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2030年にレガシーSaaS企業の利益率が最大80%圧縮――Gartnerの警告が問うもの

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Gartner(ガートナー)は2026年4月2日、2028年までに企業の過半数がコパイロットやスマートアドバイザーといった「支援型AI」への投資を停止し、ワークフローの成果そのものにコミットする「実行型プラットフォーム」へ移行するとの予測を発表しました。

Gartner Expects Most Enterprises to Abandon Assistive AI for Outcome‑Focused Workflow by 2028

企業のAI活用が「人間の作業を補助する段階」から「AIに業務執行を委任する段階」へと進むなかで、ソフトウェア産業全体の競争構造が問い直されています。従来型のSaaS企業が後付けでAIを搭載する戦略では、2030年までに利益率が最大80%圧縮されるリスクがあるとGartnerは警告しています。この予測は、AIの技術的進化だけでなく、企業における権限移譲、制御基盤の設計、そしてベンダー間の経済的パワーバランスに関わる構造的な問いを含んでいます。

今回は、AIの実行権限をめぐる構造転換、エンタープライズ・コンテキストの戦略的意味やソフトウェア産業への影響、そして、今後の展望について取り上げたいと思います。

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「支援型AI」から「実行型AI」へ――Gartnerが提示する構造転換

Gartnerの予測によると、2028年までに企業の過半数がコパイロットやスマートアドバイザーなどの支援型AIへの支出を停止し、ワークフローの成果に直接コミットするプラットフォームを選好するようになるとしています。この予測の背景には、企業がAIに求める価値の重心が移動しているという事実があります。これまで企業は、AIを人間の意思決定や作業を「補助する機能」として導入してきました。文書の要約、コードの補完、データの可視化といった用途がその典型です。

しかし、こうした支援型AIの導入が一巡するなかで、経営層が直面しているのは「AIが生産性を向上させているにもかかわらず、ワークフロー全体の成果が期待ほど改善されていない」という現実です。個々のタスクが効率化されても、承認プロセスや部門間連携といった構造的なボトルネックが残る限り、全体最適には至りにくい状況です。Gartnerが提示しているのは、AIを「機能」として組み込むのではなく、ポリシーとID管理の制約のもとで業務を「実行する主体」として位置づけるモデルへの転換です。この転換において、人間の役割はタスクの遂行者から、AIエージェントの監督者----Gartnerが「エージェント・スチュワード」と呼ぶ役割----へと移行することが想定されます。

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実行権限という新たなアーキテクチャの論点

Gartnerのアナリストであるアラステア・ウールコック氏は、実行権限を「製品の機能ではなく、アーキテクチャ上のポジションである」と指摘しています。ここでいう実行権限とは、ID管理、アクセス許可、ポリシー適用、基幹システムへのアクセス、監査可能性を横断的に統制する「制御プレーン」上の位置づけを指します。

この定義は、従来のソフトウェア設計思想との根本的な違いを示しています。従来型のSaaSでは、AIは既存のアプリケーション上に追加されるレイヤーとして機能していました。ユーザーがインターフェースを通じて操作を指示し、AIがその操作を補助するという構造です。一方、Gartnerが描くモデルでは、AIエージェントがポリシーに基づいて自律的にアクションを実行し、その結果が基幹システムに直接反映されます。

この違いが生む実務上の摩擦は小さくないと考えられます。実行権限をAIに委任するには、企業のガバナンス体制、セキュリティポリシー、コンプライアンス要件を再設計する必要があります。特に日本企業においては、稟議制度や多層的な承認プロセスが業務の根幹に組み込まれているため、実行権限の委任は技術的な課題にとどまらず、組織文化との調整が求められる論点となるでしょう。

承認集約型ワークフローから崩れ始める理由

Gartnerは、最初の破壊的変化が「承認が集中し、タイミングに敏感なワークフロー」から始まると指摘しています。AIが意思決定のレイテンシーを圧縮し、権限をポリシーに基づくエージェントに再配分することで、従来の承認プロセスが構造的に再編されるという見立てです。

この指摘は、企業の現場で実際に起きている課題と合致しています。たとえば、調達承認や経費精算、契約書レビューといった業務では、承認者の不在やプロセスの多段階化が処理遅延の主因となっています。AIエージェントがポリシーの範囲内で自動的に判断・承認を行うことで、こうした遅延が劇的に短縮される可能性があります。

一方で、承認プロセスの自動化には固有のリスクも伴います。ポリシーの設計が不十分な場合、例外処理の判断をAIに委ねることでコンプライアンス上の問題が生じる懸念があります。また、承認権限の委任範囲をどこまで拡大するかは、業界規制や企業のリスク許容度によって異なります。金融業や医療分野では、規制当局の監督下で承認プロセスの自動化がどこまで許容されるかという制度的な議論が並行して進む必要があると考えられます。

