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通信業界特殊偵察部隊のモノゴトの見方、見え方、考え方

人材のシフトを「許さない」と「許せない」、そして「賞味期限」のお話

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諸々の経済状況と理解している内容、自身を取り巻く諸々の環境や事情状況、更には自分の年齢などを重ね合わせて見えるモノというのは人によって違うと思っています。もちろん個人レベルで言ってもそれは常に変化しているもので、あるところで固まるものでもないとも思っています。因みに今の基準で考えるとなんでこんな風になっちゃったんだよ的な事も色々とあるわけですが、自分がその経緯の中にいると「知らんくせに勝手に言うな」と思うところもあれば、良く知らない事象については「なんでもっと前に手を打っておかなかったんだよアホちゃうか」と思うところもある。まぁ、とかく人は勝手なものです。

 

市場環境や経済状況に応じて人材をシフトするなんて誰の視点だよ、的な考え方

こういう論調を見かけるコトがあります。因みにそう言った瞬間にそれを言った人はシフトする対象の外、つまり安全圏に居るコトがわかることって言うのが時々あります。いわゆる対岸の火事的なものですね。もちろん自身の環境の中でそういう事を自分の問題として考えている人も居るわけですが、シフトされる「駒」という立場であればそれなりに酷い目に遭うこともあるわけで、そのあたりをどこまで許容できるか、許容しなくてはいけないか、許容する事を求められるのかというところが非常に重いけれど大事なところになると思っています。

ただし、その前提となる組織なり企業なりが倒れてしまっては元も子もないので、どこかで血を流さなくてはいけなくなる場合があるのは古今東西の歴史が証明しているわけで、そもそも企業や組織の賞味期限や存続している期間などを考えると永続的なものは無く、物事は変化するコトが前提であるべきであり、それを前提として物事が進む状況はやはりとてもしんどいわけです。

因みにここで「終身雇用制度」の話をしだすとこれを育てた時代にそれを批判しつつ高度成長やバブルなどを経てその世界を維持してきた世代の罪というのは結構重いと思ってて、お前もその恩恵を受けてきた世代じゃないのかとか言われると「いえ、その直後を歩いてきたある意味日陰で不遇を囲った世代ですよ」くらいの事は言うんですが、それはさておき・・・

 

ブランクがあると戻れない世界の存在は読み物の上だけじゃない、という恐怖

これはとても良くわかる部分があります。ならば独立すればいいじゃんとか言う話もあるわけですが、人それぞれ事情はあるわけです。個人に帰する問題があるかもしれませんし、何かの巡り合わせが良くないからかもしれません。乱暴に一般化してみると例えばそもそも組織なり企業なりに属していられるのはあと何年なんだよとか、そこでやりたいことが無いとか言っても簡単に移れないよとか、それでもその組織の中で一体何を仕事として担当できるのよとか、居るのはいいんだけれど給料ってどうなるのよとか、ずっとやってきた仕事を急に変えるといわれても困るしかないんですという話もそうだし、今更手に職なんて無理でしょとか、でもどこまで何とかできるんだろうとか、それでも頑張るぞとかなんとかかんとかそれぞれ色々とあるわけですが・・・

ネガティブになりすぎるべきではないとは思います。ただポジティブに考えるのが難しくなる状況もあることは理解しておいて悪くは無いとは思うんです。実は年齢に関係ない部分もあるとは思うのですが、年齢がそのまま足切りの条件になるコトが幾らでもあるのも事実。

因みにこういう話題に触れて「嫌な世の中になってきましたよね」と括る文章に時々出会いますが、景気変動の流れをキチンと見れば同じような時期が過去に何度もあったのは判るので、単純に以前は良くて今が悪い話でもない。ということで今も昔も「私はこうやって危機を乗り越えた!」とか「こうすればもっと幸せになる!」系の所謂自己啓発系の話が盛り上がるわけですが、別に数代前の首相の政策だけが悪いわけでもないし、単純に当時や今の政権党がどうのという話でもない。そんなに単純な話ではない。そもそもバブル景気やITバブルが弾けたのが問題じゃなくて何故バブルになったのかってのが問題だし、そんだこんだが色々重なって今があるので単純にどうのとは言いたくないと思っています。そもそも以前は諸々簡単だったって話でもないわけです。

とはいえ、色々と考えるコトが多いのも事実ではあります。
でもって、就職と就社という概念の違いとかもあるんで、更に真面目に考えると実は一般化して考えるのは難しい問題ではあるんですけれど、それはまたの機会に。

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