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文系学部からITベンチャー企業へ進んだ男が考えていること、感じたこと、未来のことなどを書きます。

電車の中は、なぜ"同じ姿勢"の人だらけなのか

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こんにちは、穂苅(@tomoyanhokarin)です。

今日は、スマホ時代に失われた「余白」について考える ことをしてみます。

毎日の通勤電車で、ふと思うことがあります。

「みんな、同じ姿勢をしていないか?」

座席に座っている人も、立っている人も。

驚くほど高い確率で、同じフォームをしています。

少し背中を丸め、

首を前に傾け、

斜め下をじっと見つめる。

そうです。

スマホです。

もはや95%以上と言っても過言ではないくらい、

電車の中は"スマホを見る人"で埋め尽くされています。

あまりにも全員同じ姿勢なので、

「テンプレートでもあるのか?」

と思ってしまうほどです。

みんな、一体何をそんなに見ているのか?

もちろん、仕事の連絡を返している人もいるでしょう。

ニュースを見ている人もいるでしょう。

SNS、動画、ゲーム、漫画、投資アプリ......

用途はいろいろあると思います。

ただ、毎回思うのです。

「そんなに今すぐ見なければならないものって、本当にあるのだろうか?」

もちろん、ゼロではないでしょう。

緊急の連絡もありますし、仕事柄スマホ対応が必要な人もいます。

でも、電車に乗っているほぼ全員が

"今この瞬間にスマホを見なければならない"

とは到底思えません。

おそらく多くの人は、

「暇だから」

「なんとなく」

「手持ち無沙汰だから」

その程度なのではないでしょうか。

駅構内ですら、スマホを見続ける人たち

もっと気になるのは、

駅構内でもスマホを見ながら歩く人です。

階段でも、改札でも、ホームでも。

危ないですし、

実際かなり邪魔です。

でも、それでも見てしまう。。。

これはもう「情報を見ている」というより、

"スマホを見ること自体が習慣化している"

状態なのだと思います。

スマホがなかった時代、人は何をしていたのか

ここでふと疑問に思います。

スマホがなかった時代、人は電車で何をしていたのだろうか?

私も生まれたときにはPC/ワープロや携帯電話はありましたが、スマホはありませんでしたので、想像はつきます。

おそらく、

  • 窓の外を眺める
  • ボーッとする
  • 考え事をする
  • 本や新聞を読む
  • 寝る
  • 人間観察をする

そんな時間だったのでしょう。

つまり、

「何もしない時間」

「思考する時間」

「ぼんやりする時間」

が、確かに存在していたのです。

私たちは"余白"を埋めすぎているのでは?

スマホの本質的な怖さは、

単に依存性があることではないと思っています。

本当に怖いのは、

"余白を奪うこと"

だと思います。

少しでも暇ができればスマホ。

エレベーター待ちでもスマホ。

信号待ちでもスマホ。

トイレでもスマホ。

現代人は、

1秒たりとも「何もしない」を許さなくなった

ように見えます。

私もこれを書いていて、常にスマホに余白を奪われている感覚を再認識しています。

でも実は、

  • アイデアが浮かぶのも
  • 思考が整理されるのも
  • 自分と向き合えるのも

たいてい、

"暇な時間"

だったりします。

皆さんは、どうでしょうか?

だからこそ、私は自然に触れる時間を大事にしている

こうした"常時接続"の状態に違和感を覚えるからこそ、

私は意識的にデジタルデトックスの時間を作るようにしています。

その代表が、

釣りや自然に触れるアクティビティです。

海や川、山の中では、

スマホを見る時間が自然と減ります。

というより、

見てもあまり意味がありません。

その代わりに、

  • 風の音を聞く
  • 水の流れを見る
  • 季節の変化を感じる
  • ただ目の前のことに集中する

そんな時間が生まれます。

不思議なもので、

そういう時間を過ごした後のほうが、

頭が整理されていたり、

新しいアイデアが浮かんだりすることも多いです。

情報から離れることで、思考は深くなる

現代は「情報を集める力」が重視されがちですが、

本当に差がつくのは、

情報をどう解釈するか

だと思っています。

そのためには、

ただ情報を浴び続けるのではなく、

一度情報から離れて、自分の頭で考える時間

が必要です。

だから私は、

自然に触れる時間を、

単なる趣味ではなく

"思考を整えるための時間"

だと思っています。

最後に

次に電車に乗ったとき、

ぜひ周りを見渡してみてください。

きっとそこには、

驚くほど同じ姿勢でスマホを見つめる人々

がいるはずです。

そしてその光景は、

便利になった現代社会の象徴であると同時に、

"余白を失った時代"の象徴

なのかもしれません。

だからこそ、

たまにはスマホを置いて、

自然の中に身を置いてみる。

そんな時間が、

これからの時代にこそ必要なのではないでしょうか。

私自身も、この気付きを大切に、

自分の時間をしっかり生きるように過ごしていきたいです。

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