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通信業界特殊偵察部隊のモノゴトの見方、見え方、考え方

スピーチの巧拙にみる、人前で喋る事の訓練を受けているかどうかという事実

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長い人生、何かしら人前で何かを喋る機会があるモノです。講演会やセミナー、あるいは結婚披露宴などでのお話だけではなく、たとえば部門での朝礼やら何やらまで含めると、その機会というのは意外とあるんじゃないかと思います。

自分のしゃべりにあまり自信が無い場合、時に書店で「これでスピーチなんかもう怖くないぜ」系の本を開いたりするわけですが、私の場合、最後はやはり場数になるんじゃないかとかなり乱暴に考えています。でも、場数を踏んでいてもあまり話が上手ではない方も当然いらっしゃいます。

向き不向き? いや、そうは括りたくないんですけれど

 

如何に自分の話を聞いてもらうか、という基本姿勢

昨日、某所である方のスピーチを聞きました。制限時間3分間。聞いてる人は喋る人が誰だかよく判っている場でしたから自己紹介的な部分は不要で、でも何かしら言いたいことは伝えたい。そんな中で如何に話を綺麗にまとめるかというのはやはり訓練を受けてるかどうかだよな、と改めて思った場でした。

そう。実は単純に場数を踏むのと、人前で喋ることについての訓練を受けているかっていうのは結構大きな差があります。因みに喋る側のテクニックとしてはその場に応じた喋り方と内容があるという当たり前の話がありますが、時々欠落するのが「聞いている人はそれをどういう風に受け止めてくれるだろうか?」という視点。逆に言うと、コレを外さなければ自然と時間の長短に関わらずストーリーが出来上がり、あとは喋っている間に聞いている方々の表情を見ながら微調整。

でも、そんなの出来る人にしか出来ないでしょって? いや、そうじゃないと思うんですけれど

 

しゃべり手の話がすっと入ってくる瞬間

例えば私が仕事上でプレゼンテーションをする場合だと、内容と状況によるのですが実は全く二つのパターンを使い分けています。

  1. 反論の余地を全く与えないほど一気に押し込むケース
  2. ゆっくりと判りやすく、最低限御理解していただきたい内容を刷り込むようにお話するケース

これはあくまで私のスタイルですし、実際にはこれらの間でのグラデーションがありますし、一回のプレゼンテーションの中でスタイルを使い分けつつお話をする事ももちろんあります。その緩急の付け方自体がテクニックだったりもするわけですが、何れの場合も考えている事はただひとつ。

自分の話を一番キチンと御理解していただける方法で喋る

コレに尽きます。ある程度は場数を踏めば判ってくる種類のモノです。でも、そもそも「その喋り方で、その言い回しでチャンと相手に自分が伝えたい事が伝わるのか?」という視点のもとに人前で喋る「訓練」を受けているかどうかというのはやはり大きな違いになります。

  • 場数だけだと自己流 (もちろんコレを否定するものではありません)
  • 訓練だけだと意外と本番では真っ白になってしまって駄目になることもある
  • 場数と訓練が積み重なると、もう何でも来い!の世界

乱暴に言うとこんな感じかもしれません。ただ、一般的に人前で喋るチャンスというのはそれほど多くはありません。そういう意味では場数を踏む事自体はあまり簡単では無いのはわかります。

結局場数踏めなんて無理だよって? いや、できる方法があるんですよ

 

(仮称)エアプレゼンテーションの薦め(笑)

私の場合、何かしら人前で喋らなくてはいけない場合、そして喋りなさいといわれてからある程度時間がある場合には、ひたすら頭の中で練習します。いわばエアプレゼンテーション(笑)

長い話であれば大抵は断片的にやっていますが、短い話だと色んなパターンを頭の中で喋っています。でも実際のところ、喋りだすと全然違う事を喋ったりもしますが、その前に頭の中でありとあらゆるパターンで一通りやってますから、口から思いも寄らない話が出始めても、まぁ何とかしちゃう。そもそも、そうしないと駄目な場を幾つも経験してきましたし、そういう風に考えて話を組み立てる訓練を受けてきましたし。

因みにこれの良いところは、まずなによりお金がかからない。時間もそれこそトイレでじっとしてるときとか風呂に入っているとき、エレベーターを待ってるときなど、どんなところでも出来ちゃうところ。そうやって頭の中で場数を踏むわけです。

 

そんなやり方もあるわけですが、ただ、最後は結局自分が誰かに伝えたい事があるかどうか。コレがあれば、伝える意思があれば技術的なことはさておいて、最終的に人にキチンとモノゴトを伝える事はできるんですけどね。

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