国語力の低下が現実味を帯びる
先日も筆者の拙ブログで書きましたが、若年層の間でスマホに慣れ過ぎたせいか、パソコンでのビジネスメールを書く能力が落ちていて、企業の新入社員研修でもメール作成のような文章を作る研修が導入されている、という現実があります。
今回は、もう1つ、実際の学校での教育現場(中高生)で、文章を読解する能力が落ちているかもしれない、という指摘がありましたので共有したいと思います。
国立情報学研究所の新井教授の指摘です。(昨日の日経新聞に掲載)
読解力調査の結果を受けて、
「受験生の日本語力が低いといわれてきたが、ここまで低いとは想定していなかった。(中略)家庭環境がかつてとは激変している。家の中に新聞や本がないとか、食事時に大人と会話する習慣がないといった状況で、学校だけで言語運用能力を培えるのかという難しい問題もある」
センター試験が記述式の導入という方向性に転換することについて、
「記述式試験を目指して勉強させることは重要だが、それに向けて教科書を読めるようにしておかないと、意味不明の答案が8割といった状態に陥るだろう。(中略)現状を把握しないまま、理念先行で改革しても失敗する」
「大学の入口の状況を改善するには、中学卒業までに中学の教科書を読めるようにし、高校では普通の文章を書けるようにする必要がある。教科書も読めないのにプログラミング教育とか、やっている場合ではない」
「中学校段階できちんと読むことができれば、いくらでも学力は伸ばせる」
以上、一部を引用しましたが、
筆者も常々、新井教授が言うように国語の重要性は子供たちに説いてきました。
数学の問題を読むのにも読解力は必要なのです。
英語の必要性ばかりが声高に叫ばれていますが、ベースとなる国語力があってこその英語学習だと思います。京都大学の山極総長も、日本語で深く考えるクセを付けて欲しい、と語っています。英語で考える必要は無いとも付け加えているのです。
日本の義務教育は確かに国際的に見ても定評があることは否定しませんが、間違った方向に進まないように常に大人世代が見続けていかないといけないと思ったのです。