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2008年9月15日 » |
Appleのアナウンスの通り、日本時間9月13日(米国時間9月12日)、iPhone用のOSがアップデードされた。それに先駆けて公開されていたiTunes 8と連携して、自動プレイリスト作成機能のGeniusによって作成したプレイリストを同期できるばかりか、iPhone上でもGeniusを使ってその場でプレイリストを作ることもできるようになっている。

Geniusはメタデータによる分類ではなくて、あくまでAppleが集めてきた、音楽ユーザーの膨大な視聴情報の集積と解析によるUGM的な分類をしている。ということは、音楽だけではなく、ありとあらゆるコンテンツに適用できるアイデアとなる。(僕たちが目指す理想のサービスにも通じるアイデアだ)
iPhoneにこのGeniusが適用されたということで、今後はどこでiPhoneを使って音楽を聴いているかという情報も加わり、場所や季節によっても好みが変わるという人間の嗜好性を反映したプレイリストの作成も可能になるかもしれない。
さて、今回のiPhone 2.1へのアップグレードでうれしいことは、やはり日本語変換機能の向上だろう。
これまでできなかった連文節の変換も可能になっている、というか、それ以上で、日本の通常のケータイの日本語変換機能をはるかに超える出来になっている。
やってみれば分かるが、相当長い文章を書いていても、それにふさわしい変換例を数多く提示してくれる。これで絵文字さえ使えたら、メールと電話しか使わない、というユーザーであれば、メインのケータイとして、これ一台でやっていこうという気にさせるかもしれない。Webを使ったり、Googleマップやその他のアプリなどの出来は、なんどもいうがこれまでのスマートフォンや日本のいびつに進化してしまったケータイの非ではない(注)。
バッテリー寿命の向上や安定性についても触れられているが、これはしばらく使ってみないとなんともいえないので、また別途レポートしてみたい。
(注)日本のケータイのいびつさとは
こういうことを書くと敵を作りかねないが(苦笑)敢えて書く。
日本のケータイは素晴らしい。しかし、それはまるで枯れた土地に咲いた美しい花のように僕には見える。貧弱なプラットフォームに無理矢理進化を遂げたいびつな生態系だ。
その花は確かに美しい、だが、本来咲くことができない環境に咲いた花だから、世界を埋め尽くすまでには至らない。
日本人は与えられた環境(例えば痩せた農地や、砂漠)であれば、それを受け入れてしまう。そして、その中でベストを尽くし、そのうえで素晴らしい成果を生み出すことができる。
しかし、世界にはそんな我慢強さの代わりに、環境そのものを変えてしまうか、よりよい環境を求めて自ら移動してしまうような民族もいる。
シリコンバレーに集う人たちの多くはそういう人たちなのだ。
日本のケータイは、そもそもスマートフォンと呼べるような素質を持っていない、貧弱なプラットフォームの上に工夫に工夫を重ねで精緻に作られたひ弱な花である。それは零戦と同じような発想だ。零戦は素晴らしい戦闘機だったが、貧弱なエンジンと貧弱な開発環境の中で生まれたアイデア商品にすぎなかった。だからある程度時間が経つと、アメリカのパワフルなエンジンと重厚な機体を生み出す豊かな開発環境によって支えられる、次世代機の前にカンタンに圧倒された。
日本のケータイは素晴らしい。進化に進化を重ねてきた。しかしそれは、世界から見れば「なんでそんな狭苦しい環境で頑張ってるの?」というモノなのである。
世界で通用する新しいモバイルとは、iPhoneだけではなく、豊かで自由な発想のもとに、世界市場で売れるからこそ得られる開発資金に支えられながら急速に進化し始めた、新しいプラットフォームによるものなのだ。
それを間違ってはならないと思う。
日本独自の筐体としては、既に絶滅した日本語ワープロがある。彼らは日本語をタイプし、印刷するという単機能を備えたプラットフォーム上の限定的なコンピュータだったが、WindowsやMacなどの高機能OSを載せた本格的なパソコンに対して、さまざまな機能追加で対抗したが、プラットフォームの違いは明らかで、ほどなく死滅した。
それと同じことをしてはならない、と僕は思う。
本来素晴らしいと認めるべきは、現在の日本のケータイの性能ではなくて、日本人開発者達が、ひ弱な環境、脆弱なプラットフォームであってもここまでの高性能を実現したという開発力と工夫のほうである。であれば、iPhoneを始めとする、豊かなプラットフォームに早く意識を映して、そこでの開発力で勝負すべきではないか?
