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IT利用先進国、デンマークに学ぶ「第三の道」

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管直人首相が、強い経済、強い財政、強い社会保障の「第三の道」を提唱している。

もともと「第三の道」を提唱したのは、英国ブレア政権の理論的支柱となった、社会学の大家アンソニー・ギデンズである。ギデンズと渡辺聰子・上智大学教授の共著『日本の新たな「第三の道」』(ダイヤモンド社、2009年)によれば、英国は、国家による手厚い社会保障からサッチャーが主導した市場主義改革まで、振り子の大きな揺れを経験したあとで、第三の道という中道政治が選択されたという。ちなみに、日本はどちらも中途半端にしか経験していないので、著者たちは、市場主義改革と福祉改革の両方を同時に進めるべきだと主調している。まさに、その主調に沿った改革が現政権で実施されようとしているように見える。

日本政府の「第三の道」路線がモデルとして参照しているのは、経済と社会保障の両立に成功した北欧諸国のようだ。以下、デンマークの事例を紹介しつつ、日本が学ぶことができる点について考えてみたい。

昨年11月、私は国際大学GLOCOMの猪狩典子研究員、豊福晋平研究員と一緒に、デンマークの行政・教育・医療の情報化についてヒアリング調査に行ってきた。デンマークは、「効率」と「平等」の両立に成功した、人口550万人の小国だ。教育や医療は無料で受けられる代わりに、国民は重い税金を負担している。ギデンズと渡辺の著作にも紹介されているが、デンマークモデルとしてヨーロッパ諸国の関心を集めたのは、「フレクシキュリティ」とよばれる、流動性も安全性も高い労働政策である。日本と比べ、法人税が低く、解雇制限も緩い。それが外資系企業にとってはデンマークに進出しやすい条件になっている。また、労働者の方は、解雇されても、前職の収入とほぼ同程度の手厚い失業保険と再訓練の機会が提供されるため、失業しても生活の心配をせずに再チャレンジを図ることができる。むしろ、転職によってキャリアアップを図るのが普通となっているので、労働の流動性はきわめて高く、それが行政の効率化や産業のイノベーションを促す要因として働いている。

そもそも、私たちがなぜデンマークを調査対象に選んだのかといえば、世界経済フォーラムの「ICT国際競争力ランキング」で、2006年から2008年まで3年連続で1位に輝いたからである(2009年は、1位がスウェーデンで、デンマークは3位)。しかも、日本ではなかなか進まない行政・教育・医療といった公的サービス分野におけるIT利用がとても進んでいる。米国のように、グローバルに活躍するIT企業があるわけでもなく、日本ほどの高速ブロードバンドが整備されているわけでもない。それなのに、なぜ、デンマークがIT利用先進国となったのか、とても不思議だった。

デンマークは、教育と医療により多くの支出を振り向けつつ、同時に財政基盤を強化するために、行政の徹底した効率化を進めてきた。電子政府は、ワンストップの市民サービスを実現するだけでなく、行政コストの削減も大きな目的となっている。だから、行政機関が新たなに情報システムを導入する場合は、公務員の削減を前提として進められることが珍しくない。実際、国税庁をはじめ多くの公務員の削減がIT利用と並行して実行されてきた。日本では、失業に伴って生活を破綻させるリスクがあるため、セーフティネットが強化されない限り、この点はなかなか真似することができないだろう。

一方、デンマークのIT利用から日本が参考にできる点として、以下の4つがあげられる。

(1)官庁の縦割りの解消する電子政府推進体制:⇒行政の効率化とワンストップサービスの提供を実現するには、まず縦割りの弊害を解消しなければならない。デンマークでは、IT政策の最高意思決定機関として、国と地方自治体を横断する形で組織した「STS(Steering Commitee for Joint Cross Government Cooperation)」があり、その配下に推進チームの「デジタルタスクフォース」が置かれている。デジタルタスクフォースの事務局は財務省の中にある。情報システムへの投資効果を評価したり、過去のシステム構築のケーススタディを蓄積したりしているため、失敗しそうなプロジェクトを早く見極めるなど、IT経費の無駄遣いの排除に力を入れている。このように、予算を握っている組織事務局であるため、全体調整の力を発揮しやすいというメリットもある。日本も縦割りの解消については、そろそろ真剣に考えるべきだろう。

(2)小さく始めて横展開する:⇒電子政府でも何でも決して大掛かりに推進しているわけではない。むしろ特定の現場で開発して効果を発揮した情報システムを、横展開していこうという発想が強い。たとえば、政府から助成を受けた民間の医療情報システムの開発プロジェクトがあったとして、それが優れたものであれば、他の病院にも広げていくことを助成の条件とするといったことである。そのほうがバラバラのシステムを各地で導入するより、全体的なコスト削減にもつながる。

(3)開発・運用でユーザー自らが責任を持つ:⇒行政機関に情報システム担当の組織をつくるなど、ユーザー自身が責任を負う体制をつくっている。日本の行政機関のように、ITの専門家を置かず、外部のシステムインテグレーターに丸投げして責任を負わせるというようなことはしていない。

(4)ITをプロセスイノベーションのために導入する:⇒これは日本でも生産工場をはじめとしてすでに行われていることだが、デンマークは農業や環境対策においても、ITの融合によるプロセスの改善に力を注いでいる。

以上の4点をまとめると、なぜITを利用するのか、という点で日本とデンマークではアプローチが大きく異なっているように感じる。日本は、技術志向が強く(だから日本社会は常に最新の技術開発を促すという側面もあるが)、ITの導入・整備に重点を置きがちである。だから、日本では、ブロードバンドやパソコンの普及率や組織における最新技術の導入状況が重視される。それに対して、デンマークは経済や社会、組織の問題解決という視点からツールとしてITを活用することに重点を置いている。そのため、人件費の削減やサービスの向上が重視される。

さらに、市民IDと電子署名といった電子的なインフラが整っていること、小学校からITを利用した教育で国民のスキルが高いことも重要な要因となっている。

*国際大学GLOCOMのウェブサイトで、「ICT利用先進国デンマーク」の連載を開始しましたので、ご覧ください。http://www.glocom.ac.jp/column/denmark/

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