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ITに強いビジネスライターとして、企業システムの開発・運用に関する記事や、ITベンダーの導入事例・顧客向けコラム等を多数書いてきた筆者が、仕事を通じて得た知見をシェアいたします。

日本はなぜIT後進国なのか?

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このようなタイトルを見て、反発する人もいるだろう。日本発のすごい技術もあるではないかと。TRONとかRubyとか。

おっしゃるとおりです。それどころか日本のIT人材は、質・量ともすばらしいということも認めます。

すると、iPadのような製品や、Google、facebookのようなビジネスモデルを生み出せないことについての話を書くつもりなのか?

いいえ。そんなことはどうでもいいです。日本はそんなところで勝負する国でなくて、僕はぜんぜん構わないと思います。

国のITに関する意識が後進的だと言いたいのです。

 

ITのプロと聞くとどういう人を思い浮かべるだろうか?

たぶん千差万別だと思うんですね。

日本人に限っても、坂村健とか村井純とかしぶい名前を出す人もいれば、孫正義という人もいるだろうし、中には勝間和代などと言い出す人もいるかもしれない。あるいは、佐々木俊尚を思い浮かべる人もいるだろう(以上、敬称略)。

で、ITのプロというのであれば、勝間さんも含めてそう言っちゃっても構わないと思うのです(勝間さんがそうかどうかは今からの議論に関係ないのでおいといてください。もっとふさわしい人もいると思うのだが、僕は本当に有名人を知らないもので)。

問題は、千差万別の人たちがなんとなくごっちゃに語られていることである。

 

図を見てほしい。

2012051801.jpg

さきほど名前が挙がった人たちは、この図のいろいろなところからごっちゃに挙げられているのだ。

坂村さん、村井さんはIT技術(注)のプロだし、孫さんはIT提供のプロだし、勝間さんはIT活用のプロだし、佐々木さんはIT解説のプロなのである。

言われてみればあたりまえなのだが、これらを区別して語っている人はあまりいないように思われる。

ただ、ごちゃごちゃになっていることをもって日本の後進性というつもりはない。このようなことは一般のアメリカ人も同じらしく、ZDNet Japanの以下の記事を見ると、同列に議論されているのは明らかだ(IT解説のプロに偏っているのはTwitterという媒体の性格上しかたないだろう)。

▼TwitterでフォローすべきIT専門家100人
http://japan.zdnet.com/sp/sp_06sp0130/20400417/

(注)"IT技術"という言い方に対して、「Tは何なの?」というご指摘があった。本来は"情報技術"と表記すべきかもしれないが、他の区分と表現を揃えたかったのでこうした。気持ちの悪い方もいらっしゃると思うが我慢していただければ幸いです。なお、下記のリンクでは「重複語ではないかとも思われるが、(中略)それほど気に病む必要はないかもしれない」とのこと。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BE%F0%CA%F3%B5%BB%BD%D1

 

の解説を少しだけさせてください。

注にもあるが、この図は知識分野による分類であり、人的接点の話ではない(そのうえ一人で全部のプロであるというスーパーマンもいるかもしれない。二つぐらいを兼ねている人は大勢いる)。

よいSEは、IT技術のプロでもあり、IT提供のプロでもあるべきだが、当然ながらIT活用のプロ(たとえば顧客企業)と人的接点を持たねばならない。というより仕事の上では顧客が最大の人的接点であるべきだ。

その上で、よいSEは顧客の業務に口出ししない。理解に務める。その上でシステムに落とすための提案をする。提案によっては業務の変更を迫るものもあるかもしれない。ただ、その提案を取り入れるかどうかは顧客が決める。

よいコンサルは、よいSEとは若干違う。人的接点はもっと広くてもいいが、ここに限ってもいい。IT技術のプロを知っていても、知っていなくても構わない(それはコンサルの良否とはあまり関係ない。ただ人脈が広いほうが頼りになる気はする)。そして自分自身がIT提供のプロであると同時に、IT活用のプロであるべきだ。

だから、よいコンサルは、顧客の業務に口出しする。業務改善を推進する。しかし、IT技術には口出ししない。

僕は旧プライスウォーターハウスの№2と仕事をしたことがあるが、彼は見事に技術には口出ししなかった。その代わり業務への口出しは許してくれなかった。ただ、ひたすら聞いてまとめろと言われた。そして、システム化するときの問題点を列挙せよといわれた。

以上、重なる部分を先に説明した。それぞれの分類については、その日本語が意味するとおりだ。

ただ、一つだけIT技術のプロについては誤解があるかもしれない。

ここでいうIT技術のプロというのは、かなりハードルの高いプロたちだ。日本有数のコンピュータサイエンティストや、大手SIerの奥の院にいくと登場してくるある分野(LinuxだのOracleだのCiscoのルータだの特定プロダクト)の日本一のエキスパートなどという人たちが最左翼にいる。そのほか、通常人の何10倍の生産性を持つスーパープログラマ、OSの設計などに関わった人などもいる。

