香害蔓延社会。脅かされる、生活。奪われる、日常。~嗅覚センサーを見直そう(16)~
2回にわたり、食品への移香、衣類への移香について、取り上げた。
それら以外にも、備品、住居、ありとあらゆるものが、移香の対象となる。 増え続ける合成化学物質にまみれた日常。そのなかで暮らすしかない、われわれ。生活が損なわれ始めている。
住空間の中の、すべてが移香に晒される
無臭の什器備品や消耗品は、どこにあるのか?
もはや移香していないモノなどあるのだろうか。食品、衣類、さらには日用品、備品、住居まで、移香物は多岐にわたる。
事あるごとに移香品に遭遇する。
以前から自宅で使っている湯沸かしポットが良い製品なので、オフィスにもと買いもとめたら、フタの表面に化学薬品臭が付いてきた。コーヒーの陶製ドリッパーを買ったら、箱も緩衝材も貫通して本体が化学薬品臭。ショップでの保管中か輸送中の移香とおもわれる。この化学薬品臭、なんとも薄気味の悪いにおいである。
移香の経緯が不透明なケースも増えてきた。
新品の炊飯器の内釜に移香していたという事例を知った。気になるのは、移香個所が外側ではないという点だ。
実際、内釜は移香しやすい。素材のせいかもしれない。筆者宅の炊飯器(Panasonic ミニクッカー)は、洗ってフタを開けていた半日のあいだに、室内汚染から内釜に移香していた。
移香していないペーパーフィルターを入手しにくくなり、カフェプレスを買ったら、本体は無臭も、中に入っていた携行袋「のみ」強臭。洗濯しても除去できないと判断、廃棄した。
炊飯器の内釜の移香を除去するあいだの代用にと、カートリッジクッカーを購入したら、全体に薄っすらと化学薬品臭が付いてきた。
どちらも煮沸洗浄を繰り返せば使えるようにはなりそうだが、道のりは長い。
山道はマイクロカプセルだらけ、きれいな空気は失われているという情報を、ネット上でたびたび目にする。分け入っても分け入っても薬品臭、なのか。アウトドア用品の移香のリスクは高いのだろうか。
化学薬品臭の付いた、ごはん、お茶、珈琲。歓迎できるはずもない。
このぶんでは、箸、食器、急須、水筒、弁当箱などにも移香しているにちがいない。
陶器や金属製品なら、煮沸洗浄を繰り返せば、移香は薄れていく。
だが、樹脂は厳しい。使える状態になるだろうか?
最大の問題は、無臭でなければならないベビー用品だ。乳児が移香する物質を吸い込む、口にする。健康リスクは、大人とは比べものにならない。
消耗品への移香もある。
リアル店舗でシャンプーを買ったら、別の通路にある洗剤のにおいが、外装フィルムを貫通してボトルに移香していた。
歯磨き粉のチューブはフローラル、フロスは抗菌臭。ウッカリ使ったからさあたいへん。口の中がフローラル&抗菌臭。これは歯磨きして落とさなければ、とおもうものの、その歯磨き粉がフローラルという、アリジゴク的再帰処理。塩とぬるま湯で磨く羽目に。
とりわけ移香しやすい紙類の問題は、深刻だ。
ティッシュペーパー、トイレットペーパー。強い香り付き製品が増えているうえに、他の日用品からの移香が重なる。
公共施設のトイレでは、不特定多数の衣類からの移香まで重なりそうだ。そして、移香した手をぬぐうために、ペーパータオルを使えば、さらに重なるだろう。
ノート、五線紙、画材も、移香の対象である。旧石器時代の、手書き&手描き派には、手痛い状況だ。
すでに無臭の紙製品は貴重品といっていい。
持ち込み移香による、室内汚染からのn次移香
生活環境には、じつに多くのモノがある。移香製品がひとつでもあれば、住空間のすべてに、n次移香していく。普段何気なく使っていたものが、におい始めていることに気付く。
たとえば、移香したマグから、拭いた布巾へ、移香したブックストッカーから収納している本へ。家具やファブリックに移香したら、素材によっては除去をこころみることすらできない。
さらに、エアコンを付けると、室温上昇と風により、においは拡散する。壁紙や天井に付着する。
