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ビジネスモバイルITベンチャー実録【朝メール】から抜粋します

「練習するしかないね」と自分が寛容になれたこと

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おはようございます。

雨の朝。18.0℃ 997hPa。

===ほぼ毎朝エッセー===

娘がオートマ限定の解除をしてマニュアルの車が運転できるようになりました。聞くと、教習所内で4時間ほど運転をして、技能検定に合格すれば取れると。驚いたことに、街中の走行講習が無いのですね。

私のサーキット練習用のロードスターでマニュアルの運転したいというので練習してもらいました。本人はバケットシートの調整が足りない分の専用クッションを買ってきています。案の定、坂の多いところでエンストしたり、スピードレンジの高めのところでモタモタしたりしています。

従来の自分だったら、「何でできないんだ!」と腹を立てていたでしょう。ところが、「マニュアルなんて慣れだから、練習するしかないね。この車は練習用なのでどんどん使っていいよ」と、不思議と寛容でいられるのです。

なぜ寛容なのか?不思議です。

昨年の夏以降にサーキット走行を習い始めて、色々と恥ずかしい思いをしています。最初はとんでもないところからできないことで引っかかるのです。それは、経験を積むしかない、慣れるしかない、そういうことがあるということです。

例えば、ヘルメットを固定するハンスという器具があります。その器具はフックで被ったヘルメットに後ろで手探りで固定する必要があります。その取り付けに何分も苦戦するのです。角度が悪いと入りません。ついには人に助けてもらってなんとかつけ外しができるという状態でした。

あるいは、5点式のシートベルトの取り付けも難しいです。つける位置を間違ったり、あるいはねじれて入ってしまったり。慣れれば瞬間的にできることなのしょうが、経験が足りないからうまくできないのです。

当たり前のことができない。恥ずかしくてカッコ悪い。車の運転の上達以前での、当たり前のことができないというような感じです。そこに、運転を教わっているレーサーの先生からは、「慣れですから」と、根気強く手伝ったり待ってくれたりしていました。

回数を繰り返して慣れるしかないことってありますよね。理屈では分かっていても、悔しいほどできないことってあります。その回数を繰り返すことが学習なのでしょう。きっと、そのような体験を最近していたから、娘にも寛容な気持ちになれているのです。未知のことにチャレンジすると、初心に帰っていいですね。

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