SEというのは、IT技術のプロのはしくれで十分である。その代わり、トッププロたちとコミュニケーションができないと、よいSEとはいえない。

日本では、その他のプロたちをIT技術のプロと勘違いしている傾向はあるといえる。

こういう言い方をすると気を悪くする人もいるだろうが、IT解説のプロたちの中で、正しくIT技術を理解している人は、それほど多くない。IT提供に関しても、マネジメントの話などを肌で理解している人は少ない。

しかし、その区別は、素人の読者にはまったくつかない。

 

産省は、21世紀に入ってから、日本のIT、特にシステム開発の後進性について憂えているらしく、次々と施策を打っている。それぞれの施策については的外れではなく、さすがは経産省(& IPA)だけあってドキュメントはどれもすばらしい。

しかし、SIerの経営者と話をしていると、僕が現役だった2000年代前半と状況はあまり変わっていない。一部では悪化しているという印象さえある。

たとえばITSS(ITスキル標準)というものがある。

これなど大した労作である。しかし、きめ細かすぎるのだ。「ITスキル標準V3」のP14の表を見れば分かるように、IT技術者を35もの専門分野に区分している(大区分でも11もある)。昔は20いくつだった。改定するごとに増えている。

にも関わらず、IT活用やIT解説については網羅性を欠いている(今後この分野の区分が増えていくのだろう)。IT技術とIT提供に偏っているのは否めない。

それでいてIT提供のプロである大手SIerでは活用しきれずに困っているというのが実態だ(35も分類があれば、ほとんどの人は2つや3つを兼ねている。5、6個掛け持ちの人も珍しくない。そうなるとキャリアパスをどうしていいのか混乱するのも当然だ)。中小SIerやソフトハウスでは黙殺に近い。IT技術のプロたちは自分には関係ないと思っている。

骨太の大方針がないのでこんなことになる。

 

学のITスキル教育をもっと充実させようなどという中途半端な施策も出てくる。

いや、お題目自体はいいのです。ITスキル教育、もっとやるべきだ。ただ、あまりにも実効性がない。

IT人材白書2012」のP63を見れば、企業側の意見が大幅に取り入れられていることは分かる。ただ、どの学部でどんなカリキュラムが組まれているかなど細かいことはわからない。

2012年版は製本版が公表されていなかった(執筆時現在)ので、2011年版の製本版を見た。すると、情報系学科に偏っていることが分かった。最新ではないが、1年ぐらいで大きく変わらないだろう。

ほんの1年前に、工学部の大学院出身者でさえコンピュータサイエンスの基礎を知らないことに驚いたことがあったのだが、やむをえなしだ。まずは(コンピュータサイエンスの基礎の基礎だけでもいいので)工学部全体に広げてほしい。

僕が一番問題に思っているのは、SIerでもソフトハウスでもシステマティックな業務分析ができる人が不足していることだ。これは情報工学の分野ではなかろう。商学部、経営学部などに一番期待したいところなのだが、施策からは完全に抜け落ちている。

 

っくりでいい。その代わり大きな方針を出してほしいのである。専門分化が結論だと言われてしまうと、みんな困ってしまう。技術者のキャリアは単純ではない。ITSSでキャリアパスを描ける技術者がどれだけいるというのだろう?

僕の書いた図はざっくり過ぎるかもしれない。しかし、これをベースに考えると、日本のITの問題点も見えてくる(下表)。

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注にも書いている通り、いま10分ぐらい思考実験をして書いた表であるので、あくまで、こんな風に考えればいいというイメージとして捉えてほしい。

強みも弱みももっと出てくるだろう。それにしたがって、施策案もたくさん出てくるはずだ。機会や脅威も加えてSWOT分析にしてもいい。そのほうが施策の妥当性がはっきりするだろう。

こうして出てくる施策は今よりは、エッジのきいたものになるだろう。

IT先進国というとアメリカがまず思い浮かぶが、日本は技術や提供の面で中国・インドなどにも大きくおいていかれようとしている。

中国やインドは、あれだけの人口を技術と提供に特化しているからだ。それが国策なのである。

日本は、全部をバランスよくいくのか、それとも活用や解説など中国やインドとは別の分野に特化していくのか? こういう議論でさえITSSの35もの専門分野を見ていてはできない。

日本がIT後進国であるのは、人材がいないからではない。人材の質・量とも世界レベルだと思う。

問題は、国にざっくりと本質を捉えられる人材がいないことだろう。日本の役人は、きめ細かすぎる。完璧主義なのだ。

そうか。役人はそれでいいのかもしれない。そうなるとこれは、政治家に期待すべきことだったか? しかし、それこそそんな人材は思い浮かばないのですけれど。

ITをイットと読む元総理大臣とか、アキバ族の気持ちが分かると言い張る元総理大臣とか、そんなのが日本ではITに理解ある政治家なんだもん。

そりゃあ、後進国でもしかたないよなあ。

 

ょっとまじめに。

日本のITに関してマスコミが何か言うときには、なぜ日本にはスティーブ・ジョブズがいないのかとか、なぜ日本の企業はiPhoneを生み出せないのかとか、なぜ日本の学生はfacebookを作れないのかとか(さすがにこんな無茶は言わないか?)ないことにばかり目を向けるのが常のようだ。

なぜ日本のIT関係者には優秀な人が多いのに活用しきれていないのかという問題意識はあまりないようです。

 

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