クローゼットや押入れ、収納の中へ、侵入する。引き出し内に移香する。収納している衣類や寝具に移香する。ナノサイズである。密閉したつもりが、完ぺきではない。わずかな隙間から忍び込む。
室外から、室内への、持ち込み移香もある。
近隣がユーザーなら、外干しの洗濯ものから、テラスやベランダ、芝生や家庭菜園に、マイクロカプセルが降り注ぐことになる。芝のうえをペットが駆ける。花に、樹木に、移香する。野菜に、移香すれば、くさくて食べられない。
集合住宅では深刻さが増す。ダクトから、換気扇から、排水溝から、入り込む。
宅配便の移香した荷物、先に配達したお宅から2次移香した配達員の衣類。水際で阻止することは不可能だ。
ひとりから、ひとつのモノから、n次移香していく。使用量や使用頻度を控えても、物質は拡散される。
「すべてのひとが、いま一度、使用製品を見直さなければ、根本的な解決にはならない」それが、この問題の、もっとも難しい点である。
日常生活に支障をきたす、紙への移香
移香した事務書類、保管義務の困難
紙製品へのn次移香には、侮れないものがある。
電子化が進んでいるにもかかわらず、紙の書類はなぜか増える一方だ。
移香した事務書類は、担当者を悩ませる。
1枚2枚ならクリアファイルに入れて処理できるが、束となると、どうしようもない。デスクやパソコンに移香する。機器に不具合の発生するリスクが高まる(第12回参照)
触れば手に移香する。医療用手袋を使えば書類をめくることはできるが、ラテックスアレルギーのあるひとは使えないという。
デンソーウェーブの捺印ロボットは(msnニュース)、エンジニアたちに草生えるネタを提供したが、移香書類対策としては現実的である。
保管も難しい。
移香した事務書類から、紙製のファイルや、ファイルストッカーに移香する。
逆もある。ファイルストッカーをまとめ買いしたところ、段ボールを貫通して移香していた。仕方なく、「お菓子のふじい」の箱に入れて保管している。無臭化するカナリアパワー(なんだそれ)を期待している。気休めにすぎない。
契約書、控除証明書、領収書。保存義務のある書類は、移香を理由に廃棄できない。
無症状の筆者でさえ憂鬱であるのに、移香する物質で体調を崩すひとたちは、確定申告作業を乗り切れるのだろうか。
筆者宅へ来る生命保険会社の外交員さんから渡された書類が強臭で、それを指摘したところ、旧来の洗剤以外は使っていないと言う。職場内か訪問先で移香したことが判明した。次回訪問時には気を付けるとのことで、実際、その次の来宅時には無臭で、渡された書類も無臭だった。
良識あるひとは、香りマナーをわきまえている。においに馴れてしまい、気付いていないだけである。気付いていないだけのひとは、身体リスクや環境リスクを一言二言伝えれば、それだけで、理解してすぐに行動を変える。自分と相手と業務上のベネフィットとリスクを冷静に比較する。だが、気付いていないひとが多い。だからこんな記事を書いている。
図書館の本にもおよぶ、移香
紙の本も、事情は同じだ。紙のカバーやライナーノーツが入ったCD、DVDも例外ではない。
ネットで買えば、段ボールの外から移香する。そこで図書館の利用を考える。
ところが、である。図書館で借りた本がにおう、という嘆きの声を、SNS上でしばしば目にするのだ。
これでは、移香する物質で体調を崩すひとたちは、「公共のものであるにもかかわらず」利用できないではないか。
不特定多数のひとが多数出入りする場所にある紙類。
本だけではないだろう。未確認だが、役所や病院にあるパンフレットは、どうか。
知っておくべき制度、疾病を予防する方法などが、記載されている。任意で読むものとはいえ、公共の福祉のための情報が、閲覧を制限されてよいはずがない。
公共機関からのお知らせ文書が激臭
郵便物は、送り状もはがきも封書もレターパックも容赦ない。もれなく化学薬品臭が付いてくる。そんなおまけは要らぬ。
電力会社、NTT、ケータイショップ、保険会社、銀行。お知らせ文書は、ほぼすべて移香している。
