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「香り」が客足を遠ざけ、「無香」がビジネスを作る。~嗅覚センサーを見直そう(4)~

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香りに困っている人たちの生活を想像してみよう

わたしの場合、洗剤のにおいに困っているとはいっても、今のところ、(商品に移香していない限り)スーパーにも行けるし、ドラッグストアの洗剤や柔軟剤の売り場を通ることはできる。
その程度のわたしでも、神出鬼没な洗剤の臭いには戦々恐々である。

2年ほど前までは、街中で、こんな臭いは、嗅いだことがなかった。じわじわと増えている。
わたしが遭遇しているのは2種類の香り付きの洗剤だ。柔軟剤の臭いはもっと強烈であるらしい。嘆く声がネット上に増えている。

このような環境に暮らす、重篤な過敏性をもつ人の心身への影響は、いかばかりか。
想像してみよう。
いつどこで原因となる物質に遭遇するか分からない。役所や銀行や病院、職場に行けなくなる。公共交通機関を利用できない。仕事ができなくなる。実店舗での買い物ができない。ネットで買うと、段ボールや製品への移香を心配しなければならない。しんどくても、外食はできない。映画館にもコンサート会場にもカラオケにも行けない。友だちと会う機会が減っていく。単身者なら、生活が困難になる。家族がいても、理解してもらえなければ、セカンド・アビューズでさらに苦しむ。当たり前にしていたことが、できなくなるストレス。

自分に問題が生じていなくても、こうした想像をしてみることは重要ではないかと思うのだ。

労働力減、生産性低下による、社会的損失

仕事に励んでいた人が、ある日、突然倒れる。重要なポジションにいる人、代わりのいない技術や技能を持つ人だと、職場はパニックになる。これは、鋭敏な嗅覚センサーを持つひとが健康を奪われる「個人的な」問題ではない。その人の働きによって社会が得られたであろう利益を失う、社会的な問題でもある。この国の逸失利益の問題として捉える必要がある。

日本の「香害被害者」は、推定約1000万人だという(DIAMOND online「香害ウォッチ」2018年9月20日、岡田幹治:ジャーナリスト)。
退職に追い込まれた例もあるという。(柔軟剤のニオイで不調に、退職まで...「香害」という新たな公害」同、2018年1月5日) こんな「職務能力には関係のない」理由で、労働力が奪われていいのだろうか。

アパレル、リサイクル業界への影響

すでに、経済に影を落とす問題も出始めている。

わたしは、前回書いた、洗剤臭を放つ衣類を取り扱っていたショップの利用を中止した。長い付き合いがあり、臭い以外はステキなショップもあったにもかかわらず。
検索しまくり新たに見つけたショップを利用したら、無臭だった。これからはこのショップで買おうと思う。

......というように、臭いひとつで、消費行動が変わる。
一度でも臭うと、消費者は次回の利用を躊躇することがある。
試着した人の着ていた服に洗剤臭がしみついていた場合、移香した商品が店に並ぶ。ネット通販であれば、返品された品に臭いが付く。
仮に、販売者が臭いに気づいたとしても、洗濯はできない。タグを除けてしまうと、新品ではなくなってしまう。
ただでさえ厳しいアパレル業界に、新たな「臭い」という問題が追加されてしまったのではないか。商売のリスクになりはしないか。

食品を扱う店舗への影響

衣料品だけではない。食品や日用品を扱うリアル店舗でも、同じ臭いに遭遇するようになった。発生源は、「ごく一部の」特定の店員さんや配達員さんの服だ。
パワーユーザーだと思われる店員さんがレジを交代し、他の店員さんのレジに逃れることかなわず、その店員さんが触れた「あわしま堂の和菓子」の袋に移香する事態にいたって、わたしは、その店の利用をやめた。また、別の店で、災害非常用にとルヴァンのまとめ買いをした際、紙箱から強烈な洗剤臭がしたことによって(箱の中の個包装は大丈夫だったが、外箱がなければ保管しにくい)、その店の利用は、今のところ見合わせている。

臭いの問題に鈍い企業や店舗からは、客足が遠のいていくのではないか。
むしろ、臭いのシャットアウトが、ビジネスの強みになりはしないか。
もし、「香り付き洗剤不使用、柔軟剤不使用、納品前香り検品済み」というショップがあったなら、逆に、新規開拓に有効な宣伝文句になるのではないか。

