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災害支援4日目 あるいは被災者の言葉

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★みんな話しかけてくれる
せっかく1週間くらい住み込むのだから、まずは名前を覚えてもらうところから。ガムテープに名前を書いて、帽子や服にベタベタ貼る。
「ボランティアで来ました。1週間お世話になります!」と自己紹介した直後から、いろいろな人が話しかけてくれる。どのように被災したかという話もあれば、僕らのような部外者にしか吐き出せないような愚痴もある。なるべく積極的に聞き役になるように心がけている。
ちなみに、原文はすべてバリバリの方言。表現力にあふれている(再現できなくて申し訳ない)。
TVが普及して以降、僕らの世代では方言は絶滅危惧種なのかと思っていたが、そんなことはない。若い子もすごく豊かな方言をしゃべっていた。漁師町だからか。僕らに話してくれる時は少し手加減してくれるけど、地元の方同士が話しているのを聞き取るのはかなりの集中力がいる。4日目くらいにはかなり僕のイントネーションも影響を受け始めた。

たくさん伺った話の中から印象に残ったものを少し紹介しよう。

・津波が来て大変だったけど、それでも桜が咲いて、春も来ましたなぁ。

・ここは、津波さえ来なければ本当に住みやすいところ。わかめ、たこ、ホタテ、鮭などなど、季節折々の海の幸が豊富だから、旬のものしか食べない。

・過去に何度も津波があって、流される度に少しずつ高いところに家を作っていった。それでも今度の津波にはやられてしまった。今思えば、もう少し高いところに家を作っていれば・・。

・(TVの「Before After」を見ながら)うちも土台だけ残ってるから、匠が直してくれるんじゃね?お前んとこは、土台も流されたから、いくら匠でも無理だぁ(笑)。

・あんちゃんは流されてまだ見つかっていない。あんちゃんが好きだった長渕を呼んで、あんちゃんが最後に目撃された港で、歌ってくれたら心残りはない。ギター一本でいいんだけどなぁ。

・仮設住宅の抽選に当たったけど、断った。もう少しみんなと一緒にいたいし、こういうボランティアさんのような、普段だったら会えないような人とももっと会いたい。

・一番困っているのは、仕事ができないこと。養殖にしても漁にしても、船がなくなったから何もできない。先のことを考えすぎるとよくないので、考えないようにしているけど。

・俺は機械も直せるし、鉄工の腕もある。仕事はいくらでもある。でも、道具がない。東京のつぶれた鉄工所から道具一式もらえたら何でもできるんだが・・。チャンスがあれば大きな借金背負ってでも道具をそろえて仕事を始めたい。返せるか、不安は残るけど・・。

・田植えをするかが悩ましい。潮がかぶっていない田んぼがあっても、トラクターは潮につかり、まだエンジンをかけていない。農機具のプロがいないと直せないけど、いつも世話になっている農機具屋も被災したし、それどころではなさそう。

★置き引き騒ぎ
僕らが井戸の覆い作りの仕事をアレンジしたボランティアさんの、大切な大工道具一式が入ったかばんが置き引きされ、数時間後に近くの路上で発見される、という事件が起きた。金目のものがあまりなかったから捨てたのだろう。
その時来てくれた警察は愛知県警。通常、他県の応援はまれで、あっても隣接県くらい。こんなに離れたところの応援に来たのは阪神の地震以来だそうだ。被災地では今回のような火事場泥棒的犯罪も増えているし、自動車の出会いがしらの事故やぎっくり腰などが多いそうだ。やはり、日常と違った環境に放り込まれて、普段は注意できていることができなくなっているのだろう。
気を引き締めないと。

★本当に必要な支援とはなんだろうか
僕が滞在している避難所は、幸い生きるか死ぬか、という段階は脱していた。食べ物は野菜を含めて十分あったし、ご飯は毎日自衛隊が炊いて持ってきてくれる。
だとすると、本当に必要な支援とは、地元の人が自活するための仕事環境を整えること。船を買う、道具を買う、技術者を呼ぶ。特殊技能を持っていない人ができる支援として一番有効なのは、実もふたもない言い方をすれば、お金を送るのが一番手っ取り早い。僕も現地に来る暇があったらお金を稼ぎ、それを義捐金に回す方がいいのかもしれない・・とも考えてしまう。正解はないのだけれども。

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