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選挙権が18歳なって「いいな」と思う理由

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こんにちは、しごとのみらいの竹内義晴です。

選挙権が18歳まで引き下げられた。

ボクは、選挙権が18歳に引き下げられて「いいな」と思っている。

世間では、選挙権が引き下げられた目的がいろいろと言われているけれど、ボクが「いいな」と思うのは、「まだ、擦れていない純粋な意見が反映される」ことだ。

年齢を重ねると、社会に出ると、いろいろと擦れる。「自分の意見は○○だけど、当選する見通しを考えるとこっちだろう」とか、「少数じゃ結局何もできないから、本当の気持ちは違うけれども、まぁ、こっちだろう」とか、「棄権も意思表示だ」とか、ずるいことを言うようにもなる。

それを、いい意味では成熟というのかもしれないけれども、ボクは純粋な意見に期待したい。

そういえば、この間、テレビ番組を見ていたら、ある人が「18歳はまだ子供だから選挙の意味が分からない」みたいなことを言っていたけれど、ボクは「そんなこと、ない」と思っている。

確かに、年齢が若いほど粗削りなところがあるかもしれない。分からないこともあるだろう。けれども、経験が少ないほうが純粋。だから、いろんなものに素直に反応する。「難しいことはよく分かんない。だけど、何か違うよね」ということに気付けるのも、経験が少ない感性だからこそなのではないか。この「何か違うよね」が大事なのでは?と思っている。

たとえば、良くも悪くもいろんな経験や知識がある人は「自分を守るためには人をいじめることもたまにはアリ」みたいになる。一方、感性が豊かな人は「人をいじめじゃいけない」ということを感覚的に知っている。

たとえば、良くも悪くもいろんな経験や知識ある人は「後だしじゃんけんのほうが有利」と、いろんな計算をする。一方、感性が豊かな人は「想い」に反応する。

たとえば、良くも悪くもいろんな経験や知識ある人は「まぁ、そういうこともあるよね」と、美しくないことを容認しようとする。一方、感性が豊かな人は「潔さ」に反応する。

状況によってどっちが正しいかは分からない。だけど、今を変えたければ、これまでとは違う選択が必要なのではないか?

周りの大人だって、若い世代と大して変わらないよ。だから、何も心配することはない。

大人も、あれやこれやと考えるのはやめて、純粋になって、じぶんの中に内在している「豊かな感性」にゆだねるのがいいのかも。

そういえば、ライフネット生命の出口さんの「誰も政治を教えてくれなかった」人たちへという記事、おもわず、膝を「ポン!」とうちたくなるほど分かりやすかったので張っときます。以下、引用。これ、若い人にかぎらず、ボクたちもそうだよね。

若い人のなかには「選挙に行っても世の中が変わる感じがしない」だとか「ピンとくる候補者もいないし、結局誰が政治家になっても一緒」と思っている人も多いでしょう。しかし、そのように政治に対してネガティブな思いを抱えているということは「いまの政治はよくない」と思っていることの現れです。そうであれば、いまの与党と逆の候補者を選べばいいのです。

ピンとくる候補者がいなくても、ちょっと考えればいくらでも選べます。たとえば日本は、他国に比べて女性の政治家が圧倒的に少ない。あと、若い政治家も少ない。だったら、女性が立候補していればその人に投票すればいいし、女性候補者がいなかったら歳の若い順に入れていけばいいでしょう。乱暴に思えるかもしれませんが、それも政治を「変えたい」という立派な意思表示です。

だいたい、政治家になりたい人には本来、ろくな人間はいないのです。あ、これは僕の考えではなくて、20世紀を代表する大政治家であり、第二次世界大戦を勝利に導いた連合王国の首相、チャーチルが言っていたことですからね。

出典:「誰も政治を教えてくれなかった」人たちへ | ポリタス

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