DX見聞録 -その3 人から始まるデジタル変革-「IT人材白書2019」に見るデジタル人材のあり方
デジタルトランスフォーメーション(DX)の実態について既知の話からあまり知られていないコトまで。このコーナーで少々連載したいと思います。
現在はまさに"デジタル産業革命"の黎明期にあり、何十年に一度の大変革期で今後、5年、10年先を予測できないのは、過去の歴史を振り返れば明らかです。間違いないのは、ソフトウエアを中心とした未曾有の変化が相当のスピードで到来することであり、変革には3年や5年、10年といった単位の時間がかかると思われます。しかしその時間は決して長いとはいえません。
これまでこのブログでは、シリコンバレーやSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)など、デジタルビジネスに関係する先行的な取り組みを紹介してきました。新しいシリーズでは、日本でデジタルトランスフォーメーションを実践していく上でのポイントについて記していきたいと思います。
「IT人材白書」とは
「IT人材白書」は、情報処理推進機構(IPA)が年に1度実施している、IT関連産業における人材動向の状況を把握すること等を目的とした調査の結果を取りまとめた書籍です。これまでに10冊刊行されており、対象はIT業界のみならずユーザー企業におけるIT人材についても言及しています。
白書にてデジタルというキーワードをはじめて取り上げたのは「IT人材白書2016」ですのでもう三年も前です。この時のサブタイトルは、"多様な文化へ踏み出す覚悟~デジタルトランスフォーメーションへの対応を急げ~であり、既に業界に警鐘を鳴らすものでした。
人から始まるデジタル変革
「IT人材白書2019」のサブタイトルは、"人から始まるデジタル変革"でした。サブタイトルにこめられた想いを白書の報告会から読み解きたいと思います。報告会では、
デジタル技術があれば何らかの変革が進むわけではない。"人"こそがデジタル変革を牽引し、日本の産業競争力を高め、希望に満ちた明日を築く要である。デジタル変革は、我々に便利さや快適さをもたらすとともに、既成概念の破壊や、既得権益の放棄を迫る場面もあるだろう。それは社会や個人に多少の混乱を生じさせるが、そこから逃げたら変革はない。
とデジタル変革に対する人材の重要性を強調しています。そしてさらに
今こそ、社会の課題解決とともに新たな価値や新事業を生み出す人材の能力を高め、十分能力を発揮できる環境の整備が必要である。そのために、個人は能力向上に努めること、自分自身の能力を発揮できる場を見極めることが重要である。また、その機会は広がっている。
企業は、多様な人材を採用して多様な考え方や意見が交流する文化・風土に自らを変える必要があり、それらの様々な経験値を持った人達が集まることにより、創造的な価値や事業が生み出されるのだ。当然ながら、人材が能力を十分に発揮し、より能力を高めていくために、リスクをとって新しいことにチャレンジできる環境を整備する必要もある。
"人"は貢献したことが認められ、理解される機会が増えることで、やる気やモチベーションを上げ、より一層生産性を向上させていく。それは、人と組織がともに成長に貢献しあう関係(エンゲージメント)を高め、やがてイノベーションを起こしやすい組織となる。そうした文化・風土を作り、育むことができた企業こそが勝ち残り、発展していく。
と提言しています。
IT人材白書2019のメッセージ
また、白書では、IT企業、ユーザ企業、そしてIT人材個人に向けたメッセージを発信しています。IT企業とユーザ企業はIT人材の争奪戦の様相を呈している。いずれもポイントなるのはIT人材個人であり、受託文化からポジティブにチャレンジする姿勢やデジタル化に向けたスキルアップが望まれる。
(図1.IT企業、ユーザ企業、IT人材個人に向けたメッセージ)
CXとEXの間にあってDXが真価を発揮する!?
