2年間の「新潟県新しい公共支援事業運営委員会」を終えて思ったこと
こんにちは、しごとのみらいの竹内義晴です。
平成23・24年度の2年間、「新潟県新しい公共事業運営委員会」の委員に加えていただきました。11/11に泉田新潟県知事への全体評価報告会が開催され、2年間の委員の役目を終えました。報告書はこちらでご覧いただけます。
今日は、この2年間を振り返ってみたいと思います。
「新しい公共」とは何か?
内閣府の「新しい公共」宣言によれば
人々の支え合いと活気のある社会。それをつくることに向けたさまざまな当事者の自発的な協働の場が「新しい公共」である。これは、必ずしも、鳩山政権や「新しい公共」円卓会議ではじめて提示された考え方ではない。これは、古くからの日本の地域や民間の中にあったが、今や失われつつある「公共」を現代にふさわしい形で再編集し、人や地域の絆を作り直すことにほかならない。
とあります。引用元にあるように、「新しい公共」という言葉は民主党政権下で鳩山由紀夫元首相が2010年に取り上げました。公共サービスでは手が届かない事業を市民やNPOなどが主体となって行う社会的事業のことです。
運営委員会への機会をいただいた理由
私は公募委員として、新潟県新しい公共事業運営委員会に参加する機会をいただきました。応募したのは次のような理由からです。
- さまざまな問題がある日本社会の中で、国や行政だけではなく、市民やNPOなどがどのように問題解決に取り組んでいるのか、どんなネットワークが必要なのかを実務レベルで知りたかったこと
- 国、県レベルの助成事業がどのような仕組みで選定、運営されているのかを知りたかったこと
- ひとりのNPO法人の経営者として、実務レベルでの意見が役立てばいいなと思ったこと
などがあります。
運営委員会に参加して得られたこと
1については、平成23年度にモデル事業の公募を行い、その中からモデル事業者を選んでいきました。公害問題への取り組みや、壊れかけている地域コミュニティの再生、子育て支援、地域活性化、そして、新潟県にも未だ多くの方が避難されている東日本大震災で被災されたみなさんへの支援事業など、行政だけでは細かい支援ができないところを、民間の力でなんとかしようとしている各団体の想いを知ることができました。社会には、私個人の目では気づかないような、さまざまなニーズがあり、それを支援している方がたくさんいらっしゃるのだなと、改めて思いました。
2については、今まで何度か、いくつかの財団や企業の助成金で「審査される」側に立ったことはありましたが、「審査する」立場は初めてでした。膨大な資料を前に、時間との兼ね合いの中、「目の付け所はどこか(細かく見るところ、ざっとみるところの差など)」「審査する側としてはどんなところが気になるか」など、当たり前ですが、視点が全く違いことに気がつきました。今後、さまざまな事業をしていく上で、時には申請者になることもあるかと思いますが、「何を伝えたらいいのか」という観点で今回の体験を活かしていきたいです。
3については、運営委員のみなさんは、大学教授、金融関係、報道関係、NPO中間支援組織、社会福祉法人、民間企業など、事業を進める上でさまざまの知見をお持ちのみなさまでした。その中で、私の強みは「自分自身がNPO法人をやっている実務家」であることにあるかなと思っていました。ビジネスもそうですが、「理論的にはそうだけど、実際にやってみるとその通りにはならない」ということがたくさんあるので、理論を振りかざすのではなく、「実際のところ」の話をするように努めました。
課題として認識できたこと
その中で課題だと感じたことがいくつかあります。
1つ目は「組織のこと」です。モデル事業の選択にあたっては、多くの組織の中から審査を行いました。数多くのステークホルダーのネットワークがあり、プレゼンもしっかりしているところもあれば、まだ歩み始めたばかりの組織もあり、さまざまでした。助成金が交付されることもあって、結果的にはネットワークやスキル的に「強い組織」が選ばれるのは当然のことです。けれども、「強い組織」はいつも強いので、発展途上にある組織はどうしても選ばれにくいのが実際です。発展途上の組織は、さまざまなネットワークやスキルを作っていく必要があるのは当然ですが、プロボノ(各分野の専門家が、職業上持っている知識・スキルや経験を活かして社会貢献するボランティア活動)の機能も必要だと思います。また、「強い組織」も、自立していくことが求められるのではないかと感じます。
2つ目は「お金のこと」です。NPOは公共的に近いサービスを行うことも多く、行政の延長のように見られがち。それ故、お金をいただきにくかったり、公共サービスと比較されたりしがちです。海外では、NPO等の活動に市民の理解があり、寄付文化もあるそうですが、日本は震災のような一時的に協力し合う文化は優れていても、日常の長躯的な寄付文化という面ではこれから・・・というのが実情です。だからといって、「寄付する意識を持ちましょう」と言ってもなかなか持てるものではないので、イベントとうまく組み合わせたり、自分たち自身が活動を楽しんで、参加者が自然と巻き込まれていくような形で進めていくのがいいのかなぁと思います。私自身、人集めやお金集めは課題の1つなので、これからも学び続けて行きたいです。
まとめとして
問題が山積している日本の中で、一律の公共サービスでは支援できない部分を、市民や企業、行政が一体となって助け合い、つながり合い、サービスを提供していこうというのが「新しい公共」の考え方だと理解しています。民主党政権下では、国家戦略の柱とした事業でした。
しかしながら、政権が自民党に代わり、様々な政策が旧来のスタイルに戻っているような感じもしないでもありません。「新しい公共」という言葉もあまり聞かなくなり、かなりトーンダウンしてしまったように感じられます(もっとも、「新しい公共」は民主党政権の言葉ですから、自民党政権の今、今後ますます聞かなくなるでしょう)。
けれども、人口が減って、消費が減っていくのは目に見えている中で、今までのような「経済成長」や「お金を持つことが豊かさ」というスタイルでは、「買う人がいないのに作り続けないと発展しない」というような矛盾があるように感じます。消費文化や経済による成長は環境的にも、経済的にも、人的にも、そろそろどこかしらで無理が生じるくるのではないでしょうか。
これからはむしろ、「お金やモノじゃない豊かさ」がすごく大事なんじゃないかと思っています。そういう意味では、「新しい公共」という言葉が使われなくなっても、別の言葉に変わっても、「新しい公共」の概念や意識は、今後益々必要になってくると思っています。
2年間の新潟県新しい公共支援事業運営委員会が終わったからこれでおしまいではなくて、むしろスタート的な、そんな感覚を持ちつつ、私自身も仕事に取り組んでいきたいなぁと思っています。
最後に、新潟県県民生活課のみなさま、運営委員のみなさま、そして、事業に関わっていただいたすべてのみなさま、2年間ありがとうございました。