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「【ただちに】影響はないと思われる」の意味を考える。(2)~乳幼児被曝の将来を憂う~

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<<前回の続き>> この1カ月「ただちに影響はないと思われる」という言葉を、我々は耳にタコができるほど聴いてきた。
では、「ただちに」影響がなくとも、いくらか先には、影響があるのだろうか?

化学物質曝露を例にとり、被曝の問題を浮き彫りにしてみようとおもう。

化学物質曝露の皮膚症状

20年以上前の話である。私はエンジニアリング会社に勤めており、終日ドラフタに向かっていた。図面をチェックする際には、乾式ジアゾ式複写機(青焼き)でコピーされたものにペンを走らせていた。

すると1年を過ぎたあたりから、突然、手の皮膚が発赤し始めた。しばらくすると両手の皮膚が、べろんべろんと剥がれていき、ほとんどなくなってしまった。
皮膚がなければ血液体液のべつまくなしである。仕方なく皮膚代わりに包帯を巻いて、全く曲がらない指にシャープペンシルを挟んで仕事を続けていたが、さらに顔の皮膚がなくなってしまった。
この記事をランチを食べつつ読んでいる人がいると申し訳ないので描写はしないが、スプラッターMaxの状態を想像していただければ、それはおおむね正しい。

やむなく休職し、ステロイドを塗って、しばらくミイラになっていた。が、仕事は担当制であるし、傷病手当では立ち行かない(両親を扶養していた)。皮膚ができてくるや職場に復帰。すると再びミイラと化した。

早く治して仕事をせねばと焦るものの、両手プラス顔では、皮膚のない面積が広すぎる。広範囲で皮膚が炎症を起こすと、皮膚だけの問題では済まなくなる。痛くて眠れない。いちばん症状の軽い指だけ包帯を巻かずに、それで日常労作のすべてを行うものだから、肩が凝る。頭痛になる。
ミイラ顔を見てもたじろがないのは吉村作治氏ぐらいであろうから、外出はせず、動かないわ疲れてるわで食は細り、強力なステロイドを使うものだから、副作用で皮膚は薄くなり、免疫力は落ち、快復は遅れ、悪循環。散々であった。

唯一救いだったのは、私は、自分の傷の回復力の速さに、少なからず自信を持っていたことである。そのため、治らなかったらどうしよう...などと思ったことは一度もなかった。

それにしても、私の皮膚がこのようになった原因は、何なのか?

パッチテストで原因が判明

原因として思い当たるものを何種類か医療機関に持ち込み、パッチテストを受けたところ、乾式ジアゾ式複写機のジアゾ紙が原因だと判明した。
両手だけではなく、顔にも炎症が起きたのは、0版より大きい回路図を広げたりたたんだりする都度、ジアゾコピーの端が顔に当たっていたからだと考えられる。

快復の兆しが見え始めたころ、経営陣から、ジアゾコピーを扱わなくて済む新規プロジェクトへの参加を打診されて数年働き、その後、取引先のデザイン事務所へ転職した。原因物質から離れたことで、皮膚は復活した。

ただし、元通りになったわけではない。
コピーを扱う際に触れる確率の高かった中指は、両手とも爪が半分欠損している。名刺交換の際、悪い印象を与えてしまわないかと多少気になるところではある。
髪で隠れてはいるが、顔には、治癒した痕のシミがある。

しかし、ここで、ひとつ疑問が残る。
ジアゾ紙が原因なら、世の中にゴマンといる設計製図技師の何割かは、同じ症状に悩まされているはずである。ところが、そのような症状の者は、同僚にも同業者にも誰一人としていない。
職場の環境はといえば、作業スペースや衛生や換気には十二分に配慮された自社ビルで、福利厚生も万全であった。
会社の経営陣も、私も、そして医師も、なぜ私だけに症状が出るのか全く分からない。

なにしろ、子供のころから、皮膚はトラブル続きである。
小学生のころから、今でいう主婦湿疹に悩まされ、キッチン用合成洗剤で急激に悪化、骨が見えるほどのアカギレが数十か所に及んだ。それらは、外食が増えて自炊が減ったことにより軽快した。それが、ジアゾ紙で再びのっぴきならない状態になったわけだ。

インターネットで、曝露物質を知る

ところが、インターネットで情報を得られるようになり、仕事で環境汚染物質の資料をあたっていたとき、初期リスク評価書の中に、ジアゾ紙の助剤と界面活性剤に、共通する物質を見つけた。

青写真用紙との接触の可能性もある。ヂアゾ複写用紙を使用すると、チオ尿素が表面コート剤から容易に遊離する。チオ尿素への暴露はヒトで接触・光接触アレルギーを誘発することがある。(出典:国際化学物質簡潔評価文書)

チオ尿素には、光感作がある。私が自転車ツーキニストだったことが、顔の炎症の悪化に輪をかけたようだ。地球環境にはやさしいが、自分にはやさしくなかったらしい。また、

ラットにマイボーム腺の腫瘍を引き起こす。(出典:同上)

この曝露後、私は霰粒腫持ちになり(霰粒腫=マイボーム腺の閉塞)、3回手術して、現在も繰り返している。あまりに繰り返すので、既に手術は諦めている。ヒトでの報告はないようだが、リアル社会で私を知る人は、げっ歯類に近いからラットと同じ症状が出るのだと言うかもしれない。なにしろ、見た目も食事の嗜好もロボロフスキー・ハムスターに似ている。というのは半ばジョークだが、霰粒腫にはウンザリしている。

