なぜ「株主資本主義」や「顧客第一」ではダメなのか?あるいは社員ファースト経営とは
「社員ファースト経営」という本が7/24に出る。
僕はこれまで変革プロジェクトの教科書(例えば「業務改革の教科書」など)や、プロジェクト実録物(処女作の「反常識の業務変革ドキュメント」)を書いてきた。少し毛色が違うのは3冊目の「会社のITはエンジニアに任せるな!」だが、これも変革とITの関係を書いた本なので、それほどズレてはいない。
でも今回は、僕らが実践している、「社員ファースト経営」という経営手法について、What(何なのか?)、Why(何が良いのか?)、そしてHow(どうやるのか?)を余すところなく書いた解説書だ。プロジェクト単体ではなく、会社経営全体。
僕はこの経営スタイルが10年後のスタンダードになると本気で信じている。マクロな経営環境の変化にフィットしているからだ。
僕だけではなく、呼び方が違えど、世の中がそちらにシフトしつつある、ということは多くの人が感じているように思う。Twitterなんかを見ていてもこの数年、「売れなくて困る」よりは「社員や原材料やプロフェッショナルを買えなくて困る」という話ばかり聞く。
最近読んだこのブログなんかも、同じ文脈の上に乗っている話だと思う。
ナレッジワーカーの集団にとってのアクセルは文化、ブレーキはルール。
https://nekogata.hatenablog.com/entry/2023/06/22/080000
工場で大量生産する大企業だと、社員をルールで縛って均一的な仕事をさせるのが最適だったのだが、今はもうそうじゃないよね。特にナレッジワーカーと呼ばれる、知的生産に携わる社員は。という話。
そして自分の本をAmazonで検索して初めて知ったのだが「ピープルファーストの経営が社員の意識を変え、顧客の心を動かす」という特集がハーバード・ビジネス・レビューであったらしい。さっき見つけたので未読ですけど。
つまり、気づいていない人が多かったとしても、時代は確実にシフトしてきている。
気づいて変わるか、気づかずに別の会社に取って代わられてしまうか。
そのどちらかだ。
以下、「社員ファースト経営」の「はじめに」を転載する。
ごく簡単に「社員ファースト経営」が何で、なぜ重要になってきたのかを書いている。
★株主より顧客、顧客より社員
私たちの会社は社員を大切にする経営をしています。
というと、多くの会社(特に日本企業)は「ウチの会社ももちろん、社員を大切にしています」「我社では人材ではなく人財という言葉を使っています」などと同意してくれるでしょう。
ですが、そういう会社は得てして「時価総額を最大化する経営」「顧客第一主義」などの言葉も同時にWebサイトに掲げています。いったい株主、顧客、社員のどれを本当に大切に考えているのでしょうか?
私たち(筆者白川が所属するケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ、以下ケンブリッジ)の答えは明確です。「株主より、顧客より、社員を大切にして意思決定する」と経営方針書に明記していますから。
本書ではこの考え方を「社員ファーストの経営」と名付け、それがどんな経営手法なのか?なぜ有効なのか?どうやったらそういう会社を作れるのか?を紐といていきます。
★なぜ株主や顧客よりも社員を大切にした方が、うまくいくのか?
よく誤解されるのですが「社員ファーストの経営」は、利益を出さない経営でもなければ、社員のわがままを何でも聞く経営でもありません。もちろん顧客をないがしろにする経営でもない(そんな会社はすぐに潰れてしまうでしょう)。
そうではなく、社員ファーストの本質は「社員を大切にした方が顧客に良いサービスを提供できるし、良いサービスを提供できれば結果として株主にも利益を還元できる」という理屈です。
株主第一主義を唱えた経営よりも、社員ファーストを掲げた会社の方が、実は株主にもメリットがある。
こんなパラドックスみたいなことがなぜ起こるのでしょうか。本書を読んでいけばその道理をしみじみと実感できると思いますが、最初に結論だけ書いてしまいましょう。
私たちケンブリッジはコンサルティング業で、業務改革やITシステムの構築、新規事業立ち上げや風土改革など、様々な変革プロジェクトを成功させるのをなりわいとしています。つまり典型的なサービス業です。
サービス業ではサービスを提供する個々人がいきいきと仕事を楽しめていないと、サービス品質は上がりません。例えばいつもブスっとした顔の美容師に髪を切ってもらいたい人はいないし、店員が喧嘩ばかりしているレストランにも行きたくないでしょう。
コンサルティングも同じです。私たちのコンサルタントは顧客の組織深くに入り込み、一緒に変革プロジェクトを実行します。この時、コンサルタントたちがいつも不機嫌だったり、お互い怒鳴り合っていたり、会社に不満を抱えていたり、寝不足で不健康ならば、プロジェクトは成功しません。
そもそも、そんな集団は顧客の組織に悪い風土を持ち込んでしまうので、顧客は本能的に付き合いを避けることでしょう。つまり、社員であるコンサルタントを大切にしなければ、顧客を大切にできないのです。
そして顧客に良いサービスを提供できなければ競争に負け、売上が上がらない。すると株主に利益を還元できなくなります。つまり私たちは最終的に顧客や株主を大切にするためにも、社員を真っ先に大切にしているのです。
★社員ファーストが必要なのは、コンサルティング業に限らない
社会情勢の変化を踏まえて、同じ話をもう少し硬く表現すると以下のような説明になります。
