モノのサービス化とは何か 3/5
「モノのサービス化」とは何か、なぜいま注目されているのかを、5回に分けて解説。今回はその第3回目です。前回は、「モノのサービス化」によってビジネス価値の重心が変わることについて述べましたが、今回は、これによって、自動車あるいは移動にかかわるビジネスが、どのような事業を展開しようとしているのかを整理します。
自動車/移動ビジネスの3つの戦略
自動車や移動に関連したビジネスについて、さらに掘り下げてみようと思います。
冒頭で述べたとおり、モノが主役の時代は、モノを所有することを前提に、移動を快適にするための機能を充実させることが、求められてきました。しかし、これまで述べてきたように、モノに頼ることの限界が明らかとなり、自動車メーカー各社は、サービスへと事業の重心を移そうとしています。そこには、2つの戦略が垣間見られます。
ひとつは、機能(移動)を重視する戦略で、モノである自動車をサービスとして、提供するものです。例えば、顧客が購入・所有することなく、月額定額(サブスクリプション/サブスク)で自動車を利用できるサービスを各社がはじめています。ただ、サブスクでは、自動車を資産として所有することはなくても、置く場所は顧客が用意しなくてはなりません。これに対して、ライドシェアは、呼び出せば迎えに来てくれるサービスですから、そのための負担もなくなり、純粋に「移動する」という機能だけを、直接顧客に提供できるようになります。
2つ目の戦略は、移動だけではなく、あるいは、移動以上に、ユーザーの体験価値/UXを重視する戦略です。例えば、MaaS(Mobility as a Service)は、「あなたのポケットに全ての交通を」と言われ、自動車だけではなく、公共交通機関や自転車などを含む、あらゆる移動手段を、顧客の求める体験に最適化された組合せを提案し、予約や支払いまでの一切合切をスマートホンのアプリで完結させるサービスです。
また、2021に着工を目指すトヨタのWoven Cityという実験都市は、MaaSなどの新しい移動体験を取り込んだ都市を実現し、移動だけではなく、生活全般における新しい体験価値/UXの可能性や課題を見つけ出そうという取り組みです。
この2つの戦略とは異なり、モノを所有することを前提に、体験価値、すなわちUXを追求しようとしているのが、新興のEV(Electric Vehicle/電気自動車)メーカーであるTeslaです。第3の戦略と位置付けることができるようでしょう。
彼らは、エンジンとは異なる駆動手段であるモーターを前提に、これまでの自動車では得られなかったトルクや加速度、静粛性を実現するとともに、自動運転や感動的な操作系(UI/User Interface)を実現し、移動をエンターテイメントに仕立て上げた魅力的なUXを提供することで、顧客を惹き付けています。
また、移動のUXだけではなく、ガソリン車がいくら温室効果ガスの排出を減らしても、絶対になしえないEVのゼロ・エミッション(環境負荷をなくす)という圧倒的アドバンテージを訴えることで、より高次元な感性に共感を求め、Teslaを持つことの喜びを訴えています。
そんなTeslaの時価総額は、2020年7月1日、2080億ドル(約22兆3000億円)に達し、トヨタを抜き世界で最も価値の大きい自動車メーカーとりました。その時点でのトヨタの時価総額は2027億4000万ドル(約21兆7000億円)でした。
Teslaと同様の戦略で成功を収めている企業は、現時点ではないように思います。そんななか、2020年のCESでソニーが、Vision-S Conceptという自動運転EVを発表しました。ソニーならではの映像や音楽などのエンターテイメントを移動の間に楽しめるよう、UXを徹底して追求した車両/ハードウェアです。これは、Teslaと同じ戦略に位置付けられるでしょう。
驚くべきは、このような自動車を家電メーカーが作り上げたことです。それができたのは、自動車部品のサプライヤーが、高度にモジュール化された部品を提供できたからであり、EVによって部品点数が減少したこともあって、実現できたと言えるでしょう。
このような背景もあって、EVメーカーが数百社も設立されているのが、中国です。政府のEV優遇策も後押しし、群雄割拠の状況です。将来、EVが当たり前の時代になると、車両/ハードウェアだけでの差別化は、難しくなることが想像されます。
