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「ハック」という概念と慎重に付き合ったほうが良いのではないか?あるいはバカ正直のススメ

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前回のブログに「福利厚生なんて経営ハックに過ぎない」というタイトルを付けたけど、僕はハックという概念をかなりネガティブに捉えている。

最初に少し言葉の整理をしておく。

a)おおもとのハック
元々はハイスキルなエンジニアがシステムを思うように操ることをハック、ハッキングなどと言っていた。ITエンジニアとしてもコンサルタントとしても、システム(コンピューターシステムに限らず、要素が複雑に組み合わさったもの全般)を思うように動かすのは一つの到達点だし憧れだ。

b)邪悪なハック
ハックという言葉は、邪悪な目的でコンピューターを「操る」ことにも使われた。そして社会の脅威としてそれが注目されすぎたため、ハッキングというと悪いイメージを持つ人が多い。僕も最初にこの言葉を聞いた時(1990年くらいかな?)は悪い言葉だと思っていた。

c)ライフハック的な文脈
この15年ほど、「やり方を工夫して、仕事や生活の生産性や品質を上げること」をライフハックや〇〇ハック、と表現することが増えた。
ライフハックとは、断捨離をしてスッキリ、とか、キッチンにホワイトボードを置いて共働きのパートナーを気遣えるようにしたとか、そんな話だ。
日本語に訳せば「工夫」だと思うんだけど、「ハウスキーピングハック」とか言うとかっこいいのかもしれない。(僕はあまりグッと来ないけど)

d)せこいハック
元々b)みたいな、ちょっとズルっぽい要素も入っていたためか、近年ハックという言葉は一般的に「本質を避けて成果を得る」という文脈でも使われている。

例えば
・組織で予算を獲得するためには、事前に誰に相談すべきか、理解する
(オフィシャルなルールではなく、政治的な力学として)
・人より多く有給をとるコツ
みたいなことだ。

この記事では、主にd)のせこいハックについて話したい。b)は勘弁してほしいが、a)やc)は良きことなので、皆さんどんどん目指せば良い。でもd)は注意しなければならないと思うからだ。


★ハック精神が旺盛な人が組織にいるとなにがおこるか?(些細な例)
ハック好きが組織に一定割合で混入すると、組織全体の効率が下がるし、ひどくなるとカルチャーが破壊される。
例えば「人事制度を熟読すると、これは罰せられないはずだからやろう」「組織からギリギリまで利益を引き出そう」みたいな人のこと。

例えば、通勤手当を申請する時のバス代について、こんなケースを考えてみよう。
駅から徒歩15分。歩けない距離ではないが一応バスに乗る手段もある。でも本数が少ないから、普段はバスを使っていない。

この場合、バス代を会社に請求するかしないかは、結構微妙になる。
1)バス代を請求してバスで通う(不便だけど)
2)バス代を請求して自転車で通う
3)バス代を請求せずに自転車で通う
など、いくつかの選択肢がある。
2)は虚偽申請だが絶対にバレない。手元に残るお金としては、2)が一番大きい。

多くの会社は、これを社員の判断には任せず、ルール化している。「駅から○○km未満はバス代を支給しない」など。
で、交通費の申請時に、地図上に定規を当てて距離をチェックする業務があったりする。そうしないと「会社からギリギリまで利益を引き出そう」みたいな人だけが得をして不公平だから。本当はバスに乗るたびに領収書を出させたいところだろう。

世の中、あまりにこれが当たり前になっているので、みな疑問に思わないのだろうが、これって一部のハック好きがいるから発生している、完全に無駄な業務ですよね。
「あなたが実際に使っている経路の通りに申請しなさい」だけをルールにして、性善説で申請を信頼できるほうがずっとシンプルでローコストだ。

つまり、ハック精神が旺盛な人が一定以上組織に存在すると、ルールを異様に細かく設定しなければならない。
その結果、ルールの制定負荷があがる。そしてルールの運用負荷(定規を当てて距離を測るとか)が爆上がりする。通常、後者の方がずっと大きい。
これは、これはハック好きの人以外のすべての構成員にとって害となる。

