オルタナティブ・ブログ > 田中淳子の”大人の学び”支援隊! >

人材育成の現場で見聞きしたあれやこれやを徒然なるままに。

ワーパパも頑張れ。(サイボウズWM動画「大丈夫」のその後で)

»

サイボウズのワーママ動画「大丈夫」に、野水さんのタイトルを真似して「物申す」と言ってみたら、なんだかすごい反響になってしまい、驚いています。もう一度整理すると、「ワーママの応援」も「大丈夫だよ」と声をかけることも全然ぜんぶアグリーです。アグリーですが、動画の最後で「よりそうこと」ではなく、「ああ、この最後のセリフが、"こういう状況っておかしくありませんか?"とどんでん返し的なものだったらもっと共感できたのにな」と思った、ということを書きました。(この動画では、「ワーママ」が大変な状況を一人で背負っている設定です)

さて、それに対していただいたコメントを読み、考えたことを今日は書いてみたいと思います。




何度も書いているので、あ、あの話ね、と思われるかもしれませんが、今から10年~15年くらい前の出来事です。

あるプロジェクトが終わり、全員で打ち上げをすることになりました。そこには、当時60代前半の上司の上司も陣中見舞いに駆けつけていて、プロジェクトに関わった若手(私含む)メンバと60代上司の上司の5人くらいで呑んだのです。

プロジェクト仲間に30代前半のワーパパがいました。 彼には3人の子どもがいて、夫婦でフルタイムで仕事していることもあり、完全分担制をとっているそうです。酒席で、その分担制が話題になりました。

「僕が月水金、妻が火木土、日は、一緒に、とか、どっちかが。完全に家事分業。 炊事洗濯育児なんでも分業です。 」

2000年になるかならないか、という時期だったので、まだちょっと珍しいワーパパぶりでした。私は、「ほほぉぉ~、素晴らしいなぁ」とニコニコしながら、その話を聴いていたら、突然、60代の上司の上司がこう言ったのです。

「だらしがないっ!」

「何がですか?」 彼は気色ばみました。私も、「はぁ?」と心の中でつぶやきました。

「だらしがないっ。男が家事だの子育てだのやっているなんて。それも完全に半分半分で分業なんて!」

相当酔っぱらっての発言ですが、だからこその本音だったんだろうと思います。

彼は、「何がだらしがないんですか。我が家がそうやっているって話だけなんで、関係ないじゃないですか!」と頭から火を噴きそうな勢いで言い返しました。私も、「よそ様の家族がどういう風に家庭生活を営んでいようと、それぞれ自由だし、だいいち、子育ても家事も二人で助け合っているっていいじゃないですかっっ!」と援護射撃をしました。

しかし、昭和過ぎるその上司には、最後まで理解されることなく、「オレは家事も育児もしたことない」と変な自慢まで聞かされ、折角の打ち上げもなんだか嫌なムードのまま解散することになりました。言われた当事者ではないけれど、かなりむかついた私は、帰る方向が同じだったにも関わらず、途中で上司を巻いた記憶があります。(することが小さい・・・)

まだまだそんな風に男性は言われる時代だったのですね。2000年ごろ。

現在、勤務先では男性も女性と同様に、「子どもが熱出したので」「保育園の迎えがあるので」といって帰ることもよくありますし、そういう人口が増えてきたことも手伝ってか、定時後の会議はめっきり減りました。

ところで、もっとさかのぼって、27年くらい前の話です。

私の1つ上の先輩が27年ほど前に第一子を出産したときのこと。

当時は育休がなく、産後8週で復帰。 完全に授乳中なので、困った彼女は、会社で搾乳することにしました。

上司に掛け合い、昼休みに鍵がかかる会議室を毎日予約し、そこにこもって搾乳。搾乳したおっぱいを冷凍保存できるパックに入れて、オフィスにおいてある共有の冷蔵庫の冷凍庫にしまい、退社時に持ち帰る・・・。これを数か月続けました。

私たち女性も男性も上司も誰もかもが初めての経験だったのですが、誰もがすんなりとこの状況を理解し、受け入れ、協力しました。
誰も冷凍庫の扉は開けないという不文律もできました。

ある日、彼女がお客さま先で数日仕事をすることになりました。 問題は搾乳です。

上司が営業に話をし、営業が顧客先に「搾乳したいので、昼休みに会議室を使わせてもらえないか? 冷凍庫も貸してもらえないか?」と交渉してくれました。顧客先の担当者がワーママさんだったこともあり、すんなり快諾してくださり、部屋もご用意いただけました。

そうやって、彼女は、客先での仕事も成し遂げました。

お客様に「おっぱいを夕方まで保管させてほしい」と言った人も初めてだったでしょうし、それを周囲の男性陣(上司や営業)が支援すべく動いたのも初めてだったはずです。でも、外資系だったためか、みんな本当にごくごく自然にそうやって協力したのです。

その後出産する女性はしばらく現れず、いつしか時代は変わり、育休も伸びたので、オフィスで搾乳という話も今は耳にしません(知らないだけかもしれないが)が、先駆者はそうやって周囲に新しいことを理解してもらい、新しいことに協力してもらい、たくさんの「前例」を作っていったのだなぁ、と今でもこの出来事は想い出に残っています。



ワーママに対して、ワーパパは、まだまだ「マイノリティ」でしょう。しかし、誰かが実績を作らない限り、風穴を開けない限り、物事は動かないと思うのです。

ワーママ人口が少しずつ増え、いろんな「前例」ができて周囲もそれに馴染み、徐々に自然なことになってきたのがこの30年だとすれば、
ワーパパ人口が少しずつ増え、いろんな「前例」が作られ、周囲も受け入れのはこれからなのかもしれません。

あきらめずに一生懸命「前例」を作ってください。男性も。


女性も男性も、仕事もプライベートも何もかも、どこかに負担が偏ることなく、誰もがはっぴーに人生を歩める社会になりますよう。


=======================
【本:経産省の山田課長の本、ほんとに面白いです。】

   

Comment(2)