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HP社長インタビュー『PCが「パーソナルコンパニオン」になる転換期』

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「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」が策定されたのは2007年、はや17年前のこと。パンデミックによるハイブリッドワークの浸透を経て、"働き方"のみならず"働くこと"の見直しが進むなか、シリコンバレー発祥の地、米カリフォルニア州パロアルトの小さなガレージで創業したHPは、さらにその先のハイブリッドライフの拡充に乗り出しています。「2024年はAI PC元年」を唱える日本HP 代表取締役 社長執行役員 岡戸 伸樹氏に、これからのPC展望を伺いました。

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岡戸伸樹(敬称略):株式会社 日本HP 代表取締役 社長執行役員。愛知県出身、1974年8月生まれ。97年3月、一橋大学商学部を卒業後、同年4月にアンダーセンコンサルティング(現・アクセンチュア)入社。2003年1月 日本ヒューレット・パッカード株式会社(現 日本HP)入社。2021年11月より現職。

Q.岡戸さんがHPに入社して20年あまり、この間にPCのあり方は大きく変わりました。そしてわずかこの1年あまりでChatGPTをはじめとする生成AIの普及により、PCを使った働き方が様変わりしています。これからPCはどう変わるとお考えですか?

岡戸:

「PCあり方」というよりも「PCとのあり方」が変わると考えています。私たちは新しい時代に入っているともいえるでしょう。

AIはこれまで、主にバックグラウンドで動作して、プロセスの自動化やパフォーマンスの向上は裏側で行われてきました。生成AIの普及は前例のないペースで進んでおり、自然言語や会話を介した人とテクノロジーの関わり方には、根本的な変化がもたらされています。この変化は一時的なものではなく、私たちの生活や仕事のあり方を恒常的に変えるものだと思います。

McKinseyの研究によると、生成AIの潜在力を完全に引き出した場合、生成AIテクノロジーにより世界の経済価値は年間約4兆ドル増えると予測されています。これは、非生成AIや他の自動化技術が世界にもたらすと予測される11兆ドルとは別に上乗せされるものです。

このように、AIは驚異的なスケールと潜在的な影響力を持つため、規制に関する国際的な協力も不可欠で、導入に関して慎重に対応する必要があることも事実ですが、非常にエキサイティングな局面にあることは間違いないでしょう。大きな変化には大きなチャンスが伴う、ということが言えるのです。


Q.AI PC元年とされるこの1月、日本HPはCPU、GPU、NPUと3つのエンジンでAIテクノロジーを内蔵したPC(Spectre x360シリーズ)をその第一弾として発表しています。新カテゴリー、新製品の創出により目指すところは何でしょうか。

岡戸:

これまでのところ、多くの人にとって生成AIは、Webブラウザやクラウド経由で利用するものと位置づけられています。これはオンライン利用のみ、オープンアクセス前提、企業所有のプラットフォーム上で実装する方式のため、信頼性やスピード、プライバシーに関する課題がある、ということを理解する必要があります。だからこそ生成AIをPCに搭載すると、これらの欠点が解消され、ユーザーがすべてのメリットを享受できるのです。

AIは、インターネットがそうであったように、PCの役割を劇的かつ根本的に変えるでしょう。PCとは何か、何をするのかを再定義する。AI PCにより、より多くの人々がテクノロジーの消費者ではなく、テクノロジーの創造者になることができるのです。

HPはその実現のために半導体およびソフトウェアのパートナーと緊密に連携し、AI向けのPCアーキテクチャを"再"設計しています。HPは、エンジニアリングの強みを活かして、ローカルAIモデルを実行するために最適化された強力な最新のマシンを開発しており、これによりオフライン作業時のローカル推論はもちろん、これまで通りハイブリッドクラウドも活用できるようになります。また、ローカル推論とローカルデータ処理によって遅延が軽減し、データのプライバシーとセキュリティが強化されるだけでなく、エネルギー効率が改善し、アクセスコストの削減にもつながります。

重要な点は、エンタープライズグレードのセキュリティとプライバシーにより「パーソナライズ型」の生成AIソリューションの実現が可能になり、PCがインテリジェントな「パーソナルコンパニオン」に変わる、ということです。AI PCは、ユーザーと同様に、特定のメール、プレゼンテーション、レポート、スプレッドシートにアクセスして、ユーザーのタスクを実行しながら、情報を安全に保つことができるのです。

