フリースケール・セミコンダクタの仙台工場閉鎖にみる、極端に悲観する必要は無いが流れ自体は冷静に受け止める必要がある経済の流れ
ロイターが6日伝えたフリースケール・セミコンダクタの仙台工場の閉鎖の話。もとより津波で大きな被害を受けた地域の地域経済のみならず、岩手から福島にかけての製造業が担ってきた世界経済への貢献がこの状況でいろんな影響を及ぼしているというのが手に取るように見えてきているわけですが、ここにもひとつの大きな影響が出てきているという事例、と言えると思います。
工場設備の被害と地域インフラの被害、そして工場の操業を再開しないという判断
今回の震災を気に、例えば製造業の話、たとえば農業の話、たとえばデータセンターなりといったIT産業の話として日本中に色んなモノを分散させる必要があるんじゃないかと言う議論が以前にも増して出てきています。それ自体は以前から言われていましたが、それぞれの地域としていろんな産業を誘致したいという意識の強さは当然あるわけで、他より有利な条件で誘致する事がひいては地域振興の柱となってきていたわけです。
ただ、たとえばひとつの企業で同じ製品を複数の場所で生産する形を平時から取ることと言うのはあまり無いわけです。幾つもの工場を持っていても、それぞれの工場で生産するのはそれぞれ違うのはよくある話。製造設備やら技術集約の観点から、極端に分散させることと言うのはあまり聞きません。
当然そこで今回のような形で被災したとき、その代替手段を簡単に用意できる例というのはそれほど多くないし、そもそもそこでの雇用の問題もある。簡単に引っ越す事は出来ない。でも、そういう判断をするしかないケースというのは既に、そしてこれからも山のように出てくるはずです。
キツイ話ですが、直視しなくてはいけない話。
流石にじゃぁどうするの?という問いに答える知見は持ち合わせていませんが
その場所でしか成立しない第一次産業、その場所での労働力やインフラの状況を横目で眺めながら成立する第二次産業、そしてそこに集まる人に向けた第三次産業、そして金融やら行政やら政治やらという構造自体はどこでも基本的に変わらないのですが、いずれにせよそれらが個別の事情を包含しつつ密接に絡み合っているのが地域経済であり、日本経済であり、世界経済であるわけです。
どこかを単純に切り出して別のところで成立させるのは簡単じゃないし、そもそも単純な切り出しすら簡単じゃないという事実。
もちろん現場での各種の復旧や復興事業は大事。ただ、それと並行して単純にこんなデバイスやこんなソーシャルなサービスがあればみんな便利だし素敵な未来が来るぜイエーイみたいな話をする前に、時々は全体としてどんなデザインをするべきなのかって言うのをたまには考えても悪くは無いと思うんです。単に目の前のデバイスやらサービスやら事象やらを取り上げてどうのこうのと言うのではなく。もちろん私も含めて自分の立場や立ち位置で出来る事と言うのは限られるわけですけれど。