オオクワガタとサービスサイエンス -ブリーダーのロイヤルティを如何にあげるか?
様々なコトづくりに関して連載しているこのコーナーで久しぶりに"オオクワガタとサービスサイエンス"に関する記事を連載しています。
過去に数回、ITmedia エグゼクティブ勉強会にて「オオクワガタとサービスサイエンス」をテーマに勉強会を開いたことがあります。好評につき本年7月にも夏休み前の緊急企画としてセミナーを開催予定でしたが、新型コロナウィルスの影響を考慮して泣く泣く延期となりました。
本連載では、最近のセミナーの内容に最新のサービスサイエンスの研究内容も含めて連載しています。
前回、サービスサイエンスの研究仲間であるISラボの渡部弘毅さんの提唱する「心理ロイヤルティマーケティング」の考え方について概要を紹介いたしました。提供される商品やサービスに対して論理的な満足(頭で満足)だけでは無く、提供するプロセスや購入後の対応が非常に重要であること、言ってみれば心の不満足が重要であることを紹介しました。
オオクワガタブリードサービスでもこの考え方がとても重要だと思っています。野生のクワガタの採集活動はまさに狩猟型ですが、産地を集めて採集家やブリーダーのみなさんとの濃厚な活動は、まさに農耕型だと考えています。
さて、連載もいよいよ終盤ですが9回目となる今回は、「心理ロイヤルティマーケティング」の考え方をもう少し進めて行きたいと思います。
◼️サブスクリプション・モデルの登場
前回、フィリップ・コトラーのマーケティング1.0〜4.0の考え方についてご紹介しました。マーケティング3.0,4.0(農耕型マーケティング)が進化して来た理由としてスマートフォンなどモバイル端末の普及や常時接続高速インターネット、SNSの生活者への普及が背景にあるとご説明しました。
もう1つ重要な要素として指摘しておきたいのが、サブスクリプション・モデルの広がりです。我々の本業であるITの世界ではソフトウエアのSaaSサービスとして適用されて来ました。古くから、雑誌の定期購読や会員制のスポーツジムでも同様のサービスは展開されて来ました。
マーケティングの観点から重要なメッセージは、"新規の顧客獲得よりもサブスクライブ(会員登録)したお客様の離反防止が収益に大きな影響を与えるという事実"です。
また、カスタマージャーニーを題材としたセミナーやワークショップも近年盛んに行われています。顧客体験をお客様の立場に立って自ら検証して価値ある顧客体験を作り上げることはとても重要な活動です。しかし、ISラボの渡部さんは、カスタマージャーニーをアウトプットする活動の有効性は認めながらも、実はアウトプットしたものが有効に使えていないと警鐘を鳴らします。
そこで重要となる考え方が「カスタマーサクセス」です。
ITソフトウエア業界、中でもクラウド業界は、いち早くこの「カスタマーサクセス」という考え方を提唱して「カスタマーサクセス・マネージャー」という新たな職種も誕生させました。ポイントは、従来の既存顧客のカスタマーサポートやリテンション営業(アップセル、クロスセルを担当)とは一線を画していることです。カスタマーサクセスが担うロイヤルティ醸成がサブスクリクション・モデルを成功させる重要な要素であるということです。
◼️ロイヤルティを論理的に考える
ロイヤルティを高める顧客の愛着の度合いは、お客様と企業との間で生じる生じる数多くの顧客満足で高まって行きます。この数多くある顧客満足の要因をロイヤルティドライバーと呼び、「基本価値」と「顧客体験価値」に分類できます。
「基本価値」は、商品やサービスそのものの価値でロイヤルティを高めるための必須条件です。一方、「顧客体験価値」とは、お客様が商品を選択して購入し使用するプロセスで生まれる価値です。一般的に言うカスタマーエクスペリエンスの向上とは、この価値を向上させることです。お客様の商品購入時や使用を手助けするサービスプロセスを磨き上げ、顧客満足を高め、体験価値を向上させます。
ロイヤルティ向上には、「基本価値」と「顧客体験価値」も重要になりますが、良いものを安く提供するといったモノ提供型の取り組みは、今や当たり前で商品の購入動機には大きく影響しますが、長い間ファンになってくれるようなロイヤルティ向上には寄与しません。まさに、「モノからコトへ」ということで顧客体験価値によるロイヤルティ向上が重要になって来ています。
「基本価値」と「顧客体験価値」の向上には、各ロイヤルティドライバーの満足を高めることで実現できます。この満足は、「頭の満足(論理的満足)」と「心の満足(感情的満足)」の2つに分解することができます。とりわけ、「心の満足」は、重要です。「心の満足」が満たされ、ロイヤルティが向上すると愛着が増すことは誰にでも容易に想像がつきます。
以降、SaaSベンダーと小売業で「基本価値」と「顧客体験価値」に分けて「頭の満足」と「心の満足」の関係について考えてみたいと思います。
