「仕事を通じた自己実現」の実体はなに?あるいは仕事の「小確幸」
★有名な欲求5段階説
「マズローの欲求5段階説」は、分かりやすいし色々と使い勝手が良いので、日本のビジネスパーソンに広く知られている。
念のために簡単にまとめると、
人間の欲求は以下の5階層になっている。
・自己実現欲求
・承認欲求(認められたい、褒められたい)
・帰属欲求(組織やチームの一員でいたい)
・安全欲求(身体的・精神的に脅かされない)
・生理的欲求(衣食住など)
下位の欲求が満たされていなければ、上位の欲求は後回しにならざるを得ない。例えば、明日のご飯が食べられないかもしれない状況では(生理的欲求)みんなに褒められるかどうか(承認欲求)は気にしていられない。
ところで、これを知った時からずっと不思議なことがある。「自己実現欲求」ってなんだろう?
★実現したい自己がありますか?
僕には実現したい「自己」なんてない。だからこの欲求はない。
大学生の時は将来自分が何をしたいのか分からなかった。今は毎日仕事をしているが、それでも「実現したい自己は何ですか?」と聞かれても、よくわからない。というか、質問の意味も分からない。
みんなに素朴に聞いてみたい。仕事を通じて実現したい自己ってなんなの?
仕事にとりかかる前からそんなものをカッチリ持っている人は、よっぽど早熟か、就活などの必要に迫られて「エイヤッ」と決め打ちしただけなんじゃないだろうか。もしそうだとしても、本人が思い込んでるなら他の人がどういう言う事ではないのだが・・。
もちろん、僕にだって「仕事を通じて成し遂げたいこと」なら、色々ある。だけど、「自己の実現」とはちょっと違うよね。
★自己が先か?仕事が先か?
自己実現欲求の話をする時、みんなが暗黙的な前提にしているのは、
・僕らには既に確固たる「自己」がある
・それを実現出来るような仕事が、あなたにとっていい仕事
というロジックだ。
でも、僕の実感は逆だ。
仕事にまつわる自己というのは仕事を通じて作られる。
前に「野望ドリブン成長法、あるいは僕の個人的野望リスト」という記事で、僕の個人的な野望リストを紹介したけど、全部、その時々仕事で必要なこと、仕事をやっていくうちに目指したくなったことが元になっている。
仕事で必要とされる人間に、人は自然になっていくのだ。
こう言うと「オレって社畜?」という雰囲気も漂うが、かのマルクスも
「人は自分が何ものであるのかを、生産行動を通じた自分の振る舞いから、事後的に知ることしかできない」
と言っているらしい(すみません、原典読んだことがないので)。
★仕事には「自己実現」よりも「小確幸」を!
「社員が自己実現できる会社へ!」というスローガンを掲げる会社は多い。
でも、実現したい「自己」を持った社員がいざ現れると、その「自己」はたいてい組織や仕事、顧客から求められるものとはマッチしないので、齟齬をきたす。
「本当は○○をしたくて会社に入ったのに」
「僕はこんな仕事をしたくてこの会社に入ったんじゃない」
というつぶやきは、こういうズレの結果のような気がしてならない。
「自己実現が至高」という人生哲学を、個人として持つのはいいのだが、組織の側がそれを言い出すと、なんだか変なことになる。社員にとっていい会社を目指すのをサボる言い訳になるような。
僕自身は、自己実現欲求を満たすことには興味が無い代わりに一つ下の「承認欲求」を満たすのは、本当に大事だと思っている。
僕だってお客さんから感謝されたり、頼られたら嬉しい。仕事している気になる。プロジェクトで手応えのある仕事をして、みんなから認められる。みんなが認めてくれなくても、自分で「いい仕事したんじゃね?オレ」と満足することだってある(苦笑)。
そういうことこそが、仕事における「小確幸」だと思うし、それが日々の原動力だと思うのだ。
小確幸とは村上春樹が提唱する、日常生活での「小さいが確実な幸せ」を大事にしていこう、という考え方だ。
「今日も揚げたてのコロッケが美味しい」
「ギクシャクしていた隣の部と、協力して小さい課題をやっつけることができた」
「最近、やるようになったな、おぬし」
とかね。
ちなみに、僕らの会社では「RAVEカード」を使って、社員が承認欲求を満たす手助けをしている。社員同士で(時にはお客さんにも)、感謝を伝え合うためのカードのことだ。
「あの時、助けてくれてありがとう」
「Coolな業務分析、さすが!」
など、口の出すのはこっ恥ずかしいけど、書いて渡すだけならシャイな日本人にも出来る。
カードの表には、
・主体的である(Take Initiative)
・献身的である(Dedication)
・柔軟である/ オープンである(Flexibility/Openness)
・敬意をもって接する(Respect)
・誠実である(Honesty)
・信頼を得る(Trust)
という、僕らが大事にしている6つの価値観のチェックボックスがついている。
あなたの貢献がどの価値観に沿っているか?も意識できるように。
「自己実現」という、分かったような分からないようなものを旗印にするよりは、
「各人が、自分が価値ある仕事をしている、価値ある存在だと実感出来るような組織にしよう。そのためには、互いを認め合う仕掛けを作ろう」
という方が、ずっと地に足がついていると思う。
※経営学者の沼上幹さんが「組織戦略の考え方―企業経営の健全性のために」の中で、マズローの欲求5段階説についてほぼ同じ事を、ずっと切れ味よく論じている。この本はこのテーマ以外にも大企業病を深く考察した、素晴らしい本。「学者だから、大企業の内部にいたわけじゃないのに、なんでそこまで知ってるの?」という感じ。興味がある方はご一読を。