教育現場への影響

前回書いたように、香りを発することだけが問題なのではない。
容易に「n次移香すること。除去の方法がなく残留すること。この2つの問題が大きい。
タバコのように。分煙できるのであれば、その場を離れることができる。だが、この臭いは、容易に移香し、人や物が移動すると、移動先に拡散していく。そして、除去しにくい。

下校する高校生の集団とすれ違ったとき、一度だけ、同じ洗剤臭を嗅いだことがある。
密室の教室ではさらに臭うはず。友だちの服の臭いのために登校できなくなる生徒がそのうち増えていくのではないか。と、おもったら、すでにそうした児童がいるそうだ。(「学校で「香害」に晒される子供たち、授業は校庭の片隅で」DIAMOND online「香害ウォッチ」2018年3月22日、岡田幹治:ジャーナリスト
洗剤臭の中で給食を食べると、食材の香りが分かりにくくなるので、食育の妨げにもなるだろう。

賃貸物件、中古物件への影響

賃貸物件で、入居者が香り付き洗剤や柔軟剤を大量に使っていた場合、退去後の臭いはとれるのだろうか。なにをもって、原状復帰とするのか。「香り付き洗剤禁止物件」や、「大島てる 残り香バージョン」がもとめられるようになりはしないか。

単身世帯が増えている今、賃貸契約に必要な連帯保証人や緊急連絡先の問題に煩わされないよう、老後の住まいとして、お手頃価格の中古マンションを購入しようと考える人もいるだろう。だが、購入してしまうと、おいそれとは移転できない。隣室や上下階がオーナーチェンジして賃貸となり、洗剤のパワーユーザーが入居したらどうなるか。
そのリスクを考えると、購入に二の足を踏む人が出てくる可能性がありはしないか。

外食産業、旅行業界への影響

香り付き洗剤や柔軟剤のユーザーも、外食をし、旅行して宿泊もする。

わたしが飲食店に入った時、とりわけ、淡い香りも楽しむような和食の店で、パワーユーザーの洗剤臭や移り香を嗅いだなら、次回の利用は躊躇うだろう。
わたしだけではなく、他の客の中にも、「このお店は臭うからやめておこう」と思う人もいるはずだ。
客は「洗剤臭がするから利用をやめました」などとは言わない。静かに去っていく。

料理や接客が良くても、店に漂う洗剤の臭いによって、客足が遠のいていくリスクがあると考えられる。

そうしたお店に、化学物質過敏症を発症寸前で、そのことに自身も気付いていない人が来ている可能性もある。相席や隣の席でなくとも、洗剤のパワーユーザーが入店したことによって、発症を促すリスクはないのだろうか?

他の産業への影響

SUBARU、世界約226万台に不具合、全数リコールなら同社最大(REUTERS、2019年3月1日)」
記事中に、「洗濯時に使う香りの強い柔軟剤、車内の清掃に使う薬剤などに含まれるシリコーンガスが揮発し」とある。
香り物質、香りカプセルの物質が、関わっているかどうか、記事から読み取ることはできない。だが、機器に不具合が生じる日用品を気軽に使う生活は、わが国の重要な産業に、影を落とすことになりはしないか。
自動運転を始め、自動車業界とIT業界は密に連携しつつある。ITエンジニアたちの努力が、日用品ひとつで台無しになるなどという、悲しいことがあってはならないだろう。

キャッシュレス化推進に一抹の影

前回書いたように、すでに、レシートや領収書、ATMで引き出したお札に、移香している。
洗える500円玉に両替したとしても、巡り巡って化学物質過敏症の人の手に渡ってしまうと、間接的な加害行為になりかねない。

お札に付着した香りカプセルを除去する手段がないのであれば、重篤な反応を起こす人は、完全キャッシュレス化を強制されているようなものではないか。現金でしか買えないものは入手できなくなってしまう。

それならば、完全キャッシュレス化すればいいのではないか?
災害時用の現金の保管場所に困るだろうが、これはまだ軽微な問題だろう。

だが、カードに移香したらどうすればよいのだろう?
洗えない。洗浄の外注もできない。使って移香するたびに再発行することなどできないのでは。

個体がID化してカード不要となった暁でも、商品の配送元に洗剤のパワーユーザーがいたら、段ボールの受け取りも片付けもできない事態に陥りそうだ。ロボットが梱包し、自動運転車で配送し、片付けは家事ロボットが行うくらいにならなければ、経済活動ができない。日常生活が成立しないではないか。