《ロイヤルティマネジメント(SaaSベンダーの場合)》
SaaSベンダーの「基本価値」は、当該サービスの先進性や機能性、操作性、カスタマイズ性と言った項目となります。「顧客体験価値」は、導入時の打ち合わせ、システムの設定、運用時のテクニカルサポートやトラブル対応といった項目です。
《ロイヤルティマネジメント(小売業の場合)》
小売業の「基本価値」は、品揃えや商品の品質、機能、デザイン、価格といった項目です。「顧客体験価値」は、企業や商品の情報収集、購買体験時の店舗接客や支払い処理、ネットでの商品閲覧、商品使用時のサポートサービスといった項目です。
ここで「頭の満足」と「心の満足」をアパレル店舗を例に考えてみましょう。お客様は、「試着」というプロセスでは、「頭の満足」レベルは低いですが、「心の満足」レベルが影響することが想像できます。具体的には試着室の環境や試着の際の店員の対応などの体験です。「試着」というロイヤリティドライバーでは、「試着室が広くて着替えしやすいか」とか「スタッフが上手な着まわしや雑貨とのコーディネートの丁寧な提案があった」などが、ポジティブ体験となります。「試着室が暗くて商品の色がよく分からない」とか「試着室に案内されただけで、そのあとはまったく気にかけてもらえない」などがネガティブ体験となります。
「頭の満足」と「心の満足」を増やすにはどうしたら良いでしょうか?逆に不満足が増える要因はなんでしょうか?まず、「頭の満足」の向上は、「ポジティブ体験」と「ネガティブ体験」に分解することができます。いかに「ポジティブ体験」を増やして「ネガティブ体験」を減らすことができるかが「頭の満足」の向上に向けた重要なアクションとなります。一方、「心の満足」の向上は、「感動体験」と「落胆体験」に分解することができます。いかに「感動体験」を増やして「落胆体験」を減らすことができるかが「心の満足」の向上に向けた重要なアクションとなります。
「接客」というロイヤルティドライバーでは、「豊富な知識で的確なアドバイスをしてもらって嬉しかった」というポジティブ体験を多くのお客様が体験します。これに対して「年老いた同伴者への気配りがあって嬉しかった」というポジティブ体験は、体験者数は少ないものの「心の満足」に大きな影響を与える「感動体験」であることが判りました。
「入店・回遊」というロイヤルティドライバーでは、「マナーの悪い客がいて、嫌な思いをした」というネガティブ体験は、多くのお客様が体験します。一方で「フロアーが汚くて、嫌な思いをした」というネガティブ体験は、やはり体験者数は少ないものの「心の満足」に大きな影響を与える「落胆体験」であることが判っています。
1つの顧客体験が「頭の満足」にどの程度影響するかを明らかにすると同時にその体験がどれくらい心に響き、「心の満足」に影響するのかを把握できると、顧客体験がロイヤルティにどう影響を与えているかがわかるようになります。
◼️オオクワガタブリードサービスで考える
これらの考え方をオオクワガタブリードサービスに置き換えて考えてみたいと思います。まず、基本価値ドライバーは、絶滅危惧種であるオオクワガタそのものとなります。DorcusNAVIのこだわりは、採集者がハッキリした日本全国のオオクワガタの品揃えにあります。北は青森から南は佐賀県まで東西の産地を取り揃えています。また、オオクワガタのコンテストの入賞個体の血統も飼育しており、一種のブランド化しつつあります。種親から飼育に関する情報、個体の大きさなどの飼育履歴を記載したカードが各個体に添付されます。このような取り組みは、正に「頭の満足」を提供するものだと考えています。
一方、これらの特選個体をFacebookやInstagram、Twitter、Webサイト、ブログでタイムリーに紹介し、ブリーダーの方々と一種のコミュニティーを形成しています。実際に個体を購入いただく時は、ショッピングアプリであるBASE(ベイス)を経由してブリーダーの方々とやりとりをしています。個体に関する情報や飼育に関するアドバイスをチャットやブログのコミュニケーション機能で行っています。このような取り組みは、正に「心の満足」を提供するものだと考えています。
オオクワガタブリードサービスにおける心の満足を向上させる「感動体験」や「落胆体験」はどのようなものでしょうか?「感動体験」は、以前ご説明した事前期待のマネジメントにおける予期せぬ事前期待に応えることで実現する取り組みだと考えています。例えば、多数購入していただくお客様の個体のグレードアップや♀の個体の追加などを実施することで大変喜ばれる場合があります。一方、サービスプロセス上の「落胆体験」は、例えばお送りした個体が死着してしまった時などです。
基本価値ドライバーと体験価値ドライバーは、どちらかを強化すれば良いというものではありません。両方をバランス良く提供できたときにお客様は、高い「心の満足」を獲得されると考えられます。
(つづく)