カスタマー・エクスペリエンス(CX)の欠如
日本企業が米中のIT企業に遅れをとった理由の一つに、カスタマー・エクスペリエンス(CX)の欠如が挙げられるという。CXとは、商品やサービスの購入前後のプロセスも含め、利用した時に顧客が感じる心理的、感情的な価値と白書では定義している。CXとユーザーエクスペリエンス(UX)は、ほぼ同義と考えられる。アマゾンでは、ネット上でのユーザ体験はもちろん、最近ではAmazonGoやAmazonBooksなど、リアル店舗での戦略が非常に興味深い(シリコンバレー見聞録-その19 アマゾンの考える顧客戦略)。スターバックスが生活者にとって"第三の場所"をコンセプトに据える戦略も周知の事実である。
さまざまな市場で商品のコモディティ化が進み、商品やサービスそのものの価値だけでは、優位性を維持することが困難になり、CXを新たな戦略要素と位置づけてきたことがわかる。
さらにエンプロイー・エクスペリエンス(EX)に注目
白書では、CXやUXを向上させる重要な要素として、さらにエンプロイー・エクスペリエンス(EX)に注目している。EXは、直訳すると「従業員体験」で、「従業員が働くことを通じて得られる体験価値」を意味している。つまり、「自社の従業員に働きやすい環境を整備できる企業が、より多くのお客様に満足していただける商品やサービスを提供することができる」という考え方である。
また、「IT人材白書2018」では、
企業文化や風土が良好な企業ほど、企業文化や風土が社員の自律的な成長や行動に良い影響を与えることが分かった。その結果、人材の質的向上が図られ、企業の新たな価値創造や生産性・利益率の向上に良い影響を与える
とも分析している点が興味深い。
(図2.CXとEXと関係)
企業におけるデジタル化に携わる人材
IT企業からユーザー企業へのIT人材の流動化が高まる
白書では、デジタル変革を推進し、産業競争力の維持・向上を図るためにIT企業とユーザー企業間でIT人材の流動性を高め適材適所で能力を発揮できるようにすることが必要になるという。単なる人材の争奪戦ではなく、これまでのIT企業とユーザ企業の関係が大きく変わるかもしれない。IT企業側のスタンスを再考するチャンスかもしれません。
また、IT人材が流動する状況においては、当然のことながら優秀な人材の獲得・確保がより一層重要になると予想している。2018年度調査(今回の調査)と2013年度調査の比較によって、IT企業からユーザー企業への人材流動化が進んでいることが明らかになったという。
、「企業のデジタル化への取り組み」で成果(収益)が出ているユーザー企業は、「処遇やワークスタイルを工夫」、「IT人材を採用する上で強みとなる自社の文化や風土、魅力」を持っていると指摘し、「仕事を楽しむ姿勢、社内の風通しがよく、助け合う土壌」を強みや魅力としている
デジタル化で成果(収益)が出ている企業は「仕事を楽しむ姿勢、社内の風通しがよく、助け合う土壌」、「リスクをとってチャレンジ」などの多くの項目で強みや魅力とする割合が高いという。これは、ユーザ企業だけでなくIT企業についても同じことが言えるだろう。
人工知能(AI)に携わる人材
今回の白書では、デジタル化のための人材のホットトピックスとして人工知能(AI)に携わる人材についても踏み込んで調査している。IT企業は「AI人材を社内の人材を育成して確保する」割合が最も高いという。実際にはカンフル剤的に外部からハンティングと社内での人材転換が人材施策の基本だと考えるが、皆さんの会社ではいかがであろうか。
(図3.人工知能(AI)に携わる人材)
デジタルトランスフォーメーション推進人材の機能と役割
全社変革を担うデジタルトランスフォーメーション推進人材には下記のようにいくつかの機能を担う役割が必要だという。当社が2017年から提唱しているデジタルイノベータにおけるプロデューサやデザイナー、ディベロッパーはこれらの考え方を包含しているように見える。
(図4.DX推進人材の機能と役割)
流動性(と人材不足)の高まりを背景に、企業の文化や風土、魅力によって人材の確保に大きく明暗が生まれ、デジタル化に対する新たな取り組みに差が生まれることが白書から明らかになった。企業が生き残り、発展していくためには、自社の文化や風土を変革することが必要である。
白書では、イノベーションを生む企業文化・風土とは
「おたがい成長する・学びあう、育てる、助け合う土壌」
「リスクをとって新しいことにチャレンジ」
「多様な価値観の受け入れる/重んじる」
を条件にあげている。
今回の白書では、CX(顧客が感じる心理的、感情的な価値)と、EX(従業員が働くことを通じて得られる体験価値)の両輪の重要性について言及している。CXもEXも、"人"の経験からもたらされる価値であり、CXを向上させる重要な要素としてEXにフォーカスしている。EXを高めるには、従業員の体験価値を高めるための企業文化・風土を作ることが重要で筆者もこの数年のイノベーション活動を通して実感しているポイントである。従業員の体験価値を高める企業文化・風土を作ることによって、CXとEXが好循環を始めるという白書の考察に深く共感する。
そして、そこにデジタルが上手く組み合わさった時に、本当の意味でDXが機能し始め、新しい価値を生み出すイノベーションが生まれるのではないだろうか。
IDCによるとデジタルトランスフォーメーション(DX)は、
企業が外部エコシステム(顧客、市場)の破壊的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネス・モデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること とある。
と定義している。
白書の報告会の最後に"CとEの間にDがあるように、CXとEXの中にあってDXはその真価を発揮するのかもしれない。"というのは単なるダジャレではないかもしれない。私も新しい時代の始まりは「新たなモデル」を取り入れるチャンスと捉えたいと思う。
(つづく)