世の中のシステムのたいていの不具合は、次世代のITエンジニアたちが解決する(他力本願)、と楽観視しておきたい。しかし、この問題は、どのように優秀なエンジニアが束になってかかっても、手も足も出ないのではないか。

嗅覚センサーの衰えによる、認知機能への影響

嗅覚は、生存のために必要なものだ。
臭いを知覚することで、食中毒を防ぎ、ガス漏れに気付くことができる。視力の良い人が遠くの捕食動物を見つけるように、嗅覚の良い人は健康に影響を及ぼす物質を察知する。 鋭い嗅覚には、鋭いなりの利点がある。むしろ、鋭い方が健康だという見方もできる。

介護をしている人なら知っていると思うが、嗅覚の衰えと認知症発症に関係がありそうだという研究結果がある。脳内の、記憶をつかさどる海馬の外側に、嗅覚にかかわる嗅内皮質があるためらしい。
そこで、逆に、香りをイメージして思い出そうとする行為が、認知機能の回復に効果的なのではないかとも言われている。
認知機能に関わるほど、かくも臭いとは重要なものなのだ。

感性の平板化、抒情性の崩壊

昔の童謡に、こんな歌がある。
「おかあさんって、いいにおい。」今は、柔軟剤の臭いでしょ。抒情性が、微塵も、感じられない。
すべてのおかあさんが、いや、おかあさんだけでなく、おとうさんも、きょうだいも、どの家族も、みんな同じ柔軟剤のにおい。いや、家族だけではない。クラス全員、町の中全域が、同じにおい。

これは、生物として真っ当なことだろうか。生体固有の臭いにこそ意味があるのではないか。自分の母を、自分の近親者を、臭いだけで判別できるような、共有した経験の一意性という価値は、もはや無用の長物か。

今後もし、町全体に臭いが充満するようになったなら、移ろう四季のかすかな香りにも反応する高精度なセンサーは失われてゆくのではないか。
日本人の繊細な感性は愚鈍化する。AIの進化で、ヒトならではの感性がよりクローズアップされる時代になったときには、この国には嗅覚の鈍った人ばかり......。

無反応者は進化した生命体なのか?

香り付き洗剤を使っている人へ。
いま、あなたは、その香りを良いと感じ、楽しんでいる。
あなたは、しのび寄る健康へのリスクを恐れない楽観的な人なのか?
それとも、増え続ける化学物質を体内で処理できるように進化した人なのか?

適者生存。こうした特定の化学物質を取り入れては無害化して排出する機能を持つよう、人類は進化するのかもしれない。そして、適応できた人だけが生き残っていくのかもしれない。宇宙に出て行けば、どんな環境で、どんな物質に晒されるか分からないのだから。

だが、科学技術の発展する速度、新しい物質が登場する速度に、遅れをとらぬように、ヒトは変化していけるだろうか。
多くの人が振り落とされるような気がするのは、わたしだけか?
いま大丈夫な人も、いずれ、振り落とされるような気がする。
大多数の人で運用するように構築されている社会システムを、一握りの人で維持していくことは不可能だ。一握りの人だけが適応できても、社会は成立しない。滅びゆく世界の中で、少数の「特定化学物質を無害化して処理する機能を獲得した」生命体として歩む人生は、幸せなものになるだろうか。

臭いを低減するマスク

いま臭いに困っている人へ。
インフルエンザ用のマスクでは、臭いをシャットアウトできない。「農薬散布用の」クラトミックマスクがおすすめだ。
(前回記事に書いた)浴室リフォーム後の1カ月間、Amazonで買って装着していたものである。多少息苦しいが、デスクワークなら大きな支障はない。ちなみに、ありとあらゆる手段でキシレンを追い出し、目の症状は1週間、喉の症状は1カ月、鼻の症状は1年続いたが、完全回復した。

「クラレクラフレックス【農薬用マスク】国家検定DS2合格 使い捨て式防じんマスク クラトミックマスク 防臭タイプ」
今は販売されていない。類似の製品もあるようだが、こちらも、現在お取り扱いできません......か。

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