クリエイティブってけっこうタイヘン
こんにちは、しごとのみらいの竹内義晴です。
この季節になると、母親は毎年、冬の準備をはじめる。
夏に植えたはくさいやキャベツを収穫し、大根を干して、野沢菜をつけて、みそを作って……。毎年、何の進展も発展もなく、おなじ作業をくりかえしている(なんて言ったら「これでも毎年工夫しているんだ」と怒られるかもしれないけれども)。うちの母親だけではない。このあたりのばあさまたちの多くはそうだ。
今、70代の彼女たちは、おそらくいまのボクぐらいの年代には、すでにこのくりかえしをはじめていたにちがいない。一方、いま、ボクらの年代でそんなくりかえしをしている人はほとんどいない。スーパーに行けば売っているのだから。買ったほうが安いのだから。
世の中では、経済だ、成長だといわれている。そっちのほうが断然聞こえはいい。それに比べて野良仕事は、大変で、面倒くさくて、体力も使うわりには、何の進展も発展もなく、成長もない。経済合理性などまるでない。買ったほうが安いと、ボクも思う。そもそも、野良仕事をしてしていると仕事ができない。これからも、ますますそうなっていくだろう。せっかく作っても、子どもたちもあまり食べないし。
それなのに、彼女たちははぜ、そんな面倒くさいことをしているのだろう。この間、80代のじいさまと話をする機会があったのだが、それから想像するに、以前は「食べるため」だったのかもしれない。今は、自分で作らなくても、買えばあるものね。それなのに、今はなぜ?単純に……たのしい?
何の進展も発展もないように見える彼女たちのくりかえし作業は、「自分で何かをつくる」という、相当クリエイティブな作業なのではないかと、ボクは思っている。あー、ボクはクリエイティブな作業を放棄しているのか。
大変だと思いながらも、彼女たちのような生き方になんとなくあこがれを抱いているもう一人のじぶんも、まちがいないくここにいる。できれば、そっちのほうに行ってみたい。が、いますぐにはできないジレンマ。いや、できないわけではないな。やっていないだけで。
農業を専業にするつもりはない。「地域の文化を守る」とか、そんな大風呂敷を広げるつもりもない。だけど、クリエイティブな作業はしていたいし、自然の流れにそって生きていたい。
今日も読んでいただいてありがとうございます。クリエイティブってけっこうタイヘン