私は圧倒的に体験派のようです
おはようございます。
今年の台風は「台風一過の青空」が無いですね。
台風の後ももやもや雨空が続いています。今朝の空も今一つ。
===ほぼ毎朝エッセー===
最近気が付いたのですが、音楽にしろ、絵にしろ、スポーツにしろ、どうやら私にはあまり鑑賞したり観戦したりする趣味が無いようなのです。どうしてなのかを考えてみました。
私は子供の頃から大きなカタカナコンプレックスがありました。カタカナで固有名詞を覚えると、それが邪魔をして外国語で通じないという思いをさんざんしたためだと思います。いつの間にかそれが、カタカナ固有名詞を覚えることへのメンタルブロックとなったようです。よく、ミュージシャン、アーティスト、作品、アスリートの名前をつらつらと並べて話をする人たちがいます。私が子供の頃からその手の話題に入り込めなかったのにはきっとそういう理由があったのだと思います。結果的に教養のあるお話しができない人間に。(^^;)
一方、音楽にしろ、絵にしろ、スポーツにしろ、体験することには貪欲です。自分で試してみなければ納得できないというところがあります。自分でやって、その難しさが分かってからでないと語れないと思う癖もあるようです。そして、これは趣味の領域だけでなく、仕事の領域でもそのようなのです。振り返ってみると、会社員時代、やたらと社内の情報通がいたものです。役員人事のことやら、組織移動のことやら、そういう話題に精通してるのですね。ところが、自分にはほとんど興味がありませんでした。
「どうしてああいう制度ができたのだろうか」
「なぜこの組織があるのだろうか」
どちらかというと、このような成り立ちに妙に興味が行きました。圧倒的な体験派の私としては、会社のことをああだこうだと語る前に、自分で会社を興してみて、実際に事業をやってみて、その中で体験したいと思ったのです。そうしなければ語れない。
実際に事業をゼロから起こすというのはどういうことなのか。それをまとめ上げて大きくしていくにはどうすればいいのか。人数によってマネジメントのスタイルがどう変わっていくのか。製品がどのようなマーケティング理論を通って成熟していくのか。関わる人たちが幸せに活き活き働くにはどうすればいいのか。このようなことを常日頃思っているのです。
今の私の人生も、この会社の存在も自分にとっては大いなる体験の場なのです。おかげさまで、様々なことを日々勉強させてもらっています。