英語習熟の稚拙
いつの時代にも、親が子供に学ばせたい習い事の上位にランクされているのが英語学習です。
小学校での英語の授業も、今後はさらに増えていく傾向にあり、政府もようやく重い腰を挙げて本腰を入れつつあるといったところでしょうか。
ただ間違えていけないのは、現代に関わらず、昔から国内教育では英語は必須で、誰もが最低でも3〜6年間は必ず英語を勉強してきた後に、大学生や社会人・大人になってきたということです。
それでも、一向に国民の英語習得熱は冷めるどころか、ヒートアップする一方です。
なぜでしょうか?
理由は明白です。英語の必要性の認識だけではなく、学校教育だけでは能力の向上が見込めない、と親世代自身が自分の経験に照らし合わせて実感として認識しているからです。
学校の英語教育のどこに問題があるのでしょうか?
答えはどうやら、今時点で現役として英語を学校で学んでいる学生の意識調査の結果にありそうです。
文部科学省が14年の7〜9月に無作為に抽出した全国の国公立約480校の高校3年生、約7万人を対象に実施した英語力調査の結果で、英語の学習が好きか?という問いに対して、「そう思わない」と「「どちらかといえばそう思わない」と答えた生徒を合計すると、半分以上の58.3%にも及んだのでした。
もちろん、高校で学ぶ英語は今も昔も受験英語オンリーであり、暗記が中心で何のおもしろみもわかない、というのが実感だということは十分にわかっています。
むしろ問題なのは、高校最上級生が受験英語を学ぶまでの英語学習経歴の中で、英語が好きになれるような経験を授業や課外活動の中でできなかった、という点に尽きるのです。
もっと突き詰めれば、暗記・読む・書く、の繰り返しで、興味のわく学習手法が採用されていない、ということです。
どの分野の学習にもいえるのですが、理解が深まり徐々にわかってくる段階で、ようやくその勉強ジャンルに興味が出てくるはずです。
特に英語というあたらしい言語を習得するためには、暗記はもちろん最低限だれにも必要で、加えて、読む+書く+聞く+話す、というサイクルを有効に、それも繰り返し何度も何度も回さないといけないはずです。
私事ですが、ミドルエイジ真っ最中の筆者でさえ、今の年齢になっても毎日欠かさず英語の学習は続けています。
夜に飲みに行って帰りが遅くなっても、自分を奮い立たせて英語に立ち向かっているのです。
このように、語学のマスターには近道がない、とはよく言い回された言葉ですが本当にその通りです。
英語に自然と興味がわくような教育内容、手法をあの手この手で開発しないといけません。
これらの状況は最終的にはビジネスパーソンに英語が習得できていない、というハンディーで跳ね返ってきます。
世界で一番、英語の習得が苦手な日本人と韓国人は、とにかく学習の方法にひと工夫することが必要です。
韓国人もかなりの頑張りを見せていますので、我々も負ける訳にはいきません。