生成AIはB2B営業を駆逐するのか――検証役として残る人間の境界線
米調査会社のGartnerは2026年5月20日、B2B購買者の行動変容に関する最新の調査結果を公表しました。本調査は2025年8月から9月にかけてB2B購買者645人を対象に実施されたものであり、生成AIの普及が企業の調達プロセスおよびサプライヤー選定にどのような影響を与えているかを定量的に調査しています。同社がネバダ州ラスベガスで開催した「Gartner CSO & Sales Leader Conference」の場において、このデータが詳しく解説されました。
この調査結果が持つ意味は、デジタル化と生成AIの進展によって「人間の営業担当者が不要になる」という単純な二元論を否定している点にあります。購買担当者は、調査や比較といった初期段階において自律的にデジタルツールや生成AIを使いこなす一方で、最終的な意思決定の局面では依然として人間による情報の裏付けを強く求めていることが見えてきました。一般的な「デジタル完結」のイメージと、実際の購買心理との間には明らかな構造的差分が存在しています。
今回は、購買プロセスにおける生成AIの利用実態、デジタル・セルフサービスへの傾倒と誤情報に対する警戒、そしてこれからのB2Bサプライヤーに求められる組織能力のあり方について、今後の展望を交えて取り上げたいと思います。

生成AI利用の浸透と「営業フリー」を望む購買心理
B2B購買の現場におけるデジタルシフトと生成AIの統合は、不可逆的な潮流として定着しつつあります。今回のガートナーの調査によると、直近の購買行動において生成AIを使用したと回答した購買者は45%に達しており、その主な用途はベンダーや製品に関する初期的な情報収集となっています。購買担当者は平均して7つの情報源を駆使しており、情報収集の効率化においてAIが不可欠なインフラとなっている状況です。
一方で、購買者がサプライヤーの営業担当者を介さない購買体験を好む傾向も顕著になっています。調査では、67%の購買者が「営業担当者が関与しない体験(sales rep-free experience)」を好み、70%が「完全にデジタル化されたセルフサービスによる購買体験」を望んでいると回答しました。情報の検索や比較検討の段階において、担当者からの営業アプローチを回避し、自らのペースで進めたいという自律的な購買ニーズが浮き彫りとなっています。
しかし、この営業フリーへの志向は、営業担当者の価値が完全に失われたことを意味しません。ガートナーのVPアナリストであり、セールスプラクティスのチーフ・オブ・リサーチを務めるRobert Blaisdell氏は、「購買者は自身の力で購買プロセスを進めるためにデジタルチャネルや生成AIを快適に使いこなしているが、それは営業担当者の役割を排除するものではない」と指摘しています。自律的な調査の裏側には、別の課題が潜んでいるためです。
信頼性を巡る摩擦――AIと人間への不信の構図
デジタルツールや生成AIへの依存度が高まる一方で、購買担当者はそれらから得られる情報の信頼性に対して強い不信感や警戒感を抱いています。調査結果の中で最も注目すべき摩擦の構図は、情報の信頼性を巡るリスクの認識にあります。
具体的には、51%の購買者が「生成AIから誤解を招く情報(misleading information)に遭遇する可能性がより高い」と回答している一方で、49%は「営業担当者から誤解を招く情報に遭遇する可能性がより高い」と回答しました。この比率がほぼ半数で拮抗している事実は、購買者から見て、AIのハルシネーション(もっともらしい嘘)のリスクと、営業担当者が自社に都合の良い提案を行うポジショントークのリスクが、同等に警戒されている現実を物語っています。
この背景には、インターネット上に溢れる断片的な情報や、AIが要約したカタログスペックだけでは、自社の複雑なビジネス課題や個別要請に適合しているか判断できないという構造的問題があります。購買者はスピードと利便性を求めてAIを活用するものの、その出力結果の不確実性に常に晒されており、プロセスの進展に伴って心理的な負荷を高めていく構図となっています。

検証役としての人間――購買プロセス後半の意思決定支援
この情報の不確実性を解消するために、購買者が最終的に頼るのが人間の営業担当者です。ガートナーの調査では、69%の購買者が「生成AIによって得られた知見を営業担当者と検証することを好む」と回答しました。初期段階の効率的なリサーチはAIに委ねつつも、その情報が正しいか、自社の文脈に適合しているかを判断する局面において、人間の介在を要請しています。
調達プロセスを細分化した場合、営業担当者が最も重要な情報源として機能するのは、ビジネス上の課題やニーズを具体化する段階、最適なサプライヤーを確定する段階、そして社内の合意形成(内部承認)を取り付け、購買を最終決定する段階です。自社特有のシステム環境や組織力学を理解し、不安を解消して意思決定の背中を押す機能は、汎用的な学習データに基づく生成AIでは代替が困難であると捉えることができるでしょう。
ベンダー側の利害構造から読み解けば、これからの営業組織は、自社の製品情報を一方的に提供する「主要な情報源」としての役割から、顧客が自ら集めてきたAI情報の確からしさを精査し、購買への確信を与える「検証の場」へと役割を再定義するタイミングにあります。営業のタッチポイントを全プロセスで最大化しようとする従来型の物量作戦は、顧客の自律性を阻害し、むしろ忌避される要因になりかねません。
今後の展望
今後の展望として、B2B購買におけるデジタル自律と人間による検証の融合は、今後2〜3年の間にさらに精緻化していくと見込まれます。もし、企業が従来型のパンフレットや静的なWebコンテンツの提供に終始し、営業担当者がAIの出力以上の情報価値を提供できなければ、顧客の購買プロセスは停滞し、受注確率は著しく低下していくでしょう。逆に、自社のWebサイト、顧客向けのデジタルツール、そして営業担当者の発信するメッセージを矛盾なく同期させ、顧客の「検証コスト」を下げられる組織能力を持つサプライヤーが、今後の市場において優位に立つと考えられます。
日本企業にとっても、この購買行動の変容は急務の課題です。欧米市場に比べて、属人的なリレーションシップや営業個人の交渉力に依存しがちであった国内のB2B営業組織は、顧客がフロントエンドでAIやセルフサービスを駆使しているという前提に立ち、システムとワークフローを再設計する必要があります。製品のスペック競争ではなく、顧客の個別の経営文脈に即した「価値の透明性(Value Clarity)」を人間の judgment(判断力)と共感によって提示できるかどうか。その判断と投資のスピードが、AI時代のチャネル戦略における自社の立ち位置において重要となっていくでしょう。
