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通信業界特殊偵察部隊のモノゴトの見方、見え方、考え方

3つ星の視点

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最初にミシュランガイドを買ったのは1988年。フランス版。出張で行ったニースのお土産でした。


何かフランスに来た証拠が欲しいな

洋書を扱っている本屋で見たことはありますが、フランス語を勉強したことも無く、行く用事もあるとも思えなかったので買ったことはありませんでした。かといって、色んな経緯があって3週間も出張に行ったフランスで、絵葉書買って帰っても全然面白くありません。

「じゃ、どうせならわざわざフランスに来たんだから滞在先の地図でも買おうかな?」

そう思って書店やら何やらを少し回ってみたら、ミシュランガイドが積んでありました。

「あ、これならフランス全部がそれなりに載ってるぞ」

ということで、その年の版、1988年版を買いました。幾らだかさっぱり覚えてませんが、そんなに安くなかった気がします。その後2001年に再び3週間フランス(正確にはジュネーブに出張で滞在先はフランス領内)に行った時には、何となく地図として使ったりしましたが、肝心のフランス語が全然わからないので店を探すのにはさっぱり役に立ちませんでしたけど。


当然頭に浮かぶミシュランガイドの調査員の噂

これについては詳しく述べる必要は無いと思いますが、とにかく調査員が何度か店に足を運んで普通に食事をし、レポートをまとめた後に何らかの形で星を与えるか、与えるならいくつにするのかを決定する、とても神秘的なプロセスの結果であるということがよく言われていました。

ただ、ガイドの構成や氏素性がそもそもタイヤを売っているミシュランがドライブガイドを作ろうとしたことですから、そこをちゃんと理解しないと星の数の意味を見失うとも言われていました。要は、誰の視点で誰のために作られているのか。ここを曲解すると変な星取り狂騒になるわけですが、結局のところ他の理由はともかく星の数を取らねば、あるいは一度取った星を維持しなくてはという動きがずっとあるのは、多くの方が知っていると思います。

そういえば、一度だけ、たまたま入ったスイスのモントルー近郊のイタリアンレストランが、あとから調べたら1つ星だったことがありました。遅いランチでパスタを食べたのですが、なんだか中途半端な時間にフランス語がわからんアジアの旅行者が来たと思われたのか、あるいはそんなもんなのか、とりあえず美味しいのは美味しいのですが・・・って感じでした。でもあとから知ったのですが、実は調査員が何を食べたのか、どんな料理や店の何を評価したのかという背景がある程度わからないと星の数の意味がわからないという事情があるようです。1つ星を取った評価を受けた料理ってなんだったんだろ?大抵の場合、お店も良くわからないそうです。少なくともフランスでは。


で、調査員ってどんな人なの?

そんな中で以前図書館などで色々と本を漁っていたら、元ミシュランガイドの調査員だった人が自身の調査員体験を基にした裏ミシュラン―ヴェールを剥がれた美食の権威という本に出くわしました。話自体は少し前の、フランス版のミシュランガイドの話です。面白いのが、基本的には普通に店を訪れ、普通にオーダーして、普通に食べて、普通に自分で(立替だそうですが)支払って店を出る。そのあとレポートを書いて、次の店にという感じで、非常にビジネスライクに動くことが要求される仕事のようです。

ただ、たまには調査対象の店の対応や内容に非常に憤慨し、会計を済ませて店を出るところで水戸黄門よろしく調査員章を見せて、狼狽する店主を後ろに見ながら車を発進させる事も何度かやってしまったみたいな話もあったりするようです。

でも、星の付与と星の数の決定のプロセスは完全に密室で、調査員であった著者自身もわからない部分があるようです。調査員は調査員。評価する人は評価する人。


ミシュランガイド東京版は誰のため?

つい先日発売されたミシュランガイドの東京版。調査員が日本食のある食材を「食べられないから外してくれ」と言ったとかなんだとか、色んな噂が流れているようです。ただ、間違えちゃいけないのは、全部の調査を日本人がやれば日本人のためのガイドと言えますが、例えばフランス人が調査をやれば、そのフランス人の評価ですから日本人の味覚や評価とは異なるはずです。日本語で書かれた日本人のため (と思われる) 東京版ですが、実はそうでは無さそうな予感もしたりします。

いずれにせよ、評価するのは人。そんな当たり前のことが良くわかる一冊です。

 

Comment(5)

コメント

裏ミシュランより、西原理恵子画伯(?)の「恨ミシュラン」の方が、レベルが高かいかも。レベルっていうか、ばかばかしさ加減、って意味ですけど。
 
一時期、食べログとか、東京グルメ、改め、Livedoorグルメなどを参考にしたけど、人の意見や舌なんて、役に立たないものだと再認識するだけでした。
 
イギリス用ミシュラン(あるんですね、これが!)は何度も使ったけれど、まあ、標準にはなるのかも。ロンドンで、すてきなトルコ料理屋をミシュランで見つけた事もありました。でも、日本版ミシュランで三ツ星フレンチが「ロブション」「ロウジェ」なんて、当たり前じゃん(行った事ないけど)。

とおるさん、コメントありがとうございます。
「恨ミシュラン」は随分前に読みました。不覚にも電車の中で笑ってしまいました。あと小泉武雄さんの「不味い!」も秀逸。
旨いものってのは人によるけれど、不味いのはある意味多くの人に共通するのかもと思う今日この頃です (笑

あ、人名間違ってしまいました。
誤: 小泉武雄さん
正: 小泉武夫さん
失礼しました。

『……フランス人の評価ですから日本人の味覚や評価とは異なる……』

 その通りだと思います。古代ギリシアの哲学者も「味と色は議論できない」としています。

 さて、勝手ながら、この記事の文章を一部引用させてもらいました。ご都合が悪ければ削除します。事後連絡で申し訳ございません。、

katuさん、コメントありがとうございます。
古今東西、特に味に関しては個人の主観や経験がモノを言う分野ですから、他人の評価をどう理解するかは難しいものですね。

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