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新入社員に負ける時

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私が20代後半。人材育成会社の営業職として3年目。ようやく知識や経験も積み、自分のイメージ通りに成果が上がるようになった頃のお話です。その時に受けたショックがずっと忘れられず、40代になった今も、時折自分を戒めるために思い出すようにしている出来事。今日はその出来事をお伝えします。

昇進昇格アセスメント

「昇進昇格アセスメント」というのをご存知でしょうか?

「昇進昇格アセスメント」とは、昇進や昇格対象となった人に対し、外部機関に委託し、その職位に必要な能力の過不足を、複数のコンサルタントの目で客観的に測定するというプログラムです。プログラムを実施するタイミングは大きく分けて2つあります。

1)昇進・昇格要件を満たしているかどうかの判断の一助とするため、というケース、2)将来、昇進・昇格要件を満たすために必要な能力の過不足を測り、今後の自己啓発に生かすため、というケースです。

そのどちらも、アセスメントを受ける対象者にとっては、初めて接する人たちに、自分の能力を厳しく審査されるわけですから、かなり負担がかかります。特に1)の場合は、今後の職業人生の分岐点になるため、対象者はもちろんのこと、運営する側もピリピリしながら実施する研修です。

ある時、私の先輩営業のNさんが地方金融機関の「昇進昇格アセスメント」を受注しました。そのアセスメントは、1)のケースの中でもかなり厳しい部類でした。具体的には、その地方金融機関では、アセスメントに2回失敗すると、昇進昇格を諦めなければならないーという位置づけでした。

その仕事に、私と入社1年目のIさんが、運営のお手伝いにかり出されたことがありました。

張りつめた空気で行われる「昇進昇格アセスメント」

アセスメントでは、様々な演習を行います。よく取り入れられている演習は次の3つです。1つ目は「インバスケット演習」。インバスケットは前後半のプログラムで構成されています。前半は個人で課題に取り組む演習。後半は自分が取り組んだ内容を元にしながら、グループ内で共通見解を導き出す演習です。

後半の演習では、全体を統括するコンサルタントが1名と、各グループごとにアセッサーと呼ばれるコンサルタントが付き対象者を細かく観察し記録します。結論が導き出される過程で、誰が、どのような発言をし、その発言が場にどのような影響を与えたのかを観察し記録します。また研修後に、個人演習で導き出した結論と、グループ討議で導き出した結論の内容の差異を見て、その人自身の思考力・意思決定力などもみます。

2つ目は「面接演習」です。「面接演習」は1対1の面接場面が設定され、アセッサー1名、部下役1名、別室で、ビデオカメラで撮影(記録)される中で行われます。演習では、部下役(初めて対面する人)と面談し、課題を解決するための話し合いをします。

3つ目は「分析・発表演習」です。この演習では、ある課題を分析し、その課題に対するアプローチを、一緒に研修を受けている他のメンバーに、一対多のシチュエーションで発表し、その発表に対する質問の受け答えをします。その際、発表を聞いているメンバーのリアクションや、質問も同時に観察されています。

といった演習を次から次へと実施するため、とにかく段取りが大変。段取りが上手くいかない(参加者が集中できない状態)はあってはならないことです。TOEIC試験を例に挙げれば、空調の音ひとつ外の音ひとつで、「音が聞こえにくい」というクレームになります。それと同じぐらい緊迫した状態で、2~3日かけて行うのが「昇進昇格アセスメント」です。

そのような緊迫した場にお手伝いとして行った、私と入社1年目のIさん。

無駄な会話ができない中で、粛々とお手伝いをする私たち。そんな状況で私がついついやってしまっていたのが脳内「プチアセスメント」。対象となる方の言動を観察し(あの人は昇格しそうだな~)(あの人無理そう)とか、(あの人が上司だったら、頑張って働いちゃうな~)(あの人が上司!無理無理!!)など心の中でつぶやいてしまうことでした。(当時20代後半、おゆるしください)

そして仕事が終わると、張りつめた空気の緊張感と心の中のつぶやきで、それはもうヘトヘトに。「お手伝い」という気軽な立場であっっても、通常の仕事の10倍は疲労し、会場を後にしたのでした。

アセスメントされていたのは、誰?