私企業のものは、まだいい。年金、健康保険、介護関係。公共の通知にまで移香している。開封しなければ手続きができない。かといって、手にとれば、手に移香、デスクの上で記入すればデスクに移香。
もっとも移香の強かった国民年金基金のDMは、開封する気になれず廃棄した。
筆者の住む自治体の広報は微香だが、そのうえに移香したフリーペーパーやDMが重なって投函されるものだから、2次移香。
不要なDMをシュレッダーにかけると、おそらくシュレッダー内に移香するだろう。まだ試してはいないが。
原因は、発送担当者の衣類か、あるいは配達人か、同時配送のほかの郵便物か。
いつどこで移香したかを特定できないため、移香の事実を知らせようがない。
そうした物質によって、頭痛、吐き気、めまい、咳などが引き起こされるひとなら、症状が悪化してしまうだろう。
不特定多数の集まる公共機関へ行くこと自体にリスクがあるひとたちは、窓口へ行けず、かといって、郵送物も危険とあっては、手続きに困るのではないだろうか。
完全キャッシュレス化強制?の、異常事態
以前にも書いたが、紙幣への移香という問題がある。
ATMで引き出した紙幣が激臭。その紙幣から財布内に移香する。さいきんでは、におわない紙幣の方が稀である。
そのまま使い、化学物質過敏症者の手に渡れば、間接的な加害になる。そこで、使ったり両替する前に、あの手この手で移香の除去を試みる。
「お菓子のふじい」のこころみを知った時、感嘆すると同時に、このことを危惧した。
事業を継続するには、外からの持ち込み移香を、水際で阻止し続けなければならない。
原材料の製造、梱包材、発送担当者、輸送中の車両とドライバー、それらからの移香は、交渉次第だろう。
だが、不特定多数から持ち込まれる移香紙幣は、防げない。完全キャッシュレス化まで、時間との戦いになるのではないか。
紙幣が共通概念をもつ道具である以上、個体差や年齢や疾病の有無を問わず、誰でもそのまま使えなければならないはず。
完全キャッシュレス化は、現時点では不可能だ。ヘルパーやボランティアに現金を渡して買い物を依頼するひとたちにとって、代わるシステムがないからだ。
紙幣の移香を除去しなければならないこの状況、異常ではないか。
その異常性が、ほとんど発信されていない状況、これもまた異常ではないのか?
筆者の住む地域では、すくなくとも1年前までは、このような事態は発生していなかった。1年の間に、この状況になってしまった。これもまた、異常なことではないのか。
あきらかになり始めた、具体的な損失
衣類の移香除去に、増える金銭負担
移香の除去には時間も費用も手間もかかる。実質的な損害が、あきらかになり始めている。
もっともわかりやすいのは、衣類移香除去の費用。洗剤代と水道料金だ。
除去の決定打がないため、多種多様な洗浄剤を揃えて試す必要が生じる。水道料金は、SNSの情報を見る限り、1世帯あたり数千円~数万円の超過となっているようだ。
筆者の場合、洗濯回数が増えた8月下旬以降、2カ月分で例年同期の5千円~1万円プラスとなっている。
これを訝しんだ水道局の検針員から、先月、確認をもとめられた。漏水の可能性があるからだろう。
ネット上には、香害に憤る声が増えているが、ネットをあまり使わないひとたちは、「香害」という言葉すら知らない。検針員氏は、全く聞いたことがなかったと言う。
説明すると、検診記録表の空きスペースにメモをとりながら熱心に耳を傾けていた。
繰り返し洗濯すれば、使えるようになるとは限らない。1点2点を廃棄した、という程度の被害は、枚挙にいとまがない。
中には、室内汚染により、その部屋にあったものの大半を廃棄したというケースまで見受けられる。
SNSの発信者には年代の偏りがある。発信されていない情報も多いはず。水面下の氷山に匹敵するものがあることは想像に難くない。
廃棄されたモノの代金、新規購入の費用。洗剤、水、電気。資源の無駄使いには、個人の損失を超えたものがある。
減退する購買意欲、冷え込む可能性のある消費