iPhoneを嫌うのはいい、僕も、いや誰もそういう人たちにiPhoneを買えとはいわないし無理強いはしない。しかし、iPhoneが明確に示している、新しいモバイルコンピューティングの可能性から目を背けたり、限界まで進化しきってしまって種としての可能性を既に失いかけている日本のケータイへの過信はやめた方がイイ。
早く新しい、豊かな(そして日本だけではなく世界に通じる)プラットフォームでの勝負を考えたほうがいい、と僕は信じている。
昨夜、サンディエゴから帰国した。サンフランシスコ経由だったのだが、フライトが遅れて危うく成田行きへの乗継ぎに遅れるところで、冷や汗をかいた。
空港での買い物を楽しみにしていたのだが、免税店を尻目に全力で駆け抜けただけ^^;。お土産を約束した人たちには週明けに謝らなくては・・。
さて、DEMO fall 08でスタートアップベンチャーのローンチをみてきた。
数十人のCEOのプレゼンは非常に見応えがあった。わずか6分間のショートプレゼンテーションだから、うまい人とそうでない人の差がはっきりと分かる。
二つのスクリーンに表情や仕草が大きく映るので分かるのだが、手元が震えていたり、緊張のあまりに挙動がおかしくなってしまう人もいて面白かった。特に思うのは、プレゼンテーションは短ければ短いほどスキルが要るということと、終わり方が一番難しいということだ。スムースに話をまとめて美しく退場すればそれだけで、印象が良くなる。
今回、インドやイスラエル、中国からの登壇もあり、僕もぜひあのステージに立ちたい、いや立たなくては、という想いを強くした。
内容的には
・セマンティックWeb的なサービスやウィジェットの進化系への取り組み
Smarter Webという言い方をしていることが多かったが、人やモノ、時間、場所などの情報をダイナミックに連携させることへの取り組みが進んでいるようだ。ブラウザにプラグインするようなサービスも多かったが僕自身はその方向性はあまり好きではない。ブラウザに何か手を加えるやり方はベンチャーにとってはあまり得策ではないと思う。
・モバイルサービスの進化
日本と違いコンテンツビジネスはほとんど見られない。位置情報、音声によるUIや情報提供など、ユーティリティサービスが多い。インドからの企業のプレゼンは独特のなまりが逆に受けて人気があったが、落としたケータイの情報を消したり、誰からアクセスしようとしたら やかましいアラートを鳴らすなどのサービスを提供していた。
基本的にはiPhoneかBrlackberry上のサービスが多く、デモ自体はiPhoneで行われていることがほとんどだった。会場でも、たいていはこれらのどちらかを使っている人ばかり。というか、Macユーザー率が非常に多いのは前回と同じ印象だ。
・SNSやエンタープライズ系サービス
SNSや業務用コラボレーションツールの紹介も多かった。いまさらという気もするのだが、SNSはライフストリーミングやSmarterWebという概念に基づく進化を狙っており、エンタープライズ系はMSの影響力の低下で、あらたなビジネスチャンスを狙おうというモチベーションが高まっているということかもしれない。日本で新たにサイボウズなどのグループウェアや、アウトルックなどのコラボツールに喧嘩を売るベンチャーは少ないと思うのだが。

Techchrunch50ほどの派手さがない分、じっくりとサービスやビジネスモデルに触れ、頭の中でエッセンスを抽出する時間がとれた気がする。
帰りがけにみた夕焼けは、非常に美しかった。なかなかサンディエゴに行く機会はもうないかと思うが、いろいろな意味できてよかったと思っている。
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