【ITU TELECOM ASIAから戻って】 状況、報道、そして事情の狭間
昨日朝、タイのバンコクから戻りました。9月2日から5日まで開催されたITU TELECOM ASIAへの出展。これに自体についても今までとはまったく違う貴重な勉強ができましたが、帰朝報告として、まずはちょうど先週のバンコクでの騒乱についてのお話をまずしたいと思います。
なお、以下の話は基本的に岩永が把握した状況に基づいていますので、実際のタイの状況の本質的なところについて誤解があるかもしれないということを予めご了承いただければと思います。
バンコクで起きた状況
現地に入ったのは8月29日ですが、その時点で既に日本でも首相退陣を求めるデモ隊がバンコク市内の首相府を占拠しているという報道がありました。出発の直前まで報道されている情報や外務省から出ている情報などを元にいろいろと考えたのですが、とりあえず行くべき仕事の主催者のITUはイベントはやると言っているので、最悪空港閉鎖で成田に戻ることもありだとは思って出かけました。
状況: バンコクで騒乱が起きている
これ自体は事実でした。
バンコクの実際の状況
29日の昼過ぎにバンコク市内に入りました。別に普通です。確かに首相府はデモ隊に占拠されていて、周囲を治安部隊が包囲しているのは事実です。でも、現地の人に聞くと非常にドライな対応。
現地の人の話: 別に大丈夫じゃないですか?
よくよく聞くと、実はデモ隊のほぼすべてが動員された人たちで、政治的な意図をまったく持っていないらしい。なんだかよくわかりませんが、簡単に言うとアルバイトらしい。良くある話なのだそうですが、そんなのは向こうに行かないと良くわかりません。
状況: 首相府はデモ隊に占拠されている
これ自体も事実でした。
国内線の空港のいくつかが閉鎖されたという事実
ちょうど時を同じくして、タイ南部の空港のいくつかが閉鎖されました。報道としてはバンコクの動きに呼応しての動きと伝えていましたが、実はタイの南部は5月ころから別件で外務省のサイトでも危険なので渡航については考えるようにとの情報が出ていました。現地で聞いても、まったく別の動きだと考えてよいとのこと。
状況: タイ南部で空港がいくつか閉鎖されている
これ自体は事実。でも同調した動きではないようです。
非常事態宣言発令
確かに8月2日には非常事態宣言がなされました。NHKの海外放送、BBC、CNBCなどでも現首相がそう宣言する部分が報道されていました。でも、実は発令されたのが、バンコク全市ではなく、首相府、王宮などごく一部の周辺だけで、市内は基本的に平静であったことについてはまったく報道されていませんでした。実際、なんとなくヤバそうな雰囲気はあったので、一部の学校や企業が翌日3日は休んだりしたので、平日にもかかわらず朝晩の渋滞が少し軽かったのですが、それだけでした。
ちなみに、9月1日にはタイ国王女を向かえて式典が開かれた今回のイベント会場のインパクト・エキシビジョン・ホール(バンコク市北部)の警戒はそれなりに厳しくて、すべての入り口で金属探知機のチェックと手荷物検査は実施されていましたが、別に市内では何も起きません。
状況: 非常事態宣言
これ自体は事実。でも市内のごく一部の政府機関の周辺のみが対象でした。
空港が閉鎖されるかもしれないという噂
非常事態宣言と時をあわせて空港が閉鎖されるかもしれないという話、ついでバンコクで電気ガス水道などのゼネストが実施される可能性があるとの噂が展示会場の複数の国の出展者の間で流れました。その殆どはそれぞれの本国での報道に基づいて、本国から流れてきた情報でした。それに応じて現地でウラを取りました。それまでも現地の大使館と頻繁に連絡を取っていたのですが、噂レベルでは大使館も情報を持っていましたが、確証がない。最悪はイベントは中止となり、ホテルに缶詰かと水や当面の食料の確保の段取りまでしましたが、夕方になっても大きな動きはない。
「本当に大丈夫なのか?」