新たにモノを買えば、もれなく移香が付いてくる。除去作業の手間を想像すると躊躇する。購買意欲が失せていく。
とくに、衣類。仕事やイベント参加でもない限り、着たきりスズメで済ませるようになる。
過日、筆者は、ネットショップで、掛敷カバーと掛け布団を注文した。
保管していた無臭の毛布を洗濯して部屋干ししたところ、洗濯槽と室内汚染から移香し、代わりの寝具が必要になったからである。
先に、掛敷カバーが届いた。ダンボールの外側に付着した野焼き臭が、中まで貫通していた。それらは、洗濯して使うことにした。だが、掛け布団は洗えない。注文をキャンセルした。
通販歴30余年、石橋を叩きすぎて渡る前に壊してしまうような性格だから、買い物にも慎重である。これまで一度も返品もキャンセルもしたことがない。それが、移香への懸念から、初キャンセル。
30余年で初めて。これが異常事態でなくて何なのだろう。
筆者は、もう、新しいものは、できるだけ買いたくない。食糧と仕事道具とデジタルコンテンツ以外は、可能な限り既存のものでやりくりしたい。
カートに入れたままの多数の紙の本については、可能な限り、電子本を購入するか、なければ電子化を待ちたい。
この国の経済政策とは関係なく、香害が、一部の消費者の購買意欲を低下させる。
移香問題が解決するまでは、今あるもので暮らしていく―――消費行動を変えるひとが、徐々に増えていくだろう。
身体症状が出るまで悪化すれば、負担激増
筆者のように「要らぬ物質の存在を感知はするが無症状で健康」という者は、少数のようである。それはおそらく筆者が、比較的空気のよい場所に住んでいるからだろう。すくなくとも日中の屋外の空気は、以前のままである。
四六時中、汚れた空気の中で生活せざるをえない状況にあれば、不調をきたすのも当然だ。
気道、皮膚、眼、消化器、肺、心臓、脳。曝露した物質、その量と期間、発症年齢、発症時の服薬状況、体質、生活環境、労働環境などによって、それぞれの症状、その重さは異なるだろう。
症状が現れるようになると、原因となる物質を吸入しないよう、活性炭などの使われた特殊なマスクが必要になる。
化学物質過敏症を発症すると、防毒マスクが必要となることもあるという。
筆者は、生活圏の中で防毒マスクを装着したひとを見かけたことがない。だから、「マイクロカプセル香害」の装丁を見たとき、これはただごとではないと驚いた。そして、SNSで、防毒マスクを使いながら働いているひとたちがいることを知った。防毒マスクを装着したデスクワーカーがいるとは、非常事態ではないか。
(当事者の困難については次回以降で触れるとして)、費用に焦点をあてると、身体症状が出るようになれば、マスク代と医療費が必要になることが分かる。診断できる医療機関が限られているため、交通費、宿泊費が必要になる。受診できればいいほうで、公共交通機関を利用できなかったり、病院内に足を踏み入れることさえできないひともいるという。
そうなると、空気のよい避難場所を探すことになる。ホテルの宿泊代が必要になる。宿泊できるホテルがあればいいが、備品やアメニティに反応することがあるという。そこで、転居が、視野に入る。リノベーションによるVOC、農薬、除草剤、防虫剤などが立ちはだかり、移転先を探すために多大な費用がかかる。運よく移転先が決まると、今度は、リフォーム代、敷金礼金引っ越し代などが必要になる。支出がかさんでいく。
奪われる、ありきたりの生活
公共施設の職員は、住民の健康に目配りを
公共施設の移香問題は加速している。
利用者数が多ければ、香りユーザーの数も多くなりがちだ。中には、柔軟剤スプレーの使用者もいる。
だが、公共の場では、においを理由に、入館や利用を阻止することは難しい。
嗅覚センサーの機能する職員が注意を促そうものなら、結果は目に見えているではないか。
たとえば、「においで他の利用者に迷惑をかける可能性が非常に高かったため」「入館に注意を促した」「説明してお帰りいただいた」という経過をたどったとする。