さて、その研修から1ヶ月以上経った、もうそんな仕事があったことすら記憶の彼方、という頃。クライアント先へメインコンサルタントとしてアセスメント結果を報告に行った上司から次のような話がありました。

「お客様から、お手伝いに来てくれたIさんのことをとてもほめられたよ。ご担当者がいたく感心されていたのが、Iさんは仕事が終わり、先方が玄関先までお見送りに出られたときに、先方の姿が見えなくなるまで何度も振り返り、お辞儀をしていたらしく、「さすが、先生のところは素晴らしいですね。うちの会社の営業もIさんのようになってほしいです」と言われたよ。さすがIさんだね」

この時に私は、呆然としました。

同じ日に、同じタイミングで、同じように仕事をして「あの人のようになってほしい」と言われるIさんと、何1つ評価されなかった私。

私は人を「プチアセスメント」することに夢中で、お客様から「プチアセスメント」されることなど、思ってもいなかったのでした。これには本当にショックを受けました。自分は日頃はIさんの先輩ではありますが、お客様から見たら先輩、後輩は関係ありません。ただ率直に、言動をみて判断されたのです。当時は私もまだ未熟でしたので、本当に悔しく「負けた」と思いました。

しかし今思えば「人は本当によく観ている」ということなのです。

「評価」とは何か?

実はIさんには、仕事をする上での信念がありました。Iさんの信念は「一緒に仕事をする人が気分よく仕事ができるように。喜んでいただけるように」ということです。 何か考えたり、行動するときは、常にその言葉を口にしていました。

このような信念を持つIさんには沢山のエピソードがあります。中でも特に印象に残っているのは、次のエピソードです。

まだお仕事をいただいていない訪問先での出来事。ご担当者はS様という方でした。そのS様が「会社で会議をするんだけど、この近くで安く会議室が借りられる場所ないかな?」と、商談中の会話で「知っていれば教えて」という程度で話したことがありました。

Iさんは、その時は「会議室をお探しなんですね。わかりました。心当たりがあったらお知らせしますね」とだけ答え、その訪問を終えました。しかしその週の休日Iさんは、その会社周辺で使える会議室がないかあちこち探し歩き(インターネットが普及していない時代の話です)、借りられる場所の住所と連絡先、料金をまとめ、翌週S様にお伝えしたのです。

S様は、仕事をお願いしている先でもないのに、そこまでしてくれるIさんの姿勢にいたく心を動かされたようです。そしてそれからしばらくして、それまでは社内で実施していた新人研修を「一度外部にお願いしてみたら・・・と上司が言ってくれたので」と、Iさんに依頼したのでした。

そのような姿勢で常に努力するIさんです。地方金融機関の人事のご担当者様も、ほめてくださったことは「何度も振り返ってお辞儀をしていた」ということですが、恐らくそれ以外の場面でも、私とTさんの言動を観察していたことでしょう。

その中で特に印象的な言動だけを、上司に伝えたのだと思います。

観ている人が観ていること

Iさんは人材育成業界を離れた今でも、ご縁のあるお客様から「あの人に会いたい」「またあの人と一緒に仕事をしたい」と言われる存在です。

そのように言われるのは、Iさんに知識・技術、経験があるからではありません。Iさんの「人柄にほれて」というのが正しいでしょう。その「人柄」を支えるもの(Iさんで言えば、「一緒に仕事をする人が気分よく仕事ができるように。喜んでいただけるように」)のある、なしなのだと思います。

これから社会に出る人、既に社会に出ている人の中には、世の中は一見、知識や技術、経験と言った能力のあるなしが、評価の基準になっているように見えるかもしれませんが、実は、それ以外のところを観てくれる人もまだまだ多いことをお伝えしたいと思います。

私も、それを信じて努力しています。一緒に良い世の中を創っていきましょう。 

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