そうなると、先にも説明したソフトウェアが差別化の対象となります。しかし、自動車のソフトウェア、特に先進運転支援システム/ADASや自動運転システム/ADSとなると、高度な技術力とノウハウの蓄積が必要となるため、新興のEVメーカーだけで作ることは、容易なことではありません。
そこに登場するのが、そんなソフトウェアを提供する企業の存在です。例えば、Googleの親会社であるAlphabetの傘下にあるWaymoは、そんな中の一社です。Waymoは、先進運転支援システム/ADASや自動運転システム/ADSをはじめとした自動車のためのソフトウェアを自動車メーカーに提供しています。
Waymoは、2019年6月、ルノー・日産グループと"独占的"な提携を発表しています。ただ、既に、フィアット・クライスラー・オートモビルズ(FCA)やジャガー・ランドローバーと共同でテスト車両を開発し、自律走行ソフトウェアの試験を米国で実施していることもあり、この"独占的"な契約は、少なくとも当面は、フランスや日本においてほかの企業とWaymoとの提携はできないと言うことを意味しているに過ぎません。ただ、GoogleがAndroidで携帯電話のOS市場を席捲したように、将来、様々な自動車メーカーに自社のソフトウェアを提供するようになることは十分に予想されます。
自動運転のソフトウェアを提供する企業のひとつに、ZMPという日本のベンチャー企業もあります。今後、このような企業が、さらに登場してくる可能性はあるでしょう。そうなれば、車両/ハードウェアだけではなく、ソフトウエアのコモディティ化が進み、ますますこの領域で既存の自動車メーカーが差別化を生みだすことは難しくなるでしょう。
既存の自動車メーカーも、この第3の戦略を無視しているわけではないと思いますが、TeslaやVision-S Conceptに見られる、他者にはない魅力的なUXを提供しようとの明確な意図は見られません。既存の自動車の延長線上に、先進運転支援システム/ADASや自動運転システム/ADSを組み入れることで、自動車の魅力を高めようとはしていますが、これまでにない革新的なUXの実現となると、TeslaやSonyのような魅力的なメッセージを示していないように思います。
自動車メーカーが、サービスにシフトするのは、このような自動車業界を取り巻く環境が、大きく変わりつつあることが、背景にあります。3つの戦略のうち、第1の戦略(機能/移動を重視)は、既存のビジネス・モデルの延長にあると言えるでしょう。しかし、第2と第3の戦略(UX/体験を重視)は、ビジネス・モデルの大きな転換を迫られるため、容易なことではできませんが、それでも、そうしなければならない危機感が、この流れを加速しつつあります。
ところで、このチャートの第2の戦略に、オンラインでの会議や講演のためのサービスである「ZOOM」を置いたことを奇異に感じられた方もいらっしゃるかもしれません。それは、自動車や移動の一部をZOOMなどのサービスが、置き換えてしまう可能性を伝えたかったからです。
ZOOMなどのオンライン会議・講演サービスが、広く普及すれば、直接会わなくてもコミュニーケーションが実現し、移動の必要性は減少します。事実、私たちはコロナ禍で移動が制限されるなか、その恩恵を大いに受けているわけです。
現在は、技術的な限界もあり、移動を置き換えてしまうほどのUXを実現するには至っていません。しかし、将来、VR技術の進化や5Gが普及すれば、実際にそこに人がいなくても、生々しい実在体験を得られるUXが実現し、移動という行為の大半を不要にしてしまうかも知れません。
このような業界の枠を越えた競合の登場は、自動車業界だけではなく、様々な業界でも同様に起こっています。例えば、コンピューター・メーカーに対するクラウド事業者、銀行に対するFinTech企業、ホテルチェーンや旅行業者に対する民泊代行サービス会社、そして、小売業に限らず流通事業者や物流事業者に対するAmazonなど、テクノロジーを武器に、既存の競争原理を置き換えて、市場を席捲しています。移動という事業領域に対抗するZOOMという構図は、あながち奇異なことではないかも知れません。
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