すると、「入館を拒否された」という結果のみが、SNSで発信される可能性を否定できない。経緯まで詳しく投稿されなければ、コンテクストを無視して切り取られた情報が、ひとり歩きを始める。
入館拒否自体は、事実ではある。事実のもつ力は強い。職員の対応について疑問の声があがるだろう。
そうした事態を予測してしまうと、職員たちは、見て見ぬふりをするしかなくなってしまう。
公共の備品である、書架、机、いす、カーテン、じゅうたん、書類、パソコン、電灯、すべてに、移香が積み重なっていくことになるとしても。
設備への移香の問題だけではない。強く移香を拡散させる住民の利用を許容すると、体調を崩すひとたちが利用できなくなるのではないか。通常の清掃では除去できず重積していくのだから、そのうち、健康な利用者の中にも、体調を崩すひとが現れることになりはしないか。
公共施設は、すべてのひとが安心して利用できる場であってほしいものである。
香りが残り続ける、教育の現場
教育の現場での移香問題は、ことさらに厳しいようである。
前回、給食着の移香問題を紹介したが、それだけではない。
SNSの情報から、教室内の空気に悩む児童が増えているということに気付かされる。集団登下校の小学生たちからは、強い香料が漂うという。
筆者が道ですれ違う小学生たちからは、香料のにおいが漂ってきたことは一度もない。参院選の投票所となっていた学校の体育館は無臭で、着衣や鉛筆を持つ手に移香することもなかった。そのことから、教室内も無臭、あっても微香だろうとおもわれる。そんなだから、他所の地域の情報を目にするたび、恐れおののいている。
体育の授業のために着替えるロッカールームは、猛臭らしい。各家庭で使う、洗剤、柔軟剤、整髪料などの複数の香料のうえに、生徒たちが自分のお気に入りの制汗スプレーを使い、それが重なるのだろう。さらには、柔軟剤スプレーが流行しているとも聞く。検索すると、多くの情報が得られる。柔軟剤を水で希釈して使うのが一般的であるようだ。衣類やファブリックに噴霧する。制服に吹き付けようものなら、強いにおいが充満することは想像に難くない。
香料の苦手な児童もいる。体調を崩す児童もいる。移香した制服や持ち物に触れた保護者が、体調を崩す。
近年の香り付き製品は、従来の香水とは、性質が異なる。
昭和の時代、参観日の保護者の化粧品とパーマ液のにおいには強烈なものがあった。だが、ナノテクノロジーは使われていなかった。当時の理美容品や日用品に、たちまち病気を引き起こすほどの威力はなかった。だが、現行の製品には、ナノテクが利用されている。どこへでも入り込む、固着する。
年配のひとたちは、人工香料や消臭除菌剤が、日常生活に必須ではないことを知っている。プラスアルファのオプションでしかないことを知っている。
だが、ナノテク&人工香料・ネイティブの若い世代にとっては、それらのある生活のほうがデフォルトだ。
デフォルトのライフスタイルが、急速に変わった。ディスコミュニケーションを埋めるには、大きなエネルギーが必要となる。
ものいえぬ子どもたち、見過ごされる体調不良
小学生なら、保護者に(毒親でないならば)、悪化する体調について訴えることはできるだろう。
だが、乳児や幼稚園児には難しい。登園拒否のかたちで現れることがあるかもしれないが、多くの場合は、何も言わず、体調を悪化させていくだけになりはしないか。
お昼寝の時間に、そうした日用品で処理された毛布を使うケースがあるという。強い化学薬品臭をまとった友だちと触れ合って遊ぶこともあるだろう。
皮膚炎、咳、鼻炎、頭痛など、多くの病気にもありがちな症状では、原因の特定は難しい。もし、複数の病院で治療を受けても改善しないなら、住環境や教育環境に原因はないのか、考えてみることも必要になるだろう。医療関係者も、環境に原因はないかを、疑ってみてほしい。
教育者や保護者に限らず、大人たちは、子どもたちの学ぶ環境について、考えてみる必要があるのではないだろうか。
