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「歴史から明日を読む」をモットーに、ITと制度に関する話題をお届けします

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2005年12月27日 »

これほどタイミングの悪い政府発表はそうそうあるものではない。

小泉純一郎総理を本部長とする高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(略称:IT戦略本部)は12月8日、e-Japan戦略の目標となっていた「世界最先端のIT国家」が実現できたとする評価報告書を公表するとともに、2010年に向けた「IT新改革戦略―ITによる日本の改革―」を発表した。

「先端から先導へ」と題する評価報告書の冒頭には、「我が国のIT戦略は、インフラを中心として世界最先端と言える基盤が整った今、世界最先端に追いつく局面から、21世紀のIT社会の構築において世界を先導すべき局面に転換しつつある」と記されている。

自信に満ちた勇ましい宣言だが、皮肉なことに、発表当日は日本の金融ITインフラへの信頼性が大きく揺らいだ一日となってしまった。
国民の関心は、みずほ証券が引き起こした株式発注ミスに集中した。ITに頼らず人手で株式売買を行っていた時代にはまったく想像もできないような、人びとを呆れさせるほどの単純なミスだ。しかも、それが原因であっという間に300億円近い損失が発生したというのだから、証券取引の情報基盤に対する信頼がいっきに失われるほどの事故だといえるだろう。

しかし、国家IT戦略のほんとうの問題は、発表のタイミングの悪さ以上に、IT政策を立案する基本的発想がまったく変わっていない点にあるかもしれない。
「先端から先導へ」というタイトルを見たとき、わたしは24年前を思い出した。

1981年6月15日、通商産業省は1980年代の情報政策の基本方針を提言した「産業構造審議会情報産業部会答申」を発表し、コンピュータ産業をリーディング・インダストリーと位置づけ、「情報立国」をめざすと発表した。そして、「米国をキャッチアップする時代は終わった。これからは日本独自の技術開発で世界をリードする」を政策スローガンに掲げ、第5世代コンピュータやスーパーコンピュータの国家プロジェクトの重要性を強調した。
日本の情報政策史のなかで、同答申は最も自信にあふれた勇ましい内容だったと言えるだろう。たしかに国産コンピュータがハードウェア性能でIBM製品に追いついたように見えたし、国内市場シェアでは富士通がIBMを追い抜いてトップに立っていた。
しかし、その後の歴史は日本のIT産業にとって苦難の連続だった。1年後にはIBM産業スパイ事件が発生し、1980年代を通じて日米ハイテク摩擦は激しさを増していった。そして、1990年代になると、米国が先導したIT市場の構造転換に日本は完全に乗り遅れてしまった。

それから四半世紀近い歳月を経て、今度はIT戦略本部がブロードバンドで世界最先端に立ったと宣言した。
当時と今とではIT市場も日米関係も激変しているので、歴史は繰り返すとは言いたくない。ただ、「性能が高く、価格が安く、普及した」という技術中心の発想で世界最先端であるかどうかを評価する点は変わっていない。また、最先端であるべくキャッチアップの努力を重ね、その達成を誇らしげに宣言する姿勢も昔のままだ。

そろそろ、技術中心に「追いつき追い越せ」ばかり考えるのはやめて、「誰のために、何のために、技術が活用されたのか」をもっと議論し評価するようにならないものだろうか。手続きやプロセスの透明化というITの特性を活かして、企業や個人の不正防止に役立てることもできるだろう。
幸いにも、今回発表された「IT新改革戦略」にはさまざまな観点からの評価指標が掲げられている。それに期待したい。

suna

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砂田 薫

砂田 薫

情報社会学の専門研究所、国際大学グローバル・ コミュニケーション・ センター(GLOCOM)の主任研究員です。
「情報政策の国際比較」「グローバル化とIT産業」に興味があります。

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