あなたの中にある「昭和のOS」
私たちは未だ、昭和の価値観という古びたOSに、知らず知らずのうちに支配されています。 特に企業という組織の中では、「終身雇用」と「年功序列」という二つの強力なコードが、現代の変化を阻むバグとして機能し続けています。
終身雇用、年功序列の崩壊とAIの台頭
昭和から平成に切り替わる1989年、「24時間、戦エマスカ。」という栄養ドリンクのキャッチコピーが流行語大賞で銅賞を受賞しました。 同じ方向に向かい、がむしゃらに働くことで、成功が手に入る。そんな時代を象徴する言葉でした。当時を生きた多くの人々は、この価値観を疑うことはありませんでしたし、私もまたその一人でした。
今となっては、「時代遅れの考えだ」と誰もが表面的には納得するでしょう。しかし、私たちの意識の深層には、未だこの価値観が根強く染みついているような気がしてなりません。 それは、「終身雇用」と「年功序列」という、昭和の時代に完成されたシステムへの無意識の信頼です。
昭和の時代、終身雇用は当たり前の「前提」でした。そして、その前提の上で成立していたのが、変更不可能な絶対的な上下関係、いや、もはや身分制度と呼んでもいい「年功序列」です。 就社年度や年齢が、その人の序列を決定づける。能力や知識がどれほど優れていても、年上が偉い、先輩が正しい。この序列は絶対でした。
なぜ、このような理不尽とも思える序列が維持できたのでしょうか。 それは、「社会や経済が継続的かつ高度に発展する」という大前提があったからです。 みんなが同じ方向を向いて、一団となって行動すれば、会社の業績は右肩上がりに向上し、自分たちの給与や待遇もそれに伴って良くなる。この「明日は今日より豊かになる」という確信があったからこそ、若手は下積みに耐え、年長者を敬うことができたのです。
しかし、不確実性が常態化する現代社会において、この「昭和のOS」は、リスクを極大化させる危険なプログラムへと変貌しました。 なぜなら、現代には「予め用意された正解」など存在せず、全員で同じ方向を向いて進むこと自体が、集団自殺になりかねないからです。
正解がひとつではない時代に、同じ価値観、同じ経験しか持たない金太郎飴のような集団で立ち向かうことは不可能です。 必要なのは、多様性です。 多様な価値観、多様な視点、多様な経験、多様な評価軸、多様な人脈。 言わば、様々な環境で生き延びてきた猛獣たちが集まる「猛獣園」のような組織こそが、予測不能なジャングルを生き抜くことができます。
猛獣たちを束ねることは容易ではありません。しかし、それができる組織だけが、不確実な時代を生き延びることができます。 これは同時に、従順に指示に従い、一団となって進む人材を育てることに重きを置いてきた、昭和以来の学校教育や人材育成のあり方が、もはや通用しないことを意味しています。
過去の成功体験こそが、最大の足枷になる
AIの台頭は、この「昭和のOS」に最後通牒を突きつけます。 第I部で述べたように、AIは「知識のコスト」を限りなくゼロにします。これは、残酷な事実を私たちに突きつけます。 すなわち、「時間をかけて積み上げたベテランの知識やノウハウ」の価値が暴落するということです。
AIは、過去の膨大な経験や事例を学習し、ベテランの暗黙知すらも凌駕する「究極の一般解」を瞬時に導き出します。 これまで年功序列の正当性を支えていた「時間を重ねなければ手に入らない熟練の技」という前提が、AIによって無意味化されてしまうのです。
さらに恐ろしいのは、時間をかけて手に入れた知識やスキル、すなわち「ベテラン」や「年功者」そのものが、価値を生む資産ではなく、組織の変革を阻む「不良債権」になりかねないという点です。 不確実性が常態化する時代において、過去のデータに基づく「究極の一般解」は、必ずしも正解ではありません。むしろ、過去の成功体験に縛られた判断は、新しい環境においては致命的なミスリードを引き起こします。
「昔はこのやり方でうまくいった」「俺の経験ではこうだ」 権威を持ち、意思決定権限を持つ人たちが、過去の成功体験を「正解」として押し付けることになれば、組織は誤った方向へ全力疾走することになります。 彼らにとって、自分たちの成功体験は栄光の証しです。いい思いもしたし、やり方も熟知している。だからこそ、そこから逸脱する判断や行動をとることは、自己否定にも等しく、何より未知への挑戦は怖いのです。
