のような定義をしています。
「デジタル技術とデジタル・ビジネスモデルを用いて組織を変化させ、業績を改善すること」
この著書の中で、彼らはさらに次のようにも述べています。
「デジタル・ビジネス・トランスフォーメーションにはテクノロジーよりもはるかに多くのものが関与している。」
どんなに優れた、あるいは、最先端のテクノロジーを駆使したとしても、人間の思考プロセスやリテラシー、組織の振る舞いを、デジタル技術を使いこなすにふさわしいカタチに変革しなければ、「業績を改善すること」はできないということです。
DXあるいはデジタル・ビジネス・トランスフォーメーションの定義
これらDXについての解釈、特に「デジタル・ビジネス・トランスフォーメーション」についての共通の要素を踏まえ、改めて整理すると、次のようになるでしょう。
企業が、
- 不確実性の増大に伴うビジネス環境の厳しい変化の中で、
- データやデジタル技術を活用することで、この変化に俊敏に対応し
- 競争上の優位性を確立し、業績に貢献するための取り組み
そのために、
- きめ細かな顧客のニーズや社会の期待(例えば、SDGs)に応えること
- 製品やサービス、ビジネス・モデルを変革すること
- 業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革すること
「ビジネス・デジタル・トランスフォーメーション」とは、ビジネス・プロセスやビジネス・モデルの破壊・変革・創造を伴う取り組みであると言うことです。具体的には、次のようなことを行うことです。
- 社内的:ビジネス・プロセスや働き方などの抜本的な変革
- 対外的:新たな顧客価値の創出、ビジネス・モデルの転換、新規事業分野への進出などのビジネスの変革
このことからDXとは、既存を改善すること、あるいはデジタル技術を活用することではないことが分かります。もっと本質的に、あるいは根本的に企業の文化や体質を変革し、ビジネスのやり方や組織の振る舞いを、俊敏に変化させ続けることができる企業に変わることなのです。
ちなみに、Digital TransformationをDTではなくDXと表記するのはなぜなのでしょうか。実は、ここにもDXの本質が表されています。本来、Transformationには、上下を入れ替えるや、ものごとをひっくり返すという意味があり、そのイメージをXで表現しています。まさにDXは、これまでの常識をひっくり返すという意味が込められているわけです。
DXとCXとEX
当然、その取り組みは、お客様の価値を高め、お客様の幸せを支えるものでなくてはなりません。つまり、CX:Customer Experience(顧客体験)を高めることが、できなくては、DXに取り組む意味がありません。
ただ、ハイパー・コンペティションの状況にあっては、予期せぬところから競合が登場し、彼らが、これまでにはない魅力的なCXを実現するビジネス・モデルを生み出し、あっという間にお客様を奪ってゆくかもしれません。また、社会状況の急激な変化によって、お客様の求めるニーズもどんどんと変わってしまいます。そうなれば、従来同様のビジネス・モデルやビジネス・プロセスにいつまでも頼っていては、魅力あるCXを維持することはできません。
この状況に対処するには、ビジネス・スピードを加速し、イノベーションを生み出し続ける必要があります。その前提となるのは、従業員の自律、すなわち従業員ひとり一人の自己管理を促し、大幅な権限の委譲が必要です。そのためには、ビジネス・プロセスのデジタル化を徹底して現場の見える化をすすめ、オープンに情報を共有し、コミュニケーションの円滑化を図って、現場での迅速・的確な意思決定を支えなくてはなりません。
そんな仕組みに支えられ、仕事へのやり甲斐を引き出し、自発的に工夫することを喜びと感じられるような、働く環境を提供することができなくてはなりません。
CXの向上は、EX: Employee Experience(従業員体験)の向上と不可分な関係にあります。DXは、そんなCXとEXを向上させるための取り組みとも言えるでしょう。
*** 明日に続く