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ライブドア事件、感じたことのメモ

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勤務先のGLOCOMが六本木ヒルズのすぐそばなので、平日はいつもヒルズの中を通り抜けています。1月16日のライブドアへの突然の家宅捜索にはびっくりしましたが、あれからまだ2週間も経っていないのに事態が次から次へと急展開する、そのスピードの早さにも驚いています。
ライブドア事件についてはまだ頭の整理がつかないので、とりあえず今感じていることをメモしてみました。

■ 誰のため何のための会社?

逮捕されたライブドア前社長の堀江貴文さんは、「会社にとって一番大切なのは株主」「時価総額で世界一をめざす」と語っていた。しかし皮肉にも、今回の事件は、そのような経営方針の会社でひとたび問題が発生すると、従業員よりも顧客よりも早く、株主が真っ先に逃げ出して会社に大きなダメージを与えるという現実を見せつけた。取り残された従業員と顧客にとっては、困惑や不安あるいは怒りが交錯しているのではないだろうか。
ライブドアの今後の経営についてはまだまだ流動的だ。フジテレビが安定株主となって支えるのか、場合によっては買収するのか。あるいは逆に冷たく見放すのか。ライブドアは昨年ニッポン放送の株取得でフジテレビに大きなゆさぶりをかけたが、今は逆にフジテレビがライブドアの命運を握る立場になっている。
ただ、ライブドア新社長にマネジメント経験の豊富な平松庚三さんが就任したことで、フジテレビとの関係が好転する兆しも出てきたようにみえる。平松さんは、従業員のモチベーションやプライドを尊重し、強いリーダーシップを発揮しつつ、思い切った判断を下すことができる経営者だと思う(何を隠そう、10数年前の一時期、わたしは平松さんの部下だった)。
ライブドアの経営体制が一新した今こそ、株価依存の危うい経営から脱却してもっと顧客や従業員を大切にする会社へと生まれ変わるチャンスだろう。リーダーの個人的主張を通じて社会に影響を与えるのではなく、事業を通じて社会に貢献できる会社へと再生できればいい。がんばれ、ライブドア社員。

■ IT企業のM&A

IT業界では、M&A(合併・買収)を繰り返して会社を成長させることは決して珍しい話ではない。M&Aが急増したのは1980年代後半の米国のコンピュータソフトウェア業界だった。1990年代になると大手コンピュータメーカー同士のM&Aも活発になり、自動車産業と同様、コンピュータ産業もグローバルな業界再編・淘汰の時代に入ったことを感じさせられたものだ。
そうしたなかで、もっとも数多くのM&Aを実現させた経営者は、おそらくコンピュータ・アソシエイツの創業者チャールズ・ウォンさんではないだろうか。ウォンさんに限らず、米国のIT企業経営者の多くは、既存事業の強化や補完性を重視したM&Aを繰り返してきた。決して株価を上げることだけを狙ったM&Aではない。IT企業にとって製品やサービスの技術力は生命線だが、技術開発へ新規に投資する資金と時間を考えれば、すでに技術を保有する会社を買収したほうが早く市場に進出できるという経営判断があるからだ。
会社にとって顧客が一番大切と考える経営者は、既存の製品やサービスとの補完性を考慮したM&Aを計画するだろう。また、従業員が一番大切と考える経営者はM&Aに対して慎重で保守的な態度を示すか、あるいは事業を継続させる手段としてM&Aを選ぶか、いずれかだろう。とすれば、ライブドアのM&Aは顧客のためでも従業員のためでもなかったことはたしかだ。

■ カジノ資本主義の警告システム

金融取引のマネーゲーム化が国際的に進行し、もはやギャンブルの場と化してしまった。そのような経済体制を英国の経済学者スーザン・ストレンジが「カジノ資本主義」と名づけたのは1986年のことだ。それから15年後の2001年に米国でエンロン事件が、20年後の2006年に日本でライブドア事件が発生した。
ライブドアの逮捕された旧経営陣に対して、マスコミは「錬金術」という言葉を使ってルール無視の金儲けを厳しく批判している。たしかにそのとおりだとしても、彼らだけを特別な不道徳者とみなして処罰すれば問題が解決するというわけではないだろう。
かつて債権ディーリングで巨額の損失を出した銀行員がいたが、ゲームやギャンブルという側面を否定できないならば、一種の中毒に陥って自分自身でブレーキをかけられなくなった人が出ても不思議ではない。
素人の素朴な疑問にすぎないけれども、むしろ、なぜライブドアのM&Aや決算報告に関わった会計士や税理士、株式を上場させた東京証券取引所、さらには金融取引を監督する立場にある官庁など、第三者的立場で企業経営に関わりをもつ専門家たちが事前に警告を発したりブレーキをかけたりできなかったのだろうか。

いきなり家宅捜索、事情聴取、逮捕ではあまりにも衝撃的すぎる。あるいは、彼らはそのような警告を再三受けていたにもかかわらず、無視し続けたのだろうか。
プレイヤーのモラルもさることながら、カジノを運営する側にも不正を抑止するような仕組みづくりが求められると思う。サッカーだって、イエローカードという警告システムがあるではないか。

■ 若者たちのライブドア・ショック

ライブドア・ショックは、株式市場よりも、堀江前社長にエールを送った若者たちへ与える影響のほうが大きいかもしれない。
ライブドアへの家宅捜索のニュースをテレビで見た瞬間、わたしは自民党が圧勝した昨年の衆院選を思い出していた。投票日の9月11日の夕方、いつもの美容院へ出かけ、20代半ばの男性美容師さんにカットをお願いすると、彼は「今日は早起きして、店に出る前に投票してきましたよ。自民党に勝ってほしいから、今回だけは絶対に選挙へ行かなきゃと思って。ホリエモンが当選すれば面白いですよね」と愉快そうに話しかけてきた。
わたしが非常勤で勤務している大学の学生をみても、昨年のフジテレビとライブドアの攻防ではライブドア・シンパのほうが多かったと感じている。既存の社会秩序に反旗をひるがえし、既得権にしがみつく古い体質の業界に次々と風穴をあけていく堀江さんの破壊的なパワーに、若者たちは声援を送ったのだ。今回の事件を彼らはどう受けとめたのだろうか。
それにしても、選挙で堀江さんを応援した「改革派」の自民党幹部よりも、堀江さんがもっとも嫌ったはずの古い体質を代表するような政治家のほうが、逮捕後の彼を気遣う発言をしている。なんとも皮肉なことばかりだ。

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