症状が悪化するなら、ホームスクーリング、通信教育、留学なども、視野に入れた方がよいのかもしれない。
IT業界では、遠隔教育システムによる学びの支援を、強化した方がいいのかもしれない。
一斉見直しが検討されるべき、合理的な理由
n次移香を防ぐには、現時点では、全世帯が使用製品を一斉に見直すしか方法がない。その理由の例として、スズメバチ被害をあげておく。
筆者がスズメバチ駆除を依頼した業者は、処理を終えた後、「柔軟剤などを使用した洗濯ものは、1週間ほどは外干ししないように」と釘をさした。「戻り蜂が洗濯ものにとまり、それに気付かず取り込む恐れがある」とのこと。高残香性製品で処理した衣類は、スズメバチ被害のリスクを高めるというのだ。
ハチ駆除業者や防虫剤メーカーのウェブサイトでは、高残香性の製品の使用に注意喚起がなされている。
たとえば、フマキラーの「スズメバチの被害に遭わないために / 強い香りは避ける」においても、香水や柔軟剤や制汗剤など香りの強い製品の使用に注意を呼び掛けている。
とくに危険なのは、児童の課外学習だ。校内よりもスズメバチの巣がある確率が高いうえ、逃げ込む場所がない。複数の児童がかたまりになって歩くため、ひとりでも使っている児童がいると集団の全員がターゲットとなる可能性がある。
襲われた児童は散り散りになり、統率不能になる。引率の教諭が身を挺してかばうことは不可能だ。それ以前に、教諭自身が刺される可能性もある。
ハチくらい、と軽視するなかれ。筆者の住む県内では、電動車いすの女性が職員に付き添われ帰宅途中、50分間にわたり刺されて命を落とした事故が発生している。駆け付けた救急車には防護服がなく、近づくことができなかった。重装備のプロでなければ助けようがない。突然襲われたらひとたまりもない。
これは生命にかかわる問題だ。救急搬送に時間のかかる場所にいたら、どうなるか。
そして、もし、刺されたのが、高残香性製品を使った友だちから移香した、無香料世帯の児童だったら、どうなるか。
生命に別条なくとも、何日か欠席しただけで済んだとしても、高残香性製品を使った保護者は、被害児童に対して責任をとることができない。苦痛や失われた教育機会は、金銭では保証できないのだから。そしてなにより、保護者の使った製品のために、仲良しの一方が加害者となり、一方が被害者となったとしたら、友情は続くだろうか?
高残香性の製品が香る期間は、日用品メーカーのウェブサイトに書かれている。
殺虫剤メーカーのウェブサイトで、高残香性の製品の使用に注意喚起がなされている。
移香は確実にあり、日用品メーカーもクリーニング業者も、移香除去の決定打をもたない。
一度使えば移香する物質は長く残留する。課外学習のときだけ完全無香に戻すことは現実的ではない。
高残香性の製品を「使っていない」世帯の児童が、スズメバチに襲われるリスクがある。
つまり、「一斉に、見直すしかない」という結論になるのだが、違うだろうか?
自分ひとりくらい、いいだろう。このくらい。この程度で。その考えが、他者の生命を、危険に晒すのである。
医療、介護の現場に、持ち込まれる移香
学校だけではない、不特定多数のひとが集まる場所には、移香が重積する。
そのような空間に足を踏み入れるだけで、昏倒したり、呼吸困難になるひともいるという。
どれも生命にかかわりかねない一大事だ。命に別状がなくとも、日常生活には大きな制約が生じる。
たとえば、医療の現場。
ひとりの通院患者から、院内のものにn次移香する可能性がある。
筆者の経験をいえば、歯科での治療後に、アウターの背面に強烈なフローラル臭が付着していたことがある。先に治療を受けた患者がパワーユーザーだったのだろう。この歯科では、医師もスタッフも待合も無臭~微香だが、いつ何時パワーユーザーに遭遇するかわからない。それ以降、安価なレインウェアを着用している。スタッフに事情を説明したところ、「そうしてくださると助かる」とのことだった。
このような空間で、移香する物質により体調を崩すひとが、治療を受けられるだろうか?
