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「歴史から明日を読む」をモットーに、ITと制度に関する話題をお届けします

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2005年10月8日の投稿

2005年10月17日 »

1920年に始まり5年ごとに実施されてきた国勢調査。今回は、全世帯を対象に調査票の密封用封筒が配布され、長い歴史のなかで最もプライバシーに配慮した調査となるはずだった。しかし、皮肉にもそのような措置が裏目に出てしまったようで、個人的にはちょっぴり後味の悪いものとなった。

9月終りの週末、わたしは調査員の最初の訪問を受けた。温厚そうな年配の紳士だった。彼は国勢調査への協力を求めたあと、「調査票は後からお持ちします。1世帯に1枚ずつ配るため、こちらに住んでいる世帯数を教えてください」と言った。むろん、今回も調査には協力するつもりだったので、正直に「1世帯です」と答えた。

しばらくして同じ男性が今度は調査票を持ってやってきた。そして、人さし指で右方向を差して「あちらが2世帯と言っているのですが、何人住んでいますか」と聞いてきた。とっさに、質問の意味がわからず、近所の留守宅のことでも知りたがっているのかといぶかった。首をかしげていると、「お宅は・・・」と言葉をついだので、まったく逆の質問であることがわかった。どうやら我が家のことを2世帯だと調査員に話した人が近所にいるらしく、彼は再度わたしに確認したかったらしい。たしかに親が生きていて2世帯同居だった時期もあったが、それはもう10年以上も昔の話だ。

むっとしたわたしは「1世帯ですから1枚で結構です」とやや強い口調で言って、調査票を受け取るとさっさと家の中にひっこんでしまった。

なぜ、本人の回答を信用せず、近所に聞きまわるような行為をするのか。5年前も10年前もこんな不愉快な思いはしなかった。前回までは調査員がすぐに記述内容をチェックできるようにそのまま手渡していた。それをとくにプライバシー侵害だとも思わなかったのは、調査員を信用していたからだろう。今回はなんの躊躇もなく調査票を密封して提出した。にもかかわらず、プライバシーへの配慮が欠けているように感じ、調査員に不信感を抱いてしまった。

たまたま今回は疑い深い調査員にあたって運が悪かっただけなのだろうか。

わたしは自分が国勢調査についてあまりにも無知だったことに気づき、インターネットを使って調べ始めた。あらためて考えてみれば、わからないことはたくさんあった。そもそも国勢調査はどのような目的で行われるのか。調査結果は何に利用されているのか。なぜ、記名調査にする必要があるのか。調査への協力は義務付けられているのか。調査員の訪問ではなく自治体への郵送よる回答ではどうしてだめなのか。調査員はどのようにして決まっているのか・・・。

わたしが抱いたほとんどの疑問は総務省統計局の国勢調査広報サイトで解決することができた。ただ、調査員の不可解な行動の原因を知る手がかりとなるような情報は得られなかった。

それがみつかったのは「国勢調査の見直しを求める会」のホームページだった。このサイトの説明を読んで、調査員の仕事には調査票の配布と回収だけでなく、世帯主、世帯の人数、男女の内訳などを記入する「世帯名簿」の作成も含まれていて、そのために本人や近所から聞き取りを行っていることがわかった。

国勢調査の集計結果はまず12月に世帯数や男女別人口の速報値として公表されるが、世帯名簿はこの速報を出すために作成されるという。調査票の封入提出が認められなかったときは、調査員は回収した調査票を見て世帯数や人数などのデータを把握し、世帯名簿を作成することができた。しかし、今回はそれができないので、口頭で直接たずねるしか方法がないというわけだ。しかも、本人から協力を得られない場合は、近所や大家さんからの聞き取り調査を実施できるという制度になっているらしい。

我が家を担当した調査員の行動は制度上なんの問題もないことがわかった。彼のほうがわたしの態度を協力的でないと感じ、不信感を抱いたのかもしれない。わたしは紳士の困惑した表情を思い出しながら、調査員個人を非難するような態度をとってしまった自分を反省した。

プライバシー保護の観点からすれば、調査票の封入提出が認められたことは一歩前進だろう。ただ、現実には、調査員の訪問の仕方や調査票回収に関する方針が、住んでいる地域によってずいぶん違っているようだ。職場の仲間との短い会話だけでもそのことが十分うかがえた。

おそらく、わたしが経験したような小さな行き違いやトラブルが今回は全国各地で発生したに違いない。それを裏付けるように、今年は調査員を辞退する人が続出したと報じられている。

これは過渡期の一時的な混乱にすぎないのかもしれない。しかし、わたしには、現行の調査制度が調査票を密封せずに回収することを前提とした時代につくられたため、根本的な矛盾が生じているような気がしてならない。

地域の住人全員が顔見知りだった時代は、近所の家の家族構成や職業はもちろん、もっと詳細な世帯情報を誰もが当たり前に共有していたことだろう。それによって相互に助け合う村の共同体ができあがっていた。国勢調査の情報など見られても誰も困らないし、もし調査員が代筆して記入してくれたならば、むしろありがたがられたことだろう。

良くも悪くもそういう時代は過ぎ去ったのだ。

調査員が本人や近所から聞き取りをするには限界がある。民間ではすでにインターネットを活用した調査が急速に浸透している。国勢調査でももっとITを活用することで、効率化やコスト削減だけでなく、人間が介在しない自動処理によってプライバシーへの配慮を高める方法を開発できないものだろうか。

ITはいつの時代でもプライバシー擁護派から悪者扱いされてきた。そろそろ発想を転換し、プライバシー保護のためのテクノロジーと位置づけられればいいのだが・・・。

suna

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プロフィール

砂田 薫

砂田 薫

情報社会学の専門研究所、国際大学グローバル・ コミュニケーション・ センター(GLOCOM)の主任研究員です。
「情報政策の国際比較」「グローバル化とIT産業」に興味があります。

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