エンタープライズ・コンテキストが経済的支配力となる構造

Gartnerは「実行の時代において、エンタープライズ・コンテキストの制御は経済的な支配力である」と表現しています。ここでいうエンタープライズ・コンテキストとは、企業の業務データ、組織構造、権限体系、業務ルールなど、業務遂行に不可欠な文脈情報の総体を指します。

AIエージェントが業務を実行するためには、このコンテキストへの深いアクセスが必要となります。どの部門のどの担当者がどのような権限を持ち、どのポリシーに基づいてどの範囲の判断が許容されるか----こうした情報を保持し、APIとして公開できるベンダーが、エージェント実行時代の主導権を握ることになると考えられます。

この力学は、既存のSaaS市場における競争構造を根本から変える可能性を持っています。従来は、ユーザーインターフェースの使いやすさや機能の豊富さが競争優位の源泉でした。しかし、AIエージェントがユーザーに代わって操作を実行する世界では、インターフェースの重要性は相対的に低下します。代わりに、基幹システムとしてコンテキストを保持し、ポリシー対応の実行APIを提供できるかどうかが、ベンダーの市場ポジションを規定する条件となります。ERPやHRIS、CRMなどの基幹システムを提供する既存大手は構造的な優位性を持ちますが、その優位性はコンテキストの所有権を実行権限の委任へと転換できた場合にのみ持続するとGartnerは示しています。

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レガシーSaaS企業が直面する利益率80%圧縮のシナリオ

Gartnerは、2030年までにレガシーアプリケーション上に後付けでAIを搭載する戦略を取るソフトウェア企業が、最大80%の利益率圧縮に直面すると予測しています。この数字は、ソフトウェア産業の収益モデルそのものが問い直されていることを示唆しています。

利益率圧縮のメカニズムは複合的です。第一に、AIを機能追加として提供するベンダーは、成果にコミットするプラットフォームとの差別化が困難になります。顧客がワークフローの「結果」に対して対価を払うモデルに移行すれば、「機能」に対する支払い意欲は低下します。第二に、エージェントのオーケストレーション層が成熟するにつれ、従来のSaaSアプリケーションはエージェントが「迂回する」インターフェース層に格下げされるリスクがあります。

Gartnerは、レガシーSaaSプロバイダーがシステム・オブ・レコードを閉じて支配力を維持しようとする動きも想定していますが、持続的な優位性は「制御された開放性」から生まれると指摘しています。閉鎖的な戦略を取るベンダーは、企業がより信頼するオーケストレーション層によってバイパスされるリスクを抱えることになります。この構造は、かつてオンプレミスからクラウドへの移行期に起きたプラットフォーム移行の力学と類似していますが、今回はアプリケーション層そのものの存在意義が問われているという点で、より根源的な再編が期待されます。

日本企業にとっての障壁

Gartnerの予測はグローバル市場を対象としたものですが、日本企業にとっての含意は独自の文脈を持っています。日本の企業システムは、ERPやワークフローツールにおいて高度にカスタマイズされた承認プロセスを組み込んでいるケースが多く、エージェント実行モデルへの移行には特有の障壁が存在します。

一方で、この障壁は裏返せば機会でもあります。日本企業が長年蓄積してきた業務コンテキスト----組織構造、権限体系、業務ルール、取引先との関係性----は、エージェント実行時代において競争優位の源泉となり得ます。問題は、そのコンテキストが現在、分散したシステムやドキュメントに埋もれており、APIとして構造化・公開されていない点です。

日本のソフトウェアベンダーにとっても、この予測は戦略の再検討を促すものです。AIを既存製品の付加機能として提供する路線を継続するのか、あるいは実行権限の委任を前提としたプラットフォームへと転換するのか。この判断は、2028年以降の市場ポジションに直結する戦略的な選択となるでしょう。グローバルベンダーとの協業においても、制御プレーンの設計や実行APIの標準化に関与できるかどうかが、日本企業の国際競争力を規定する要因となることが想定されます。

今後の展望

Gartnerの予測が示す方向性は、AI活用の議論を「技術導入」から「権限設計」へと移行させるものです。2028年を一つの転換点として、企業のAI投資は「生産性向上のための機能」から「業務成果を保証するプラットフォーム」へと重心を移すことが想定されます。

この移行が進む過程では、複数の変化が同時並行で進むことが予測されます。企業のガバナンス体制はAIへの権限委任を前提とした再設計が求められ、ソフトウェア市場ではコンテキスト保有者とオーケストレーション提供者の間で新たな主導権争いが展開されるでしょう。制度面では、AIエージェントの実行に対する監査要件やコンプライアンス基準の整備が各国で加速することが期待されます。

日本企業にとっては、自社の業務コンテキストを構造化し、エージェント実行に対応可能な形で整備することが、中期的な競争力を維持するための優先課題となります。この取り組みは、IT部門の技術的な対応にとどまらず、経営戦略、組織設計、そしてベンダーとの関係性の再構築を含む包括的な判断が必要となります。「AIに何をさせるか」ではなく「AIにどこまで任せるか」という問いが、今後の企業経営における中心的なアジェンダとなるでしょう。

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