歯科なら、鼻は防げず口は開けたまま、移香物質ほいほいだ。眼科なら目、皮膚科なら皮膚は、無防備に晒される。
これが基幹病院ともなれば、事態はより深刻になる。
建物の構造が複雑で、どこに移香する物質のスポットがあるかわからない。
多数の患者で混雑する待合、採血室、着衣のまま横たわる、点滴やCTやMRI。整形外科のリハビリ室。待合にある血圧計。医療器具への移香も、考えられるだろう。 救急搬送の患者がいる。手術室への持ち込み移香も、水際で阻止し続けることは厳しいのではないか。
介護施設や療養施設でも、同様の現象は起こりうる。
利用者が集うデイサービスや、手持ちの衣類を持ち込むショートステイでは、各家庭で使っている日用品の移香が重積していく。
排せつ用シルバーケア製品の香りも、エスカレートしている。包装の外から、香料と刺激臭が分かるほど強烈だ。
これでは、必要十分な医療も介護も受けられないひとたちが現れる。いやすでに現れている。
医療従事者や介護職員の健康リスクも大きいとおもわれる。
この問題は、人間向けの施設に限ったことではない。
動物病院や、ペットホテルも、同じ。飼い主がそれを知らずに使い、移香を重積させる。
非日常時におよぶ被害。避難所のケミカルフリー
問題は、日常生活にとどまらない。
日常は、ある日突然、非日常に変わる。地震、豪雨災害、大型化する台風、噴火、パンデミック。誰にも被災する可能性がある。
現時点では、機能性日用品のユーザーの方がマジョリティである。
避難所には、そうした製品に含まれる化学物質があふれることになる。仮に、避難所にいる99%が不使用者でも、1%のパワーユーザーがいるだけで、曝露のリスクはある。
健康なひとでも、被災すれば免疫力は低下するもの。ただでさえ、余震や二次災害などへの恐怖があるうえに、化学物質に怯える生活。曝露により体調を大きく崩したり、化学物質過敏症へと歩を進める恐れがある。
化学物質過敏症者は、多種多様な化学物質に反応する。反応する物質も、症状も、程度も、それぞれ異なるとされる。
だが、もし、昭和30年代、せめて40年代前半までの環境を取り戻せるなら、反応するひとは、ゼロにはならないかもしれないが、激減するのではないか。きれいな大気と地下水。木造校舎、机も椅子も木製、木と紙の文具。掃除は箒と雑巾での水拭きだった時代だ。
廃校などを利用して、当時の教室や体育館を再現できたなら、避難所になりうるのではないか。
重篤な化学物質過敏症者が過ごせる場所ならば、そこは、多くのひとが安心して過ごせる場所となるだろう。
ケミカルフリーの避難所設置は、非常に難しい。それでも、ケミカルフリーを目指す姿勢は、必要だ。将来の被災に間に合うかもしれないのだから。
そして、これも、人間に限った問題ではない。ペット同伴の避難所についても、ケミカルフリーのほうがよいだろう。
考えよ。アイデアを出そう。実践しよう。
時代につれ、家事は変わってきている。
昭和のメインの家事は、料理と洗濯と掃除だった。
平成には、それが、在庫管理と片付けとゴミの分別になった。
令和では、介護と食糧確保と移香除去になってしまっている。
われわれには、増え続ける化学物質に適応して近未来都市に生きるか、文明から離れて原始生活に戻るか、といった二択しかないのだろうか?
都市から健康リスクと環境負荷の高い物質を減らす。自給自足を基本として、一部に最先端の機能を取り入れる。都市と田舎を棲み分ける。さまざまな方法が考えられるはずだ。
必要なのは、批判や悲嘆ではない、思考だ。アイデアだ。できるだけ多くのひとびとが暮らしやすい社会システムについて、それぞれが考え、無理なくできそうなことから試していこうではないか。
防災用品の移香リスクへの対処
非常時に、近年の日用品によって体調を崩すひとたちにとっては、新たな問題が持ち上がる。 食糧と飲料水の入手である。水や食糧の配給の列に並べば、香りユーザーに挟まれるリスクがあるからだ。
自宅に備えておくことはいうまでもないが、慌てて揃えても、移香している可能性が高い。少しずつ揃えて移香除去をしておいたほうがよいだろう。 また、外出先や通勤途中での被災に備えて、移香していない自販機を調べておいたほうがよい。量販店と異なり、客からの移香はない。補充担当者が無香なら、無香の商品を入手できる。
非常時には、野菜が不足する。本ブログで食品移香状況を確認するために、市販の乾燥野菜を2店舗で購入したところ、片方は微香、もう一店のものは袋に強く移香していた。筆者は詰め替えて使っているが、何らかの症状の出るひとなら、詰め替え作業自体が厳しいとおもわれる。 そこで、移香していない野菜が手に入ったら、自分で干し野菜を作っておくことをおすすめする。 また、小麦粉を避けているひとは、非常時の主食として、尾西食品のフリーズドライのシリーズをチェックしてみるといいだろう。アルファ米と水と梅干しがあれば数日はしのげるはず。特定27品目不使用の「ライスクッキー」などもある。