それにしても、なぜ私だけなのか。そして、あまりにも症状がひどすぎやしないか。

同業者中、私一人に症状が出た理由

原因は、曝露した年齢と、曝露期間にあるのではないか、と考えている。
私は、生まれてからずっと、ジアゾコピーされた図面に触れ続けていたからだ。曝露が積みあがっていた上に、連日ジアゾ紙に触れることになったものだから、閾値を超えた可能性があるのではないか。

私の父は、港湾設備の強度計算と発明を手掛ける技術者であった。その関係で、私が最初に目にしたのは、絵本ではなく、図面である。幼児のころ、私は、画用紙ではなく、ミスコピーしたジアゾ紙の図面の裏にお描きをしていた。
そのうえ、私は、ものごころついたころから台所に立っており、台所用洗剤に触れていた。
つまり、乳幼児のころから、化学物質に曝露される環境で生活していたのだ。

成人が曝露される分には、大した問題ではないのかもしれない。
また、重厚長大の技術者には、圧倒的に男性が多い。成人男子が曝露するのと、女児それも乳児が曝露するのとでは、大きな違いがありそうだ。
同僚にも同業者にも発症例がなかったのは、そのためではないのか。

ただちに害はなかった。すくなくとも、私の症状が、ごく一般的な主婦湿疹よりもひどくなったのは、0歳からの曝露後、10数年以上経ってからである。

被曝も同様であろう。
乳児、妊婦、これから子を持つ女性は、後年、忘れたころに影響の出る可能性を、頭の片隅に置いておいた方がよいのかもしれない。気にしすぎて免疫力を低下させるほどのストレスになるのでは困りものだが、完全に忘れ去ってしまうよりは、注意しておくほうがよいだろう。

評価文書は、1種類ではない

先にチオ尿素の評価について「国際化学物質簡潔評価文書」から引用したが、評価文書は、この1種類だけではない。Webサイト上から得られる、下記は、チオ尿素の評価文書である。

・世界保健機構 国際化学物質簡潔評価文書 No.49 Thiourea(2003)

・新エネルギー・産業技術総合開発機構 化学物質の初期リスク評価書

※デッドリンク。・CERI(財団法人 化学物質評価研究機構)有害性評価書
原版の化学物質有害性評価書を編集したもの

※デッドリンク。独立行政法人製品評価技術基盤機構の掲載化学物質リスト

こうした評価文書のデータは、必ずしも事実の表れではない。
 
上記評価書のうち、たとえば「初期リスク評価書」を例にとって見てみよう。

評価文書からは、チオ尿素については、「ヒトの健康影響データが得られていない。」「摂取ルートは飲食物に限って評価」「現時点ではヒト健康に悪影響を及ぼすことはない」ということが読みとれる。

しかし、私の体験では、「ヒトへの健康影響はあった。」「摂取ルートは飲食物ではない。」「実際に悪影響を及ぼしている。」ことは確かである。

なぜ、このように、評価文書の内容と事実が異なるのだろうか?
それは実に簡単な話だ。

評価文書は、「成人労働者が、トレース可能な期間の間に曝露を受け、医療機関や研究機関から報告されたデータ」に基づいている。
私のように、0歳から曝露を受けたデータが評価機関に届いているはずもない。

評価文書には、さまざまな報告が掲載されてはいるが、それらはどれも諸外国のものであって、日本のものではない。
結果、「ヒトのチオ尿素曝露に関する疫学調査報告は、本調査の範囲では確認できなかった(CERI有害性評価書)」となるのである。

このことから、次のことが分かる。つまり、
・「初期リスク評価書」の評価者が、事実を隠ぺいしたり、捻じ曲げて、評価書を作成しているわけではない。
・評価者は得られたデータからのみ評価する。
・特定機関への症例報告がなされていなければ、評価文書にも健康被害はないと記載されることになる。その報告がなされるのは、おそらくは労災と認定された場合に限定されるのではないか。

このような事情のためか、あるいはそれ以外の事情があるのかはわからないが、発がん性評価についての評価も分かれている。
チオ尿素に関して言えば、IARC(実験動物では証拠あり、ヒトでは証拠不十分)、日本産業衛生学会(第2群B、おそらく発がん性あり、証拠不十分)、米国NTP(合理的に発がん性が予想される)、EPA(未評価)と、実にバラバラである。

元になるデータが異なれば、評価が異なるのは当然だ。
研究者が「前例はない、そのような事実はない」と言うとき、その言葉は重要であり、参考にはなる。だが、それは決して絶対的なものではない。

この世の中、私の元勤務先のように、経営陣が全員技術者で、普段から楽しく技術話をしており、何かのときには親身になってくれる、そんな恵まれた職場ばかりではない。
勤務先の事情が、労働者の明日を左右する。重厚長大型の技術集積地には、経営者側に立つ病院と、労働者側に立つ病院がある。原因が不明瞭なグレーゾーンの症状ならば、どちらで治療を受けるかによって、判断が分かれるのは当然であろう。

こうした事情は、化学物質曝露ではなく、被曝についても、ありうることではないだろうか。

影響を抑えるには、自分で調べ、考え、判断を。

既に、福島原発事故発生から1カ月以上経っている。
自宅を離れること叶わない人もおられる。不安を抱えたまま、これまで通りの日常生活を送っている人も多かろう。
既に、いくらかは放射線、放射性物質を浴びてしまっていると考えるのが妥当であろうし、これから先、長期戦になることは想像に難くない。

自分の身は、まずは自分で守るしかない。自分で情報を収集し、考え、判断することが、何よりも重要になってくる。

前回記事。史上最大の薬害をもたらした薬剤DESを例に、子孫への影響を考える。

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