この恐怖心がシステム化されたのが、日本企業の伝統芸である「稟議制度」です。 稟議制度の本来の目的は、リスクの排除でした。過去の事例や他社の動向と照らし合わせ、「前例がない」「逸脱している」ものを排除することで、失敗を防ごうとする仕組みです。 しかし、今の時代において、この「過去の常識から逸脱しないように統制する行為」は、むしろ最大のリスクとなります。 なぜなら、過去の常識の延長線上には、もはや未来への道は繋がっていないからです。 過去の常識から逸脱し、新たな可能性を模索し、新しい道を切り拓くことだけが、生き残るための唯一の手段なのです。
年功序列の終焉と「藤井聡太」という希望
「ベテランだから優れている」「時間をかけなければ価値は生まれない」。 この古き良き時代の常識がもはや通用しないことを、最も鮮烈に、そして希望ある形で証明している存在がいます。 将棋界の至宝、藤井聡太氏です。
彼は、若くして数々のタイトルを独占し、将棋界の歴史を塗り替え続けています。彼が戦っている相手は、何十年ものキャリアを持つ熟練のベテラン棋士たちです。昭和のOSで言えば、経験の浅い若者がベテランに勝てるはずがありません。 しかし、現実は違います。なぜ彼はこれほどまでに強いのでしょうか。 その背景には、AIとの徹底的な「協働」があります。
彼は、AIを単なる「答え合わせの道具」としては使いません。AIがはじき出す膨大な手筋(正解)を徹底的に研究し、それを自らの血肉としています。しかし、彼の真の凄みはそこから先にあります。 彼は、AIが示す「最善手(正解)」を理解した上で、あえてそこから「逸脱」する手を指すことがあるのです。 AIは計算上「不利」と判断するかもしれない。しかし、対戦相手である「人間」の心理や、その場の複雑な局面においては、AIの計算を超えた効果を発揮する一手。 彼はAIという巨人の肩に乗り、その視界を手に入れ、さらにそこから自らの頭脳でジャンプすることで、AIにも、そしてベテラン棋士にも見えていない「新しい正解」を創り出しているのです。
藤井聡太氏のスタイルは、AI前提社会を生きる私たちにとっての、一つの理想形です。 彼はAIに仕事を奪われることを恐れませんでした。AIに使われることもありませんでした。 AIを徹底的に使いこなし、その圧倒的な計算力を土台にしつつ、最後は「人間としての意思」で未知の一手を指す。 「ベテランの経験」よりも「AIとの共進化」を選び、自ら道を切り拓く開拓者(パイオニア)としての姿。
ここに、私たちが目指すべき「出世」のヒントがあります。 年齢や社歴は関係ありません。過去の成功体験にしがみつくのではなく、新しいテクノロジーをいち早く受け入れ、それを使い倒し、そこからさらに「自分なりの逸脱」を試みる。 そうやって新しい価値を創り出せる人だけが、これからの時代を生き抜くことができるのです。
時代の変化はかつてなく早く、ベテランの陳腐化も加速しています。それは同時に、過去の成功体験が賞味期限切れの不良債権となるスピードも早まっていることを意味します。 この現実に目を背けず、年功に頼らない組織のあり方を模索し、年齢や経験値だけに依存しない「多様性」を発揮できる仕組みへと、OSをアップデートしなければなりません。
そういう前提があってこそ、多様な人材は育ちます。 また、もしあなたが所属する組織が、いまだに昭和のOSで動き、多様性を排除し、過去の成功体験を押し付けてくるようなら、個人の生存戦略として考えるべきことは一つです。 そんな旧態依然とした組織に埋没して共倒れになる前に、多様性を受け入れ、新しい地図を描こうとしている場所へと、自らの足で移動することです。 変化できない組織はやがて衰退します。もうだめだなと思ったら、そんな会社はとっとと辞めてしまうのが、AI時代における最も合理的な選択肢の一つなのです。
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