ロンドンで働き、息子と再会─20年ぶりのロンドンで見えた"世界の中心感"
「英語はまだビギナー。でも、世界を見せたくて。」シリーズ第四弾 前回はこちら
ロンドンにはお盆前後の約2週間滞在しました。前回の訪問はおそらく20年ほど前。日本から1泊の弾丸出張で、ヒースロー空港からニューベリー(Newbury)に向かい、決死の商談が成功したのをなつかしく思い出しながら、今回は少しゆっくりすることにしました。
落ち着いたロンドン滞在を通じて感じたのは、「イギリスらしい"世界の中心感"」でした。
■ 8月15日、ロンドンで目にした"歴史の視点"
金曜日は有給休暇を取り、長めの週末を迎えました。アパートメントのテレビをつけると、ちょうど「8月15日」の報道が。
日本では「終戦記念日」とされるこの日、イギリスでは「VJデー(Victory over Japan Day)」と呼ばれ、対日戦勝記念日として報じられます。
今年はとくに戦後80年という節目もあり、チャールズ国王の式典参加や、戦争体験者の証言、当時の映像などが繰り返し大きく取り上げられていました。
画面を見て、異国に身を置いた戦犯のような思いになり胸がキュッとして、さわやかな朝のニュース番組のキャスターの口調に耳をそばだてます。
「悲惨な戦争から80年。今は日本とも良好な関係。だからこそ、この歴史を忘れてはならない」
どの番組も、そんな穏やかな語り口。冷静に過去と未来をつなぐ視点にホッとして、襟を正しました。
ロンドンの街には戦いを刻む銅像が至るところにあります。
ふだん地元の東京でなら、横目に見て通り過ぎてしまう銅像にも、ロンドンでは正面から向かい合うことができました。
歴史の記憶を街並みに残し、忘れないようにする。
その姿勢に、静かに心を打たれました。
そして移動の距離が心の余裕をもたらす、旅の力を思い知りました。
■ 川下りと美術館、そして郊外へ逃避行
久しぶりに休みらしい休日を迎えようと、ロンドンの代名詞のような名所を訪れた後は、郊外に足を伸ばしました。
まずは大英博物館とテムズ川下りの後、歴史的な公園を歩きました。
- 知の沼、大英博物館
ロンドンの象徴のひとつが、世界の英知を無料で開放する大英博物館です。
規模も多様さも圧倒的で、何歳でも豊かな時間を過ごせる、まさに知の沼。
8月、サマーバケーション時期の真っ只中で、世界各国から老若男女さまざまな訪問者で活況。
どんなオリジンの人でも、何かしら自分のルーツに関わるものを見つけるであろう巨大な博物館は、さながら生きた教科書の圧巻さ。
わたしも日本にまつわる展示品を興味深く見て歩きました。
- テムズ川クルーズ
土曜日はテムズ川下り。
子どもの頃、母の書棚に木村治美著「静かに流れよテムズ川」があったことを思い出しながら、風を感じる窓際に座りました。
典型的なイギリスなまりのおじさんの解説が異国情緒たっぷり。
美しい街並みをゆったり眺める時間は最高の癒しです。
ロンドンアイの観覧車が開業25年と聞いて、時が経つ早さに驚きました。
- 500年の時を味わうエインスフォード
日曜は、静けさを求めて郊外へ向かうことにしました。
生成AIで調べて決めた行き先は、エインスフォード(Eynsford)という小さな町。
電車で約1時間、さらに草原と牧草地を1時間ほど歩いてたどり着いたのは、1497年に建てられたLullingstone Castleというお屋敷です。
この日は開館日ではありませんでしたが、隣のSt Botolph's Churchで、静かに時を過ごしました。
ステンドグラスやタペストリーをひとつひとつ見つめ、500年の時間に包まれるような、心癒されるひとときでした。
その裏手には、The World Gardenという個性的な庭園が広がっています。
20代目当主のトム・ハード・ダイク氏が、南米で誘拐され生還した経験を経て作った、世界の植物を集めた庭。
なんと「Japan」エリアもありました。
道ですれ違ったケンブリッジ在住のご夫婦は「BBCのトムのドキュメンタリーを見て、ずっと来たかった」と話してくれました。
その後ろに続くLullingstone Country Parkでは、鳥の声、風の音、自分の足音だけが響くような静けさに身を置き、深く呼吸をしながら歩きました。
ここでも、屋敷の敷地のなかに世界中の植物を集めた「ワールドガーデン」という発想が、イギリスらしいと思いました。
日本であればコストや手間を考えてためらわれがちな規模感ですが、名士の家系と歴史が、こうしたものを生むのだなと感じました。
■ クランフォード公園で、"何もない"を歩く
新しい週が始まり、サマースクールが終わった息子を、キャンパスで見つけられないという軽いアクシデントを乗り越えてピックアップ完了。
ふたり揃って帰国を控えた最後の宿は、移動のストレスを避けようとヒースロー空港近くにしました。
息子がホテルチェックイン前にデビットカードを落としてしまう、といった出来事もありましたが、大事には至らず。(詳しくはこちら)
車道沿いにホテルやファストフード、民家が並ぶ雰囲気がのんびりしていて、どこか成田空港周辺を思い出させました。
近くのCranford(クランフォード)という公園へ、小一時間ほど歩いて行くことにしました。
マップアプリを見ながらたどり着いた入り口は、民家の合間にある道路の先。
木の扉を手で開けると、そこには本当にただの草原が広がっていました。
「何もない公園ってすごいね」と息子と笑いながら、ひたすら歩く。
途中でカラスを見かけた息子が、「イギリスではカラスがいないと不吉らしいよ」と。てっきりSNSネタかと思いきや、検索すると本当に、
「ロンドン塔からカラス(ワタリガラス)がいなくなると、王国は滅びる」
という言い伝えがあるとのこと。
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紀元前1000年ごろ(青銅器時代)から人が定住
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中世には騎士修道会やバークレー家の領地
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第二次大戦後、1949年に市民開放
といった説明が。
ふと、大森貝塚(東京・品川区・大田区)とどちらが古い?と気になって生成AIに聞いたところ、
大森貝塚(約4500〜3000年前) > クランフォード(約3000〜2500年前)
ということで、わが近所のほうが古い、というアウトプットでした。
公園内には小川や栗の木、修道院跡や遊具もあり、 息子とかけっこしたり散歩したりながら、学校のことや、日本とイギリスの時差の話など、たくさん話しました。
そういえば、先に行ったのはエインスフォード(Eynsford)、今回はクランフォード(Cranford)。
フォードとは何か、調べてみると、
ford = 川や小川の浅瀬
とのこと。さらに調べてみると、日本の「津(津市、大津、瀬戸など)」=「船着き場」に通じる意味があると知り、地名って面白いなあと改めて実感しました。
地形や歴史が言葉になって、今も街の名前として残っている。 こうした世界共通の発見が、海外旅行の醍醐味だな、と思いました。
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ロンドン近郊には、歴史の痕跡と、何もないようで意味のある空間が共存しています。
このコンパクトな国土に詰まった"不思議さ"が、イギリスという国の懐の深さなのだと、しみじみ感じました。
この続きはまた。