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「10年後のデビュー マウリツィオ・ポリーニ」 競争とはコンクールとはーⅤ

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「音楽とは関係なく、目立ってやろうとしたり、奇をてらったような弾き方をする。
なぜ、普通に出来ないのでしょう。私は若い人たちの考えがわからないのです。」
 
音大の教授であり、数多くのコンクールでも審査員を努めてきた、もうすでに70歳も越そうというピアニストが、ふとこのように話してくれました。
 
私は、数々の国際コンクールで入賞をはたすようなピアニストの演奏にある共通するものを感じます。
特にコンクール中は、派手なアクションと、通常より早いテンポ、アグレッシブで斬新なアイデアに満ちた演奏は、強烈に印象に残るのです。
 
彼等は、こちらのコンクールでは7位、あちらのコンクールでは5位と経験を重ね、その演奏は競争の中でしたたかさを増していきます。
そして、ついにはどこかで優勝するか、また、大抵は20代後半で来てしまう年齢制限のため、コンクールを受けることを断念するか、そのどちらかとなります。
 
ピアノ・コンクールは、若いうちに、あらゆるテクニックと、成熟した大人でなければ感じえないような芸術作品に対する音楽性へのアプローチをある程度完成させなくてはならないような早熟な世界。
 
しかし、コンクールでよく弾かれるベートーヴェン晩年のソナタ。
20代で、ベートーヴェンの孤独や苦しみ、人生の重みをどこまで理解できるのか。
 
コンクールは勝ち負けがつきます。
それでは若いピアニストがどこで勝負するのか。勝つための弾き方とは。
 
ここで気がつくことは、明らかに「コンクール弾き」というものがあるということです
 
イタリアのピアニスト、マウリツィオ・ポリーニ(1942年~)。
1960年、第6回ショパン国際ピアノコンクールにおいて審査員全員一致の圧倒的な優勝者。
 
彼は、コンクールの後、10年の間演奏活動を行いませんでした。
本来ショパン・コンクールの優勝者であるならば、すぐに華やかなデビューが待っています。
まだ若く、自分を見失わずじっくりと腰をすえて勉強する必要があることを、彼自身良く分かっていました。
 
10年も活動していなければ、その間次々とスターが誕生し、世間からは忘れ去られてしまうでしょう。
 
しかし、10年後、その沈黙を破って出された録音、「ショパンのエチュード」。
 
最初の一音が打ち落とされた瞬間からただごとではないことを直感します。
24曲、全曲一部の隙もない緊張感。
即物的とも思える、一切の甘さを排除し、ぎりぎりまで贅肉をそぎ落としたような音。透徹されたテクニック。
それまであったショパンのイメージを根底から覆すような演奏で、衝撃的なデビューをはたすのです。
 
そして現在、他を圧倒するような存在感で君臨する巨匠ポリーニ。
1960年、あのまま演奏活動に入っていたら、今の彼はあったのでしょうか。
 
競争と芸術。

その間には、とてつもなく深い見えない溝が存在することに気づかされるのです。
 

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