その夜は普通に市内で食事をし、ホテルに戻りました。どうやって調べたのか(大体わかっていますが)ホテルの自室のドアに紙が一枚。主催のITUからのお手紙です。
曰く「ITUとタイの国家通信委員会が協議した結果、現在タイ国内で起きている騒乱はイベントに何の影響ももたらさないと判断し、イベントを継続する」との公式発表。
「まぁそこまで言うのなら大丈夫だろう」
その後ウラをとったのですが、そもそも今回の動きとはまったく別にゼネストが計画されていて、実際9月2日から港湾関係でストが実施されていました。少なくとも先週の金曜日時点で解除されていなかったのですが、ストの計画が存在し、実際に一部で実施されていたのは事実。でも今回の例の騒乱とは基本的にまったく関係の無い動き。
状況: 港湾関係でのストは実施された
これは事実です。実際にゼネストの話もあったようですが、基本的には別件。
結果的に土曜日の夜、飛行機は予定通りバンコクを離れて、昨日の朝、無事成田に到着しました。
死者が出る騒ぎがあった時の状況
確かに、そういう事実はあります。残念ながら9月1日の夜に死者が出る状況がありました。
ただこれは現地の複数の人から聞いた話ですが、たぶん間違っていないのが、実はデモ隊を組織した後ろに政治家がいて、彼らがスポンサーとなって動員とデモ隊の維持を行っているのですが、政治的に相反する立場だけれど現首相に退陣してほしいというところが一致した、大きく二つの勢力が首相府の前に同居している状態だそうです。ただ政治的には相反するというところは譲れないので微妙に小競り合いが起きていたのですが、それが大きくなって死者が出る騒ぎになってしまった。これが非常事態宣言の理由のひとつになったのですが、別に警察が排除に動いたわけでもなければ、軍隊が介入したわけでもない。そもそも軍隊は絶対に動かないと最初から宣言していたくらいでしたし。
「なんか海外の方が危機感を持ってない?」
状況: 小競り合いが起きて、死者が出る事態となった
これは事実です。でも、でも・・・
状況、報道、そして事実の隙間
報道は、基本的に事実の積み重ねから、その中のセンセーショナルな部分を引っ張ってくる傾向が国を問わずあると思います。確かにNHKや各新聞、BBC、NBC、ABC(オーストラリア)などホテルで見ることのできた媒体は一様に同じような見出しが躍っていました。そして、それらの見出しとなった事象自体は、基本的に存在した状況だったと記憶しています。
でも、その状況の事実関係や背景についての報道が薄く、勢いバンコク市内全体が騒乱状態に陥りつつあるような印象を持つような内容になっていた気がします。事実、確か9月3日くらいの時点で日本の旅行代理店からの情報で複数の国がタイへの渡航制限を実施したとの話もありました。
もちろん、どういう素性であれ首相府付近にデモ隊が立てこもっている状況の中、その地域に行くことは無用な危険を自分で呼び込むことにもなりかねませんから、それは避けるべきですし事実そうしていました。これは大使館からのガイドにもあったのですが、そういう地域への立ち入りとパスポートの携帯。まぁ、こんなもんです。実際現地で可能な限り取ったウラからすると、今回の基本的な状況に危機感を持つ必要は無かったのですが、報道を見る限り非常に危ない状況。
状況、報道、そして事実の狭間。
誰の話をどこまで許容するのか、どこまでを信じるのか、これが問題だなというのが今回自分の目の前の状況を踏まえてとても深く考えさせられる経験でした。
1つの事象のウラの100の事情
たぶん、これ、ですね。一概に良い悪いという話ではないのですが、どこまで情報を持っているかどうか。単に目の前の事象だけを判断基準にしてはいけないということを肌身をもって体験したバンコクでした。
ちなみに、これからバンコクに行かれる方について、ここまでの私のエントリーはあくまでも私の置かれた状況と収集できる情報に基づいた内容ですので、(バンコクに限りませんが)ご自身できちんと情報を収集し、分析し、ご自身で判断されることを強くお勧めします。