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さて、やっとマイケル・クスマノの「日本ソフトウェア産業の謎」に戻ることができます。この小論文は、日本のソフトウェア産業の特徴的なところを、日本のことがよく見える国外から、経営学者の視点でごく手短に分析してみせたものです。
ちなみに、マイケル・クスマノは、80年代末に日立、東芝、NEC、富士通などを精力的に調査して回り、日本のソフトウェア開発は世界一であると称揚する"Japan's Software Factories"(91年刊行、Oxford Univ Press)を書いています。

同書の紹介文やレビューによると、当時の日本のソフトウェア開発は、構造化されたアプローチをとり、数多くのプログラマーがよく協調し、過去に書かれたプログラムで可能な部分は積極的に再利用し、非常に生産性が高く、高い品質を実現していたようです。同書の眼目は、日本が工業製品において実現した高品質と高生産性がソフトウェア産業においても実現されつつあり、米国の関係者諸君はよく日本に学ばなければならないと叱咤激励することにある模様です。90年代初頭の話です。

「日本ソフトウェア産業の謎」(日経コンピュータ2006年1月9日号所収、原文はこちら)は、90年代に彼が把握した日本のソフトウェア産業全体に関する認識と、現在ある日本の同産業の姿とを比べてみると、どうしても「あれれ?」と思える点がある、それを挙げてみせたという風です。ざざっと要約します。

・過去20年間、日本は膨大な量のソフトウェアを開発し、利用してきたが、海外市場に向けたソフトウェア製品やサービスを創造していない。
・2003年の日本のソフトウェア産業の総売上730億ドルの82%がユーザー企業個別のソフトウェア開発。パッケージソフトウェアは18%に過ぎず、そのほとんどはゲーム市場向け。
・日本以外の市場で日本製ソフトウェア製品を見ることが出来ない理由の一つに、ユーザー企業のIT部門の姿勢がある。
・日本ユーザー企業は、日本固有の会計制度や税制などに対応した日本仕様のソフトウェアをカスタムメードで開発することをソフトウェアベンダーに求めてきた。メインフレームで動く従来システムに固執する。
・米国製のパッケージソフトが出回っているにもかかわらず、日本のIT部門は依然として、費用と時間がかかる自社仕様のソフトウェア開発にこだわっているように見える。
・日本のソフトウェア産業の歴史は古い。富士通、日立、NECなどの主要なITベンダー、さらにNTTデータ、CSKなども、売上から見れば世界屈指のソフトウェアベンダーである。しかし、実質的にはカスタムショップであり、システムインテグレーターであって、ソフトウェアベンダーとは言えない。規模を拡大することができにくい業態だ。
・日本のソフトウェアの品質は非常に高い。米国のプロジェクトと比較すると、欠陥数は1/20である。
・日本の企業は、革新性や実験的な取り組みよりも、過度ともいえるほど厳格な開発スタイルを貫き、”ゼロ欠陥”に専念する。日本では文化としてバグを許容しない。
・日本のプログラマの生産性は非常に高い。日本の企業はソフトウェア開発の工程管理に優れている。
・ただしそのソフトウェアは、世界で通用する製品にはなっていない。
・オープン化が進み、ソフトウェア産業のビジネスモデルが変貌しつつある現在、日本のソフトウェア産業にも世界に打って出るチャンスがある。ぜひとも挑戦すべきだ。

やや長いですが、要旨全貌をわかったほうがよいので、書き記してみました。総じて、日本のソフトウェア産業のレベルは高い、なぜそれを世界市場で生かさないのか?という主張になっています。

この日本のソフトウェア産業に対する指摘から、日本のユーザー企業のIT環境を類推することができます。

 1. 日本のユーザー企業は、一般的に、システム開発において過剰なまでに品質の高さを求める。
 2. パッケージソフトウェアを使ってきゅうくつな思いをするぐらいなら、やっぱり自社専用のアプリケーションを組み上げてしまいたいと考える。
 3. メインフレームはもちろんのこと、ある時期以降に開発されたオープン環境で動作するアプリケーションについても、カスタムメード中心できたものが、現在では相当な蓄積になっている。
 4. それらのメンテナンスにかかる労力とコストが多大なものになっている。

前回の投稿で記したように、本シリーズでは、視点をIT部門に置きたいと思います。この1~4のような状況ができあがっているのは、IT部門の責任というよりは、ひとえに、ユーザー部門が過剰な要求を延々と突きつけてきた結果である、という考えに、私としては与したいです。で、その路線で進みます。

日本の企業のユーザー部門は非常にわがままである。そのためにレガシーのIT環境の複雑性はこの上なく極まり、それがために多大なコストが必要になっている。新規のプロジェクトに割く費用は全体の15%しかない。これが現実ではないかと思うのです。

総務省が2005年7月に出した「企業のICT活用現状調査」においても、こうした現状を思い起こさせるデータがいくつか見つかります。以下はそのうちの1つ。日米の企業において、カスタムメードのソフトウェアを使っている比率がどれだけ違うかがわかります。日本企業は米国企業より約2倍多く、カスタムメードのソフトウェアを使っているのです。そのメンテナンスがIT予算の多くの部分を吸い上げているであろうことは、容易に想像できます。

日本企業

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米国企業

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dimaizum

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プロフィール

今泉 大輔

今泉 大輔

株式会社インフラコモンズ代表取締役。
国内の太陽光、木質バイオ、石炭火力の発電案件。海外の天然ガスに関係した案件の上流部分のアレンジメントを行っている。その他、リサーチ分野として、スマートグリッド、代替的な都市交通、エネルギーの輸出入。電力関連の近著も。

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