・ビジネスにとっての希少資源が資本や生産設備から、優秀な人材にシフトした
・労働市場が流動化し、優秀な人材が簡単に転職できるようになった
・従って社員を大切にしない会社は、優秀な人材をキープできなくなった
・優秀な人材がいない会社は顧客に良いサービスを提供できない
・そういう会社は顧客にそっぽを向かれるので、十分な売上利益が上がらず、株主に還元できない
このような変化が一番分かりやすく起きているのは、サービス業です。特にコンサルタントやITエンジニアは汎用的なスキル(会社の外に出ても通用しやすいスキル)が身につく職種なので、転職も簡単。
それに比べて製造業は「装置産業」という言葉もあるように、多少人材が流出しても、立派な工場や唯一無二の生産設備を備えていれば、競争力を保ちやすい。工場見学に行くと「この大きさのアルミ板を加工できるのは日本でここだけ」みたいなお話を聞けますから。
そんな製造業ですら、若手層では優秀な人から順に辞めるようになってから、もう20年ほどになります。社費で留学した優秀な人材が日本に帰った途端辞めてしまった、というエピソードが聞かれるようになったのは2000年ごろです。
コンサルティングの仕事をしていると強く実感するのですが、業界を問わず現在の日本企業は深刻なリーダー不足といえます。わたし達に相談にくる方々は一様に「変革をリードするような"活きの良い優秀な中堅社員"が不足していて・・」と嘆きます。
ビジネスを変革しようと思い立ったとき、まずコンサルティング会社への声掛けから始めなければならないのは、自前でリーダーを育成し、活躍させられなくなっているためです。リーダーのポテンシャルがある社員がいても、牙を折ってしまったり、活躍の場を与えられずに転職されてしまったのでしょう。
起きているのは単なる人手不足ではなく、リーダー不足です。だからリーダーシップをコンサルティング会社にアウトソースせざるを得ないのです。
これは言うまでもなく、組織として大変まずい状況です。昨今「DX(デジタルトランスフォーメーション)にわが社も取り組まなければ!」と叫ばれています。これは裏を返すと、新技術の登場に応じて組織を変えていく能力がないので、掛け声が空回りしている状況なのです。
変革をリードできる人材は、その気になれば簡単に転職できる。変革を必要としている企業こそ、万難を排してそのような人材をつなぎとめなければならない。そのためには、そういう社員が辞めない職場にするしかないのです。
具体的には、優秀な社員にワクワクするような仕事を任せたり、理不尽な扱いを排除すること(無能な上司に出る杭を打たせないなど)です。社員ファースト経営とは、変革し続ける組織になるために、優秀な社員を活躍させ、働きがいを感じられるようにすることなのです。
その結果が、現在の人材不足です。私たちコンサルティング会社に相談にくる方々は一様に「変革をリードするような"活きの良い優秀な中堅社員"が不足していて・・」と嘆いています。これは単なる人手不足ではなりません。リーダー不足です。これ以上人材流出が続くようだと、さすがに組織がもたない、と多くのビジネスパーソンが感じている。
にも関わらず、「社員ファースト」を公言している会社はほとんどありません。
単に「リストラ(首切り)はしたくない」という情緒の面だけでなく、「優秀な人材を確保しなければ、競争力を維持できない。我社の明日はない」と本気で考え、社内で確固たるコンセンサスになっていて、それに基づいて日々意思決定をしている会社はほとんどありません。
そんな現状に異議を唱えるために、この本を書くことにしました。社員ファーストがなぜよいのか(Why)だけでなく、なんなのか(What)、そしてどうやれば実現できるのか(How)について、私たちの会社をケーススタディにして説明します。
したがって「ケンブリッジではこうしています」「こんなに良い点があるよ」という記述も多くありますが、よくある創業社長が書いた本のように「俺の会社はこんな会社だ!どや!すごいだろう!」と自慢したい訳ではありません。
やりたいのは「できたらいいかもしれないけど、実際無理っしょ。会社なんだから」と諦めている人々に、「完璧とは程遠いけど、こういう形でなら、ここまでならやれてるよ」を示すことです。理屈だけでなく、そこそこやれている会社が少なくとも1社はあるのであれば、机上の空論ではないことを証明できます。
この本を読んで「自分の会社でもいっちょ目指してみるか」「この程度なら、俺たちの方がもっとうまくできるのでは?」と思ってくれる会社が現れるような本にしたいのです。それに、生々しい事例がたくさん載っている本の方が、読んでいて楽しいですからね。
もちろん、皆さんの会社のビジネス環境は、私たちケンブリッジとは違うでしょう。そもそも現在所属している社員の価値観や好みも違う。ですから私たちがやっていることをそっくりそのまま真似るのはナンセンスです。
本書を読みながら「このアイディアはウチの会社でもそのままパクれるな」「これはちょっと合わないだろうから、こうカスタマイズしたら良さそう」などと、常に自分の会社に引き寄せながら読んでみてください。
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まだ表紙はアップされていませんでしたが、Amazonで予約できるようになっていました。あなたが経営者ではなかったとしても、自分の会社を良くしたいと思っているならば、読んでみてください。
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