AIを活用したPCの性能や機能改善の取り組みは、今後も加速していきます。たとえば、HPのPoly コラボレーション ソリューションは、機械学習テクノロジーを統合して、ハイブリッドワーク体験を向上し、業界をリードしてきました。これには、ノイズリダクションや音声強調だけでなく、フレーミングやフォーカス、ライティングを自動的に最適化するAI搭載カメラなどを含みます。


Q.AI PC群の登場により、企業の投資また人の働き方はどう変わっていくのでしょう。

岡戸:

AI PCは、データをクラウドに移動することに伴うリスクを軽減する機能をAIアプリケーションに提供することで、プライバシーとデータセキュリティを強化します。しかし一方で、デバイス上のAIは機密性の高いユーザーデータを使って訓練されるため、エンドポイントは脅威アクターにとって、より大きく、より価値のある標的になるでしょう。したがって、AI PC時代には組織が高度なエンドポイントセキュリティに投資することはさらに重要になります。

HPでは、HP Wolf Securityの隔離テクノロジーがそうした投資の例にあげられます。これにより、ゼロデイ攻撃やAIを利用したソーシャルエンジニアリング攻撃に対して、危険なアクティビティを封じ込め、機密データを含むアプリケーションをPCのオペレーティングシステムから隔離して仮想マシンを作成することで、独自の保護を提供しています。

ナレッジワーカーの生産性と品質に関する最新の調査によると、人々の日常業務を構成する創造性、分析的思考、文書作成能力、説得力などの幅広いタスクでAIのプラスの効果がすでに実証されている、というハーバードビジネスレビューの発表もあります。発表によるとChatGPT-4を利用して、パフォーマンスが大幅に向上し、スピードが25%以上、タスクの完了率が12%以上向上しています。

私たちは、これからPCが「パーソナルコンピューター」にとどまらず、ユーザーの「パーソナルコンパニオン」となる、と考えています。具体的にはたとえば、PCが社内データと個人的な作業データを統合しつつ、大量の公開情報を迅速に分析し、両方の最適かつ関連性の高い部分を組み合わせる。そこにローカルAIと効率的なリアルタイム生成を利用して、顧客インサイトを検索、財務評価を実施、またはプレゼンテーションを作成ことで、あらゆることをより迅速に、包括的に、プライベートに実行することができるのです。

業界をリードするソフトウェアベンダーも、ローカルAIの処理能力を活用するアプリケーションの開発を進めています。グラフィックにAdobe Premiere Pro、オーディオ編集にAudacity、コラボレーションにMicrosoft TeamsやZoom、生産性にMicrosoft Officeスイートを利用しても、ローカル推論により作業を迅速化し、よりパーソナライズなサポートを提供することが可能になっていきます。

最終的には、あらゆる会社で従業員が生成AIを安全に使用できるように、独自にカスタマイズしたプライベート生成AIモデルを利用するようになると考えられています。これに伴い、データサイエンティストやAI開発者には新たな役割や機会が生まれ、サービスとしての機械学習(MLaaS)に対する大きな需要が出現することも予想されます。PCは引き続き、この驚異的な新技術の主要なアクセスポイントであり、入り口となるでしょう。


Q.ではAIを通してHP自身はどう変わろうとしているのでしょうか。

岡戸:

HPは、3つの分野に焦点をあて、AI戦略を推進しています。1つ目は、「AI PC」など新たな製品カテゴリーの開発、2つ目は AIを活用したデジタルサービスやソリューションの創造。そして、3つ目は、 AIを社内業務で積極的に活用することによる、よりデジタルな企業への移行です。

これからは、従業員、開発者、科学者たちが、ローカル環境とクラウド環境を跨いで共同作業ができるように、専用のAIワークステーションとコラボレーションの共有プラットフォームが必要になります。HPは現在NVIDIAとパートナーシップを結び、最新のZ by HPデバイスポートフォリオ、AIアプリケーションとワークフローのためのデータサイエンスプラットフォームを構築しています。

この新しいAI PC時代において人々の働き方や生活を向上させるAIの可能性を実現するために、こうした新しいソリューションを活用して、顧客体験や従業員体験を継続的に改善していきます。私たち自身が身に着ける正しい倫理観と戦略的なアプローチにより、変革を通してすべての人々に利益をもたらしたいと考えています。

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