大企業では緻密なルールが多く、管理する側も管理される側もうんざりしていると思うが、たいていはこう言うしょうもない一部の人への対策なのだ。
つまり組織としては、ハック精神が旺盛な人を警戒しなければならない。できれば対抗ルールを作るのではなく、そもそも入社させないとか、旺盛さを発揮させない形での警戒が望ましい。その人が多少仕事ができたとしても、組織全体の生産性の敵だからだ。

※ただしハック精神が旺盛な人は、良き工夫、大袈裟に言うとイノベーションを起こすのも比較的得意なのが悩ましいところ。精神を発揮する方向性をうまくナビゲート出来ると良いんですが。人材の多様性を重視するなら、そういう人をある程度までは許容する必要もある。

★ハック精神が旺盛な人が組織にいるとなにがおこるか?(大事な例)
もう少し本質的な例としては、人事評価(考課)である。
多くの会社で目標管理制度(MBO)が採用されている。期初に目標を立て、期末に目標の達成度を数値化して、ボーナス評価に活かす。
例えば「決算早期化(目標5営業日短縮)に取り組みます!」が目標で「7営業日縮まったので達成度140%!」みたいな。

これを聞いて、誰もがすぐに気づく制度ハックは「期初に、極力簡単な目標を設定する」だ。
「一見難しそうだが実は簡単な目標」なんて、その実務に詳しい人ならば簡単にでっち上げられる。すでに一部成し遂げられていることを目標として書いちゃうとか。過去に実績があって成功が保証されていることを、難しそうなチャレンジに見せるとか。

目標管理制度を採用している会社の社員のほとんどがこれを意識しているので、すでにハックとすら言えないのかもしれないが、「制度の本来の目的から逸脱して、自分が得るものを最大化しようとする行為」なので、今回取り上げているd)のせこいハックそのものである。

こういう利己的な行動は、組織をあげて抑え込まなければならない。仕事とは組織に貢献することなのだから、これは仕事の本質とは大きく逸れている。全力で阻止しないと、「仕事って自分の成果を大きく見せること」と勘違いする社員が大量に生まれてしまう。

この目標管理制度ハックは深刻な例だが、バス代のちょろまかしから目標管理制度ハックの間には、実に様々な「ハックする機会」がある。そしてそれは確実に組織を蝕む。
組織効率を下げる場合もあるし、愚直にやっている人のモチベーションを下げる場合もあるし、そもそも真面目に仕事をしない社員を育ててしまう場合もある。

※目標管理制度は制度ハックをどうしても防げないので、そもそも制度として導入すべきではないと思う。が、それはここに書いたこととは少し別な話。


★ハック精神旺盛な人は、大事なことを失っているのではないか

制度そのもののハックとは別に、「仕事で評価されるには、周りに○○と思われるように行動しろ」みたいな心がけを、ほとんど無意識レベルで持っているハック好きもたくさんいると思う。
でもしつこいけれども本質は
「仕事で評価されるには、成果を上げる。そのために努力する」
のはずだ。
そういう正攻法がすごく遠く、手が届かないように見えるから、目指す気力をなくす。そういう人がハックに飛びつくのかもしれない。

けれども、その選択はその人の将来価値を毀損する。成果を上げるための努力は、感知しにくいけれども確実に後々活きるから。

会社経営まで広げて考えても、同じことは言える。
前回ブログに書いたしょうもない福利厚生を例にすると、

ハック:ワールドカップ休暇を作って社員に喜ばれる
本質:有給を増やしたり、有給をちゃんと取れるようにする

ハック:保養所を作る(または大昔の保養所を維持し続ける)
本質:給与を増やす

という感じになる。
本質は目指すのが大変だ。給与を高くするには総合的な経営努力が必要だ。それに比べて、保養所を売却しないのはなにも考えずとも出来る。
でも長期的に考えれば、本質を追求したほうが良い会社になっていくのは明らかだ。
ワールドカップ休暇に憧れるような学生さんを僕は新入社員としてぜひ迎え入れたいとは思わない。自分の時間を大切にして、休みをしっかり取って、ガッツリ旅行に行ったり引きこもって好きなゲームを極めたりするヤツの方が、会社に貢献してくれると信じている。

ハックとかせこいことを考えずに、バカ正直なやつをちゃんと評価できる会社にしたいよね。

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